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サイケデリックなど、メモ


1 孫引きガイド
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2-1 白昼の幻想』(1967)
2-2 その後
2-3 余談


1.孫引きガイド

 いわゆるサイケデリック・ロックについて、ざっと見渡そうという機会がありました。手もとにあった貧弱な資料を引っ張りだしたりウェブをうろうろしたりして見つかったものを、わずかながらではあれ貧乏性なもので、参考文献へのとば口くらいにはなるかもということで、落ち穂拾いよろしく載せておくことといたしましょう。


 1-1.音楽

『ミュージック・マガジン』、no.236、1986.12、pp.22-37:「 特集 いま、なぜかサイケデリック」
LSDによる時空の歪みへの旅がロックをサイケに塗り変えた(北中正和)/不思議の国のアリスが80年代ロンドン・サイケの園になった(赤岩和美)/埋もれたサイケデリック・アーティストとそのレコードを探る(生悦住英夫)

デレク・テイラー、水上はるこ訳、『サイケデリック・シンドローム -それはビートルズから始まった-』、シンコー・ミュージック、1988.7
原著は Derek Tayler, It Was Twenty Years Ago Today, 1987
口絵//
イントロダクション/輝かしい時代が約束されていた/音楽、愛そして花/地獄の深みを測るか、天使のように天駆けるのには/さらばテキサス・ウォー・ダイエット/部族集会/去れ、悪魔よ、出て行け/エピローグ//
1967年の主な出来事/1967年のナンバーワン・ヒット・リスト/BIBLIOGRAPHY など、
288ページ。


 1967年絵巻、『サージェント・ペパーズ』を起点、音楽界を軸に

キャサリン・チャールトン、佐藤実訳、『ロック・ミュージックの歴史 スタイル&アーチスト 上』、音楽之友社、1996.10、pp.199-213:「11章 サイケデリック・ロック」
原著は Katherine Charlton, Rock Music Style : A History, 19942
サンフランシスコ・サウンド/サンフランシスコを越えて広がったサイケデリック・ロック/まとめ

船曳将仁、『ブリティッシュ・ロックの黄金時代 ビートルズが生きた激動の十年間』、青弓社、2006.2、pp.79-135:「第6章 1967年」~「第7章 1968年」
第6章;サイケデリック・ムーヴメント/サイケデリック・イン・ブリティッシュ・ロック/ブリティッシュ・ロック・シーンのサイケデリック・イアー/孤高の存在ピンク・フロイドの登場/ソフト・マシーンとカンタベリー・シーン/サイケデリック協奏曲/アートとしてのロック/革命的なフォーク・バンド、ペンタングルの結成/1967年、さまざまな動き//
第7章;ビートルズに生じた歪み/キンクス - 純英国的バンド/サイケデリックの申し子たち/ブリティッシュ・ロック胎動の時期、ディープ・パープルとレッド・ツェッペリン/プリティ・シングズの斬新な試み/ブルース・ブーム/ジェフ・ベック・グループとフリー - ブルース・ベースのハード・ロック/幻のロックンロール・サーカス


『サイケデリック・ムーズ ア・ヤング・パーソンズ・ガイド・トゥ・サイケデリック・ミュージック USA/CANADAエディション』、ディスクユニオン、2010.2
はじめに//
Artist Interview/Alan Munson Interview/David del Conte (Damon) Interview//
Collector Interview//
Disc Review;A~Z、V.A./Rusty Evans~サイケを切り開いた男~/アラン・ローバーとボスタウン・サウンド//
サイケデリック・ワールドの歩き方//
ライター紹介/最後に/州別INDEXなど、
138ページ。


『レコード・コレクターズ増刊 サイケデリック&エクスペリメンタル』(レココレ・アーカイヴズ)、ミュージック・マガジン、2011.6
口絵//
はじめに//
サイケデリック・サウンズ;耳で見ろ 目蓋の裏側で聴け/未知なる自分を発見せよ(菊地 崇)//
  サイケデリック・アルバム・ガイド;サイケデリック・ロック/ガレージ系/フォーク系/フォーク・ロック/ソフト・ロック系/編集/発掘アルバム選/エクスペリメンタル/アヴァンギャルド系アルバム選//
  ジャズへの影響/ブルース/ソウルへの影響/映画音楽への影響/イージー・リスニング/ラウンジへの影響/追加情報/訂正//
ソフト・ロック;フォーク・ロックを起点に広がりつづけるそれぞれのソフト・ロック観/深化するロックンロールが「ソフト・ロック」を生むプロセス//
  プロデューサー/作編曲家からたどる主要アーティストと傑作アルバム;サーフィン/ホット・ロッド系/A&M/バーバンク/ワーナー/ダンヒル周辺/アメリカ東海岸の動き/そのほかの重要作品//
  カート・ベッチャーが見たカレイドスコープの夢〈前後編〉/カート・ベッチャーのプロデュース/セッション参加作/追加情報/訂正/インタヴュー リー・マロリー&ジョーイ・ステック//
カンタベリー・ミュージック;カンタベリー・ミュージック概論/クールなエレクトリック・ジャズ感覚/主要アーティストのプロフィール/
アルバム選/
世界に広がる〝カンタベリー・サウンド〟/ロバート・ワイアット/インタヴュー パイ・ヘイスティングス&デイヴ・シンクレア(キャラバン)/
重要発掘音源アルバム選/
CDボーナス・トラック徹底調査/追加情報//
ジャーマン・ロック;70年代ジャーマン・ロックの森を俯瞰する/790年代以降のリスナーたちによって再発見された70年代ドイツのクールな〝音響〟感覚/CAN インタヴュー&ヒストリー/CAN オリジナル・アルバム/ガイド/
ジャーマン・ロックの主要アーティストとアルバム選/
コラム 70年代の英国のロックに衝撃を与えたドイツの実験精神/ニュー・ウェイヴから60年代のシカゴ音響派まで広く受け継がれる変容と異化の手法/追加情報/訂正//
後記など、
288ページ。


 『レコード・コレクターズ』2000年6、7、8月号、2002年3、4、7月号の特集記事を収録(p.22)。

『サイケデリック・ロック』(THE DIG presents)、シンコー・ミュージック、2014.6
口絵//
ダントツのカリスマ ジミ・ヘンドリックス/サイケデリックな世界を創り上げたギター・プレイとサウンド/"JIMISEN"インタヴュー//
百花繚乱 サイケデリック・ロック・ポスター//
よくわかるサイケデリック・ヒストリー//
サンフランシスコ・ボールルーム//
グラビア サイケデリック・ロック・ミュージシャン//
めくるめくアートな世界 アルバム・カヴァー・ギャラリー//
サイケデリック・ロック リアルタイム証言1(亀渕昭信)/再録 MONTEREY INTERNATIONAL POP FESTIVAL 1967.6.16-18//
USサイケデリック・ロック/再録 ジャニスとグレース/再録 ジェリー・ガルシア//
UKサイケデリック・ロック/ウラ・サイケを紐解く/再録 インサイド・ロンドン/再録 ピンク・フロイドとロンドン・ファッション/カーナビー・ストリートとキングズ・ロード/サイケデリック・ロック リアルタイム証言2(岡井大二)/Pink Floyd featuring Syd Barrett 1965-1970/ジミー・ペイジとサイケデリック・ミュージック//
コラム;予測不可能!? インプロヴィゼーションの醍醐味/三種の神器/倍音モンスター!その名は”シタール”/”トロピカリア” ブラジリアン・サイケの世界/知られざるオージー・サイケ//
Krautrock as Psychedelic Rock/クラウトロック名盤20選//
サイケデリック・ロック・アルバム100選!;マスターピース(米国編)/マスターピース(英国編)/サイケのメッカ、ウェスト・コースト/ソフト・ロック/ポップ系/ガレージ/ビート・バンド系/アシッド・フォーク/フォーク系/ハード/ヘヴィ/アンダーグラウンド系/人に歴史あり/R&B/ブルース系/オッズ&ソッズ~その他の注目作品/サイケの時代尾tコンセプト作の時代、偶然の重なりなど、
226ページ。


『サイケ・ポップ』(CROSSBEAT Presents)、シンコー・ミュージック、2014.12
口絵//
The Flaming Lips インタヴュー//
1960's: The Dawn of Psyche Pop US/UK サイケ・ポップの出発点;サイケ・ポップの誕生からブーム終焉まで/The Byrds インタヴュー/Jefferson Airplane インタヴュー/Buffalo Springfield インタヴュー/再考:アーサー・リー&ラヴの軌跡/The Electric Prunes インタヴュー/ロサンゼルスに花開いたサイケ・ポップと、その仕掛け人たち//
US Psyche Pop 50 Greatest Singles//
Pink Floyd : The Endless River/対談:岡井大二×保科好宏/The Endless River/コラム ピーター・ベレットが語るシド在籍時のフロイド体験//
The Zombies インタヴュー/Twink インタヴュー/編集盤が加速させた英国サイケ/フリークビート再評価//
UK Psyche Pop / Freakbeat 50 Greatest Singles//
1980's - 1990's Post-Punk / Alternative ポストパンク以降の展開と進化;ポストパンク/ニュー・ウェイヴ勢のサイケ・ポップ観/The Dukes of Stratosphear/ペイズリー・アンダーグラウンドって何?/The Three O'Clock インタヴュー/ジーザス&メリーチェイン/C86以降のUKインディー勢/The Jesus and Mary Chain インタヴュー/Sonic Boom インタヴュー/Super Furry Animals インタヴュー/今こそ再評価したいエレファント6の功績//
1980's - 1990's Psyche Pop 30 Greatest Albums//
2000's - 2010's : Descendants of Psyche Pop サイケ・ポップの精神を受け継ぐ末裔たち;00年代以降のサイケ・ポップ/The Horrors インタヴュー/Panda Bear インタヴュー/Ariel Pink インタヴュー/Temples インタヴュー/MGMT インタヴュー/HAPPY インタヴュー//
2000's - 2010's Psyche Pop 30 Greatest Albums//
Index など、
194ページ。



 Cf.

『オペラ横尾忠則を歌う』封入ブックレット、1969 / 2005
口絵(オリジナルのピクチャー・レコードの写真)//
サイキ調相聞歌1 一柳慧と横尾忠則(東野芳明)/新しい環境への音の演出家 一柳慧(秋山邦晴)/横尾忠則(寺山修司)//
横尾忠則讃歌=歌:高倉健(歌詞)/内田裕也&フラワーズ/八木正生/水城一狼/唐十郎//
一柳慧作曲「オペラ横尾忠則を歌う」(横尾忠則)//
対談「フラワー・チルドレン論」(一柳慧、横尾忠則 『話の特集』1968年3月号より)//
一柳慧インタビュー(湯浅学 『スタジオ・ボイス』2004年12月号より)//
最新対談(一柳慧、横尾忠則 2004年10月1日)など、
60ページ(頁付け無し)。


ジュリアン・コープ、奥田祐士訳、『ジャップロック サンプラー』、白夜書房、2008.8
原著は Julian Cope, Japrocksampler. How the Post-war Japanese Blew Their Minds on Rock'n Roll, 2007
はじめに//
本一;マッカーサーの子供たち/日本のエクスペリメンタリズムの音楽(1961-69)/エレキ ブーム/グループ サウンズの時代//
本二;カム トゥギャザー/フラワー トラベリン バンド/裸のラリーズ/スピード、グルー&シンキ/タージマハール旅行団/J・A・シーザー/佐藤允彦と限りない可能性を模索した時代/ファー イースト ファミリー バンド//
著者のトップ50/クズと他の男の玉袋 - 手出し無用のアルバム//
【日本語版スペシャル企画】;インタビュー:折田育造 《SATORI》のレコーディングには立ち会っていない。裕也さんがマスターを持って来たんだ/対談:近田春夫×マーティ・フリードマン い~じゃん『ジャップロック サンプラー』など、
376ページ。



 1-2.美術

Robert E.L. Masters & Jean Houston, Psychedelic Art, Grove Press, Inc., New York, 1968
『サイケデリックな芸術』
サイケデリックな芸術と社会//
芸術とサイケデリックな経験;サイケデリックな経験とサイケデリック・アート/サイケデリックな感性/サイケデリックな経験の用法/芸術と意識//
文脈、価値と方向(バリー・N・シュヴァルツ)歴史的文脈/サイケデリックな芸術の多様性/価値と方向//
サイケデリックな芸術家(スタンリー・クリップナー)「すでに拡張した意識」/「集合的な精神」/「数千の扉」/「再保証する証拠」/「高められ拡げられる」/「魂との接触」/「生命の踊り」/「あなたの夢の色彩」/「純粋なだぼら」//
参考文献/索引など、
190頁、カラー図版30、モノクロ図版110


 p.111 に挿図68として掲載されたモロー《求婚者たち》について→こちら(「ギュスターヴ・モロー研究序説/おまけ」の頁の「追補4の追補の追補」)で触れました。

『美術手帖』、no.297、1968.5、pp.162-173:「特別講座〈連載1〉 LSD 芸術 創造性 《サイケデリック》とはなにか」
サイケデリック - その言葉の由来/医学からみたLSD体験/LSDによる幻想

  同、no.299、1968.6、pp.148-165:「特別講座 LSD=芸術=創造性〈2〉 サイケデリック体験は芸術の新しい扉をひらくか?」
LSDによる幻想《承前》/幻覚体験と芸術創造/サイケデリック・アートの可能性

  同、no.300、1968.7、pp.172-181:「特別講座 LSD=芸術=創造性〈完〉サイケデリック・アートの可能性」
芸術家のLSD体験/芸術の崩壊と再生を通して

 以上の連載にはなぜか、著者が記されていません。

『美術手帖』、no.601、1988.11、pp.13-96:「特集 サイケデリック - '68/'88頭脳改革」
図版(39頁分:pp.13, 20-57)//
ビート・ゴーズ・オン[カリフォルニア・サイケデリック・グラフィティ](村崎健太)/ニューロ・エステティックス[知覚走査論](武邑光裕)/サイケデリックの絶対零度[バレットの気違い帽子からホドロフスキーのポジティヴ・アポカリプス](滝本 誠)/過程を通じての腐敗[塩化ヴィニールの80年代ポップ・アイコン](阿木 譲)/Related Subjects(飯田充+椹木野衣+編集部)


 その内、レコード選;pp.52-53, 86-87

中野仁人、「サイケデリック・ポスターにおける譜調表現」、『工芸学部研究報告 人文』(京都工芸繊維大学)、50号、2002.3.1、pp.125-139 [ < 京都工芸繊維大学リポジトリ ]
HANDLE : http://hdl.handle.net/10212/1727

Edited by David S. Rubin, Psychedelic. Optical and Visionary Art since the 1960s, San Antonio Museum of Art / Memorial Art Gallery, University of Rochester, New York / Telfair Museum of Art, Savannah, Georgia, 2010-2011
『サイケデリック 1960年代以来の視覚的・幻視的芸術』
緒言(マリオン・エッティンガー・ジュニア)//
刺戟、新たな千年期のための(デイヴィッド・S・ルービン)/永遠の瞬間 幸福のための候補を探求する芸術家たち(ロバート・C・モーガン)/古のものを抱擁する ポストモダン文化とサイケデリックな通過儀礼(ダニエル・ピンチベック)//
カラー図版1~74など、
140ページ。


ミック・ファレン、デニス・ローレン、伊従祐子訳、『名盤ロックポスター 1952-2012』、グラフィック社、2013、pp.60-93:"3 Psychedelia 1965-1972"
原著は Mick Farren and Dennis Loren, Classic Rock Posters: Sixty Years of Posters and Flyers: 1952 to Today, 2012
60年代のポスター・ルネサンス//
(コラム);サイケデリックな諸舞踏室(ボールルーム)/ファミリー・ドッグ(・プロダクション)とハプシャシュ(アンド・ザ・カラード・コート)


 目次と「はじめに」(pp.5-7)だけ邦訳され、後は英文のままという、不思議な体裁の本。
 pp.92-93 のコラムにある Family Dog (Production) と Hapshash (and the Coloured Court)はそれぞれサンフランシスコ、ロンドンでポスターのデザインに携わった集団。
 次章"4 Mainstream, Prog Rock & Metal 1969-1975"の章解説(p.96)も"Psychedelic '70s"と題されています


平芳幸浩、「ポスターが映す世相 サイケデリック」(美術工芸資料館収蔵品紹介32)、『京都工芸繊維大学広報誌 KIT・NEWS』、Vol.39、2015.7、pp.15-16 [ < 京都工芸繊維大学リポジトリ ]
HANDLE : http://hdl.handle.net/10212/2244

山本政幸、「1960年代後半のアメリカ西海岸におけるサイケデリック・ポスターの展開」、『デザイン学研究特集号』、23巻2号、2016、pp. 26-33 [ < J=STAGE ]
DOI : https://doi.org/10.11247/jssds.23.2_26

赤塚若樹、「1960-1970年代のサイケデリック・ポスターについて : はじまりと背景」、『人文学報. 表象文化論』、517-10、2021.3.25、pp.1-20 [ < 東京都立大学機関リポジトリ「みやこ鳥」 ]
HANDLE : http://hdl.handle.net/10748/00012462


 1-3.その他

蟻 二郎、『幻覚芸術 - LSD サイケデリック ラヴ・イン』、晶文社、1970.4
意識拡大とはなにか?;幻覚喚起剤LSDの発見/韻文的なるもの/LSD運動の始祖T.リアリイ/ワイルド・ウエストへ、ニュー・フロンティアへと『街のヤク患者たち』は痺れつぶやく/西部開拓史は経験の拡大であったはずだが……//
LSD酩酊(ターン・オン)アメリカ人はいつも「途中に」(On the Road)いる/
狂宴(オージイ)、ヘイト・アシュベリ風ハプニング、Hip-In, Yip-In, Be-In/アメリカは〈詩〉を求めている/ヒッピー、イッピーはトウモロコシを喪ったインディアンである/体験の疎隔化、外界の相貌化、ロマンチシズムの死/離人症。女性の身体の左側半分が乳房、乳房、乳房……に化してしまう//
もう一つのLSD(精神発見同盟)、インスタント禅;バナナの繊維を高温乾燥すれば
薬刺戟(ドラッグ・キック)が得られるか/共同性の死。W・バロウズ『裸のランチ』に見るからだ道具化の極限光景/ダダイズム、シュールレアリスムはまだしも共同体性を保存する/教祖リアリイ、われわれは子宮(ウーム)を欲する/共同性の回復。バロウズとギンズバーグ『麻薬書簡』//
言語はもはや不用である;ヒッピー、立ち読み、雑誌にキスすること厳禁!/ハーーイ(High)、ハイ、ハーイ、ハーーイ、が言語伝達のすべてである/ LSD
酩酊(ターン・オン)、自分の細胞に語りかけることができる?//
第三の眼(ザ・サード・アイ)コンピュートピア、生きながらの死後硬直/アメリカは巨きな拘束服を着せられている//
サイケデリック革命;ロスト・ジェネレーション、ビート・ジェネレーション、ラヴ・ジェネレーション(愛の世代)の出現/
花の子供たち(フラウア・チルドレン)。花(flower)とヤク粉末(flour)/LSD(幻覚喚起剤)とLSD(精神発見同盟)/スクエアな「愛」に死亡宣言する/ラヴ・ラッシュ。カリフォルニアへ、カリフォルニアへ/部族「愛」への指向/ボブ・ディラン・フィルム DON'T LOOK BACK!//
白人種と白い人種;ケルーアックはもはやオールド・スターだ/アメリカ型
置換(デペイズマン)「頭の皮を剥ぐ」/ヒップ・コンミューン/ヒッピー、イッピーはニグロの子供でさえねだらないものをねだって私達を弱らせる//
共同体性と共同体性(ヽヽヽヽ)最も「熔ける」ことが困難なニグロ系共同体性/〈南部〉はコンピューター計算を微妙に狂わせる/イタリア系共同体性/南部共同体性は「熔ける」/フォークナーの
南部(ヽヽ)共同体性は「熔ける」ことを拒否する/ユダヤ系共同体性//
巨きな想像力と想像力素;ユダヤ人はいろいろな仕方でユダヤ的でありうる/マラマッドに顕れた「運」/ベローの『犠牲者』『宙ぶらりんの男』/〈南部〉はコンピューター計算を大幅に狂わせる//
NOW感覚;メイラーの「裸者」、ユダヤ共同体性の後産を焼却する/アメリカの夢から悪夢へ/中世の「啓示」は現代の「病気」である/形容矛盾する『ボク自身のための広告』の題名。LSD小説家、全米を震撼させた新星トム・ウルフの
ヤク試練(アシッド・テスト)/メイラーの狂気、「私」(me-ness)から「私」(I-ness)への昂揚感。トム・ウルフの自律体感 intersubjectivity//
りっぱな睾丸の痕跡だけは持っていなくてはならぬ;闘牛学校(メイラー)は闘牛(ヘミングウェイ)にはなりえない/再び LSD
酩酊(ターン・オン)、見馴れている対象が思いがけぬ新鮮さを蘇らせる/眼球に不意にささった刺戟(キック)、ケルーアック『パリでの悟り』//
あとがき/参考文献など、
220ページ。


マーティン・A・リー+ブルース・シュレイン、越智道雄訳、『アシッド・ドリーム - CIA、LSD、ヒッピー革命』、第三書館、1992.4
原著は Martin A. Lee and Bruce Shlain, Acid Dreams : The CIA, LSD, and the Sixties, 1985
口絵//
プロローグ//
幻覚世界のルーツ はじめに狂気ありき;「真実」を求める人々/CIAの助成金を受け、国家に奉仕した各研究所/真夜中サイコー作戦/幻覚の戦場//
  サイケデリック・パイオニアたち;最初の大トリップ/治療薬としてのアシッド/精神障害か霊的認識か?//
  茸をくって虹のかなたへ;ハーヴァード大学からやってきた神餅/化学薬品の十字軍/取り締まり強化//
  LSD教の説教師たち;ハイのシュールレアリズム/サイケデリック・マニュアル/サイケデリック押し売り商法//
  オール=アメリカン・トリップ;フリーク、大前進開始/アシッドと新左翼//
解放されたアシッド ヒップからヒッピーへ;大洪水の前/バッド・トリップの政治/最初のヒューマン・ビー=イン//
  永遠の首都;ストーンフリー/大いなるドロップアウトの夏//
  バビロンで絶頂に;アシッド・パーティ花ざかり/魔法の政治/革命だ!//
  魔女の季節;武装された愛/アシッド兄弟団/悪い月がのぼる//
  すばらしい大トリップ・パーティ;LSDの虜/苦い錠剤/LSD大陰謀//
後記 アシッドとその後//
参考文献/書誌//
アメリカ・ドラッグ・シーンの現況(越智道雄)など、
440ページ。


ティモシー・リアリー、リチャード・アルパート、菅 靖彦訳、『チベット死者の書 サイケデリック・バージョン』(平凡社ライブラリー り-31)、平凡社、2025.10
原著は Timothy Leary, Ralph Metzner and Richard Alpert, The Psychedelic Experience: A Manual Based on the Tibetan Book of the Dead, 1964
オルダス・ハクスリーへの献辞//
総論;はじめに/W・Y・エバンス・ウェンツに捧ぐ/カール・G・ユングに捧ぐ/ラマ・アナガリカ・ゴビンダに捧ぐ//
『チベットの死者の書』;第一バルド - 自我喪失あるいはゲーム不在のエクスタシーの時期(チカイ・バルド)/第二バルド -幻覚の時期(チョエニ・バルド)/第三バルド - 再生の時期(シドパ・バルド)//
サイケデリック・セッションについてのいくつかの技術的な助言//
サイケデリック・セッションの最中に用いる教訓//
付録 CD『バルド・ソドル』のテキスト//
死生観のパラダイム・シフトに向けて(菅 靖彦)/平凡社ライブラリー版 訳者あとがき/解説 - 変性意識とカウンターカルチャーの精神史(木澤佐登志)など、
312ページ。


 1994.4刊本の新書版
 元来の『チベットの死者の書』こと『バルド・ソドル』の邦訳→こちら(「中央アジア、東アジア、東南アジア、オセアニアなど」の頁の「ii. チベットなど」)を参照


『ユリイカ』、27巻14号、1995.12、pp.71-294:「増頁特集 サイケデリア Drugs in Art」
【インタヴュー】LSDの父、吠える(アルバート・ホフマン)/
陶酔の王国 - サイケデリック・サイベリア・エクスタシー(伊藤俊治)/
1964年、アイオワ・シティー(宮本陽吉)/『SATÔRI(サトーリ)』55頁目の「現実の突起物」について(藤沢 周)/伝播とアルトーそしてドラッグ - あらかじめ壊れた人間たちにとっての麻薬(村崎百郎)/
幻覚性キノコと進化(テレンス・マッケナ)/化学物質の産婆術(金森 修)/エゴ・デス体験と表現(越智道雄)/狂人の血(テリー・サザーン)/アンリ・ミショーとメスカリン(小海永二)/〈人工楽園〉に魅せられた作家たち(風間賢二)/魔術的な日記からのメモ 1967-87(ジェネシス・P-オリッジ)/
サイケデリクスと90年代音楽 - 音楽作品の音響を『解き放つ』ために(虹釜太郎)/
地元の勇者達(岸野雄一)/
ニューヨーク-シシリア-キール サイケデリックが美術にひらいた扉(西原 珉)/
唯物論的サイケデリック芸術の方へ(椹木野衣)/
【徹底討議】ドロップアウト政治学(アレン・ギンズバーグ、ティモシーリアリー、ゲイリー・スナイダー、アラン・ワッツ)/
神との対話 C♯マイナー(ロナルド・シーゲル)/癒しの立場からみたサイケデリア(加藤 清)/バッドトリップ、ディスコミュニケーション、カットアップ(清水アリカ)/
映像のアルタード・ステーツ - サイケデリック・フィルムをめぐって(柳下毅一郎)/
サイケデリクスの現状について(京堂 健)/存在と風(管 啓次郎)/セックス・サイケデリックス・サイバネティックス - エクスタシー体験の人類学試論(蛭川 立)/飛ぶオランダ人 - 66年革命の精神史(上野俊哉)


レスター・グリンスプーン+ジェームズ・B・バカラー、杵渕幸子+妙木浩之訳、『サイケデリック・ドラッグ 向精神物質の化学と文化』、工作舎、2000.1
原著は Lester Grinspoon and James B. Bakalar, Psychedelic Drugs Reconsidered, 1979/1997
1997年度版への序文/1997年度版の序論//
序文//
主要なサイケデリック・ドラッグ - その起源と作用;LSD/ハルマラ・アルカロイド/イボゲイン/シロシン、シロシビン/DMT/メスカリン/メトキシレイテッド・アンフェタミン/MDA/MMDA/DOM/DOET/ムスチモール/THC/抗コリン作用性幻覚剤/解離性麻酔剤/全身麻酔剤//
産業社会以前におけるサイケデリック植物;旧世界/新世界//
20世紀におけるサイケデリック・ドラッグ//
サイケデリック体験の特性//
有害反応とその治療;急性の有害反応/急性有害反応の頻度と原因/自殺、事故、殺人/有害反応の治療/慢性効果/遺伝子の損傷と先天性障害//
治療的な利用;心身症的障害と神経症的障害/子どもの精神分裂症と自閉症/犯罪者のリハビリテーション/アルコール依存症/死に向かう人々/サイケデリック治療の合併症状/結論//
サイケデリック・ドラッグと人間の精神;サイケデリック・ドラッグと神経伝達物質/二つの半球/知覚と幻覚/精神病/夢見ることとほかの状態/誕生と死/学習と創造性/サイケデリックと神秘的な体験/薬物と宗教的起源/サイケデリック・ドラッグの宗教的体験における健康、道徳、真実/サイケデリック・ドラッグの研究と科学//
サイケデリック・ドラッグの使用と研究の未来//
付論 サイケデリック・ドラッグの法的地位//
訳者あとがき/参考文献など、
538ページ。


武井秀夫+中牧弘允[編]、『サイケデリックスと文化 臨床とフィールドから』、春秋社、2002.2
口絵//
はしがき(武井秀夫・中牧弘允)//
序論(武井秀夫・中牧弘允)//
臨床から;精神拡張性ドラッグによる治療体験(加藤 清)/呪術医へのイニシエーション過程 - 臨床心理学的考察(井上 亮)/エッセイ 生き方としての「ドラッグ」あるいは「超越」の向こう側(芳野 香)//
フィールドから;神が与えた植物 - 幻覚発動性植物の有用性と危険性(宮西照夫)/ペヨーテ幻覚とウィチョール族の思考様式(安元正也)/幻覚剤と治療 - カネロス・キチュアの治療儀礼を手がかりに(山本 誠)/ラスタファリアンのガンジャ文化(鈴木慎一郎)/修行と薬物イニシエーション - オウム真理教について(尾堂修司)/エッセイ 鬼に会う薬 - 中国古代のドラッグ(石田秀美)//
比較の視点から;シャーマニズムと向精神性植物使用の通文化比較(蛭川 立)/エッセイ サイケデリック体験と宗教体験のはざま(正木 晃)//
付録 人工楽園の現代史 - ドラッグ関連年表メモ(上野圭一)/参考文献など、
336ページ。


 国立民族学博物館での共同研究「ドラッグ文化の諸相」(1997~98年度)における成果の一部(p.i)。

高城 剛、『サイケデリック・ルネッサンス』、NEXTRAVELLER BOOKS、2025.4
はじめに//
サイケデリック・ルネッサンスとは何か;サイケデリックの定義と多様な側面/なぜ「ルネッサンス」と呼ばれるのか/社会・文化的文脈の変化とサイケデリックの新たな位置づけ/古代から近現代へ続く意識変容の伝統//
歴史的背景 - 1960年代からはじまる隆盛と弾圧;LSDの発見と初期の研究/1960年代の爆発 - カウンター・カルチャーの隆盛/「サマー・オブ・ラブ」 - 1967年、ヘイト・アシュベリーに集結した若者たち/サンフランシスコのヘイト・アシュベリー地区/音楽・芸術シーンとフェスティバル文化/LSDと意識変容/ティモシーリアリーと研究から社会運動への変容/ハーバード大学での研究とLSDとの出会い/ハーバード追放と本格的な社会活動/「Turn On, Tune In, Drop Out」の時代 - ヒッピーカルチャーとの合流/逮捕・投獄・亡命と政治的闘争/リアリー思想の変化と晩年/革新的理想家か、危険な煽動者か/現代サイケデリック・リサーチとの接点/弾圧の時代 - 「ドラッグとの戦争」がもたらした規制と研究停止/カウンターカルチャーの衰退とサイケデリックの地下化/MKウルトラ計画 - CIAの極秘研究と倫理的暗部/冷戦下のマインドコントロール実験/公になった秘密とサイケデリックへの不信感/サイケデリック研究史における暗部の位置づけ/弾圧と伏流の狭間で/隆盛と弾圧が残した影響/コラム:精神医学の限界とサイケデリック医療の可能性/統合精神医学研究所所長 スコット。シャノン先生//
主要サイケデリック物質とテレンス・マッケナのストーンエイプ理論;サイケデリック物質の概観と歴史的背景/テレンス・マッケナとストーンエイプ理論/ストーンエイプ理論(Stoned Ape Theory)の概要/ストーンエイプ理論のポイント/ストーンエイプ理論は未来をどう示すか/コラム:かつての警官が挑む〝マジックマッシュルーム〟の新天地/「オレゴン州でマッシュルームを育てる理由」/Uptown Fungus 創設者 ギャレット・ハンセン//
冷却期間 - サブカルチャーとアンダーグラウンドの拡張;ドラッグ戦争の余波とサイケデリック文化の潜行/アンダーグラウンドでの持続/1970~80年代の音楽シーンとサイケデリックの名残/ニューエイジ・ムーブメントと精神性への回帰/社会運動とヒッピー文化の余波/ニューエイジから始まった栄養療法/人間の潜在能力を追求するニューエイジ/シャーリー・マクレーンとパブリックへの普及/自己啓発セミナー産業の発展と代替医療・ホーリスティック医療の普及/エコロジー運動との結びつき/ニューエイジ・ムーブメントへの批判と衰退/ニューエイジが遺したもの/エサレン研究所の台頭 - ヒューマン・ポテンシャル運動の拠点/コラム:アーユルヴェーダとサイケデリック療法がもたらす深い癒し/アーユルヴェーダ医学博士 スジャータ・レディ先生//
あらたなサイケデリック運動MDMA(エクスタシー)の登場と「セカンド・サマー・オブ・ラブ」;サイケデリックの新展開/セカンド・サマー・オブ・ラブの背景/ハウスミュージックの上陸/主な都市とムーブメントの展開/セカンド・サマー・オブ・ラブの終焉と遺産/イギリスの若者文化への打撃/カウンターカルチャーからの抗議/イビサとイギリスの結びつき/1994年以降の〝脱イギリス〟ムーブ/DJとレーベルの「イビサ移住」/イビサでのパーティと〝バレアリック精神〟の再ブースト/ドラッグ問題と許容度/ヨーロッパ全土への波及/60年代のサマー・オブ・ラブとの違い/もう一つの天国、インドのゴア/サイケデリック・アートとパーティ空間/サイケデリックカルチャーと意識探求の伝統/サイケデリック天国・日本へ/〝ゴアスピリット〟の世界拡散/ジョブズの霊的感覚/すべては『ホール・アース・カタログ』から始まった/「Stay Hungry. Stay Foolish」 - ジョブズへの継承/コラム:オーストラリアで始まるMDMA治療の現場/マッコーリー医大准教授兼ノーザンビーチホスピタル/メンタルヘルスサービスのディレクター ラニル・グナワルデネ先生//
現代のサイケデリック・リサーチの復活;アンダーグラウンドにおける科学的探求と情報交換/新時代への準備 - 「合法化」への不安と期待/2000年代における研究再開の背景/MAPSの登場と国際的な協力体制/MAPS PBC(Public Benefit Corporation)の設立/PTSD、うつ病、依存症に対する臨床試験の進展/ジョンズ・ホプキンス大学とインペリアル・カレッジ - 復活を先導する二大拠点/神秘体験と心理改善の関連を解明/インペリアル・カレッジ・ロンドン - 脳イメージング研究でサイケデリックの科学を可視化/臨床試験の拡大と新しい治療アプローチ/世界的な広がりと法整備の課題/サイケデリック・ルネッサンスへの道/現代のサイケデリック研究が抱える課題/新たな時代へ向けて/コラム:ケタミン療法が拓く回復への道/自然療法医 イアン・ループカー先生//
医療・精神療法への応用と課題;セット(Seet)とセッティング(Setting)の重要性/被験者主体の内面探求/インテグレーションセッション(統合セッション)の内容と重要性/「打ちっぱなし」IVクリニックの問題点/セロトニン2A受容体(5-HT2A)の中心的役割/他の受容体や伝達物質との関係/DMNの抑制と脳内ネットワークの再編/REBUS仮説とネットワークの再結合/サイケデリック体験を画像診断する試み/臨床応用への展望/インテグレーション・セッションとセット&セッティング/コラム:サイケデリック・リゾートの可能性を探る/MycoMeditations CEO兼ヘッドファシリテーター ジャスティン・タウンゼント//
カルチャー・アート・テクノロジー - 新しいサイケデリック表現;サイケデリック・アートの系譜と進化/コンピュータと意識拡張 - ティモシーリアリーの「マインド・ミラー」からVR革命へ/音楽療法との組み合わせ/バイノーラルビートやアイソロニックトーンの応用/デジタル音楽の進化とサイケデリック体験のデザイン/音楽生成AI・VR技術との融合/シリコンバレーとマイクロドージングの流行/シリコンバレーとサイケデリック - イノベーションを生む土壌/イーロン・マスク - ケタミンとドラッグ観の変化/日本との文化的対比/コラム:サイケデリック医療の未来と法整備の最前線/Vicente LLP創立パートナー ジョシュア・カッペル弁護士//
トランスパーティの残影からラストリゾートの医療へ;メディアが取り上げる「楽園のパーティ」/年間数百万人規模の訪問者/カルチャーの商品化/ラストリゾートとしての医療 - サイケデリックが描く新たな未来/意識のフロンティア - 内宇宙を切り拓く挑戦/文化的大転換と「サード・サマー・オブ・ラブ」の胎動/倫理と未来への共同作業・人類の新たなステージへ/内宇宙への旅と未来への挑戦//
おわりに、など、
272ページ。


 「米国を中心に展開されているサイケデリック医療の最前線に焦点」(p.20)および前史


 Cf.

 →「補/音楽索引」の頁の「3」でも触れましたが、

Curated by Elio Schenin, On the Paths of Enlightenment. The Myth of India in Western Culture 1808-2017, Museo d'arte della Svizzera italiana, Lugano / SKIRA, 2017-18
『啓明の途上にて 西欧文化におけるインドの神話 1808-2017』
  pp.438-443 アレン・ギンズバーグ 対抗文化のグル
  pp.444-461 ヒッピーの通った跡(Matteo Guarnaccia)
  pp.462-479 ポップ・ミュージックにおけるインドと横断文化のユートピアの文化年代記(Gianfranco Salvatore)
  pp.480-499 ラーガ・ロックの登録に向けて(Dubravko Pu?ek)
  pp.500-503 ラヴィ・シャンカル ワールド・ミュージックの父
  pp.504-509 インドのビートルズ
  pp.510-513 カーリーとローリング・ストーンズの舌
  pp.514-521 ミニマル・ラーガ
  その他


 次の二冊は未見;

トム・ウルフ、飯田隆昭訳、『クール・クール LSD交感テスト』、太陽社、1971
原著は Tom Wolfe, The Electric Kool-Aid Acid Test, 1968

アルバート・ホッフマン、福屋 武人監訳、堀正・他訳、『LSD - 幻想世界への旅』、新曜社、1984
原著は Albert Hofmann, LSD - Mein Sorgenkind, 1979


 1-4.前夜

 見取り図として;

風間賢二、「〈人工楽園〉に魅せられた作家たち」、上掲『ユリイカ』、27巻14号、1995.12:「増頁特集 サイケデリア Drugs in Art」、pp.159-169
古代からロマン派の詩人たちまで/ハシーシ愛好家倶楽部/英国世紀末の作家たち、そして『エティドーパ』/ビートの作家たち、そしてトロッキとカヴァン

デ・クインシイ、辻 潤譯、『阿片溺愛者の告白』(改造文庫 第一部 第八十四篇)、改造社出版、1930
原著は Thomas de Quincey, Confessiions of an English Opium-eater, 1821 / 1822
新版の序(譯者)//
阿片溺愛者の告白//
後の阿片溺愛者の手記より//
著者の小傳/註/蛇足など、
184ページ。


 別訳;

ド・クインシー、野島秀勝訳、『阿片常用者の告白』(岩波文庫 赤267-1)、岩波書店、2007
第1部;読者へ/序の告白//
第2部;阿片の快楽/阿片の苦痛の序/阿片の苦痛//
『阿片常用者の告白』付録//
訳註/解説/地図など、
252ページ。


 底本は1856年の改訂増補版ではなく、1821年の初出時のものを用いたとのこと(p.197、pp.227-231)。
 ピラネージに関する記述は上掲辻訳では pp.108-109、野島訳では pp.156-157。


ボードレール、渡邉一夫訳、『人工楽園』(角川文庫 917)、角川書店、1955 / 1989
原著は Charles Baudelaire, Les Paradis artificiels, 1860
個性を倍加する手段たる 酒とアシーシュとの比較(1851)//
人工樂園 - 鴉片とアシーシュ -(1860);アシーシュの詩(1858)/鴉片吸飮者(1860)/補遺(歿後発見)//
解説(中島健藏)など、
216ページ。


 別訳;

『ボードレール全集 Ⅱ』、人文書院、1963、pp.89-218:安東次男訳、『人工の天国』
人工の天国/個性増加の手段として 葡萄酒とアシーシュの比較/前置き、および覚え書
(「解題と注;」pp.468-473)


オルダス・ハックスレー、今村光一訳、『知覚の扉・天国と地獄』、河出書房新社、1976
原著は Aldous Huxley, The Doors of Perception. 1954 / Heaven and Hell, 1956
知覚の扉//
天国と地獄
 付説 1~8//
訳者あとがきなど、
194ページ。


 『天国と地獄』から→「怪奇城の地下」の頁の「1.結晶世界」への追補で触れました。
 また『天国と地獄』には美術への言及が少なくありませんが、その内から→レンブラント《瞑想する哲学者》(1632)の頁の「Cf.」で、またその「付説」から、次に挙げる訳の該当箇所とあわせて、ジョルジュ・ド・ラ・トゥール《悔悛するマグダラのマリア》(1640頃)、ヴュイヤール《窓辺の女》(1898)各頁の「Cf. の cf.」で挙げました。


 別訳;

オルダス・ハクスリー、河村錠一郎訳、『知覚の扉』(平凡社ライブラリー 115)、平凡社、1995
知覚の扉//
付録(1~8)//
訳者あとがき/平凡社ライブラリー版 訳者あとがき/解説 - 超越への化学的アプローチが目指すもの(菅 靖彦)など、
180ページ。


 1978年刊本の増補新書化。「付録」は『天国と地獄』から。
 帯の表に
「『ドアーズ』のバンド名の由来となった名著、待望の復刊!」、
裏には
「リミックス&リマスター・ベスト・アルバム発売決定!」
として、
ドアーズ『ザ・ヴェリー・ベスト・オブ・ザ・ドアーズ』
が宣伝されていました。
 ちなみにドアーズのバンド名ともなった書名は、エピグラフにも挙げられた

「知覚の扉澄みたれば、人の眼に
 ものみなすべて永遠の実相を顕わさん」(p.7/今村訳、p.3)

というウィリアム・ブレイクの一文に由来します。ブレイクの引用元は;

 『天国と地獄の結婚』(1790-93年頃)、梅津濟美訳、『ブレイク全著作』、名古屋大学出版会、1989、*p.288/二つ目の「記憶すべき心象。」の末尾近く

「知覚の扉」の語は p.50(今村訳、p.40)にも出てきます。またブレイクの名は pp.14-15(今村訳、pp.10-11)、p.62(今村訳、p.50)、p.64(今村訳、p.51)でも引かれます。p.98(今村訳、p.81)ではまた『天国と地獄の結婚』から(『ブレイク全著作』、*p.292/四つ目の「記憶すべき心象。」)、p.58(今村訳、p.48)で『記述付きカタログ』から引用されていました(「展覧会の広告類と目録」(1809年)中の「解説目録、その他」、『ブレイク全著作』、**pp.1022-1023)。

『アンリ・ミショー展 未知への眼差し、未知の「かたち」へ』図録、西武美術館、北九州市立美術館、大津・西武ホール、1983
あいさつ(西武美術館)/日本の皆様へのごあいさつ(アンリ・ミショー)/序(アルフレッド・パックマン)/アンリ・ミショー 存在のアルファベットの探求(大岡 信)//
カラー図版/図版目録(アルフレッド・パックマン、西武美術館編)//
年譜(西武美術館編)/主要参考文献(エリザベス・ギャロワ編)/出品作品リストなど、
162ページ。


 メスカ リンとの関係については、pp.16-17(パックマン「序」)、18(大岡論文)、70-81(図版目録「10 初期のメスカリンによるデッサン、絵画 1954-57)・「11 メスカリンによるデッサン、絵画 1958-59」など参照。
 また;

小海永二、「アンリ・ミショーとメスカリン」、上掲『ユリイカ』、27巻14号、1995.12:「増頁特集 サイケデリア Drugs in Art」、pp.151-158
メスカリン試飲のきっかけ/実験の記録/ミショーを幻覚剤の吸飲へとうながしたもの/言葉の可能性と不可能性


 幕間

 上掲の Robert E.L. Masters & Jean Houston, Psychedelic Art (1968)からリンクした先の少し上、「ギュスターヴ・モロー研究序説/おまけ」の頁の「追補4の追補」)でアモン・デュール《サイケデリック・アンダーグラウンド》(1969)のジャケットに触れましたが、下に載せたのは、手もとにあるLPレコードから、サイケデリックと呼べそうなジャケットをいくつか、数冊の本とあわせて並べてみた眺めです;

サイケデリックと呼べそうなLPジャケットと数冊の本

サイケデリックと呼べそうなLPジャケットと数冊の本 左;奥1~6、手前1~5

サイケデリックと呼べそうなLPジャケットと数冊の本 右;奥5~9、手前6~9

  奥の壁に立て掛けた列、左から;   手前、平置きの列、左から;
1 The Beatles, Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band, 1967
(ビートルズ、『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』)
The Jimi Hendrix Experience, Axis: Bold as Love, 1967
(ザ・ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス、『アクシス:ボールド・アズ・ラヴ』)
2 The Rolling Stones, Their Satanic Majesties Request, 1967
(ローリング・ストーンズ、『サタニック・マジェスティーズ』)
The Crazy World of Arthur Brown, The Crazy World of Arthur Brown, 1968
(クレイジー・ワールド・オブ・アーサー・ブラウン、『クレイジー・ワールド・オブ・アーサー・ブラウン』)
3 Third Ear Band, Alchemy, 1969
(サードイアー・バンド、『錬金術』)
The Moody Blues, Days Of Future Passed, 1967
(ムーディー・ブルース、『デイズ・オブ・フューチャー・パスト』)
4 Formula 3, Dies irae, 1970
(フォルムラ・トレ、『怒りの日』)
Tangerine Dream, Electronic Meditation, 1970
(タンジェリン・ドリーム、『エレクトロニック・メディテイション』)
 
5 The Mothers of Invention, Uncle Meat, 1969
(マザーズ・オヴ・インヴェンション、『アンクル・ミート』)
Captain Beefheart and His Magic Band, Trout Mask Replica, 1969
(キャプテン・ビーフハート・アンド・ヒズ・マジック・バンド、『トラウト・マスク・レプリカ』)
6 The Grateful Dead, Anthem of the Sun, 1968
(グレイトフル・デッド、『太陽の賛歌』)
上掲『美術手帖』「特集 サイケデリック - '68/'88頭脳改革」(1988)
上掲『サイケデリック・ロック』(2014)
7~8 Santana, Lotus, 1974 (サンタナ、『ロータスの伝説』)
9 上掲 Psychedelic Art (1968) 上掲『名盤ロックポスター 1952-2012』(2013)


2.映画など

 見取り図として;

柳下毅一郎、「映像のアルタード・ステーツ - サイケデリック・フィルムをめぐって」、上掲『ユリイカ』、27巻14号、1995.12:「増頁特集 サイケデリア Drugs in Art」、pp.250-255


 2-1.『白昼の幻想』(1967)

 前置きに続いてとりあげられているのは

 『白昼の幻想』、1967、監督:ロジャー・コーマン

です(pp.250-252)。ピーター・フォンダ演じる主人公が、LSDを摂取して経験した一夜が描かれます。興味深いのは、コーマンが先立つ1960~1964年に監督した、エドガー・アラン・ポー連作にしばしば、悪夢や幻覚の場面が挿入されていたことです(たとえば→こちら;『アッシャー家の惨劇』(1960)より)。コーマン本人も『白昼の幻想』で、

「バッド・トリップの果てに見えるものとして、何か所かにポー映画の恐怖映像の断片を挿入した」
  (ロジャー・コーマン、ジム・ジェローム、石上三登志・菅野彰子訳、『私はいかにハリウッドで100本の映画をつくり、しかも10セントも損をしなかったか - ロジャー・コーマン自伝』、早川書房、1992、p.224/11章)

と述べています。
  もっとも気がついたのは『アッシャー家の惨劇』(1960)で舞台となった館の外観だけでしたが(右→そちら)、見落としもあるかもしれません。それはともかく、コーマン自身本作に取り組むためにLSDを試したとはいえ(前掲『ロジャー・コーマン自伝』、pp.222-223。また『白昼の幻想』DVDの特典映像"Tune in, trip out" (2003)、約5分)、ポー連作における悪夢や幻覚の描写と本作でのトリップの様子には、枠組みとしての物語の中での時間の流れ方からずれた、断片化されたりシャッフルされた不連続な時間という点で通じるところが少なくない気がします。 『白昼の幻想』 1967 約23分:「アッシャー家」外観のマット画
 照明やカメラのレンズによる効果はポー連作でも用いられていましたが、本作で導入されたのは、なかば抽象的で、万華鏡を思わせる眩惑的な光の明滅です。そこでのトリップの映像化については柳下論考でも触れられていますが、また「特殊〝幻覚(サイケデリック)〟効果」を担当したアレン・ダヴィオウへのインタヴューである、DVDの特典映像「サイケデリック特殊効果解説 Allen Daviau, ASC on Psychedelic Film Effects」 (2003)によると、
「考案者はボブ・ベック/
リキッド・ライトや
フラッシュ・ライトなど -/
いろんな機材を使い
万華鏡的な幻覚を演出した」(約1分)、
 
ラヴ・シーンについて;
「リキッド・ライトをつけると -/
回転式のプロジェクターで
模様がゆがんで映る/
ストロボも少しだけ使った
投影される
カラフルな波動は -/
ボブが考えたさまざまな型が
元になっている/」(約2分)、
「スライド用の絵柄は
ボブが持っていた/
僕らは それを
投影したりして使った/
具体的な絵もあったが -/
使用したのは
抽象的な模様が多かったね/
焦点をずらしたり
オーバーラップさせたり/
カメラの動きに合わせ
出たり 消えたり」(約3分)

とのことです。
『白昼の幻想』DVD特典映像「サイケデリック特殊効果解説」(2003) 約2分:スライド投影用の模様集

上の画面は「ボブが考えたさまざまな型」というところで映されました。
 サイケデリック・ロックでも音色や音響の変更・拡張とともに、テープ自体への編集・操作などが好んで導入されましたが、それに対応するものとの見なせるでしょうか。またたとえばポップ・アートのアンディ・ウォーホルは1966~67年、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのライヴ、スライドや映画の上映、ライト・ショウ、舞踏などを組みあわせた催しを行なっていました。同巧のライト・ショウ付きライヴは、サンフランシスコやロンドンでも開かれたそうです**。1960年代後半におけるこうした潮流の中に、『白昼の幻想』における視覚効果も属しているわけです。 * ビクター・ボクリス、ジェラード・マランガ、羽積秀明訳、『ザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・ストーリー』、フールズメイト、1989、pp.6-8/第1章1、29-49/第1章3~7。

** 船曳将仁、上掲『ブリティッシュ・ロックの黄金時代』、青弓社、2006、pp.79-85/第6章1~2。
 
 さらに、全くもって疎いのですが、たとえば

 『バレエ・メカニック』、1924、監督:フェルナン・レジェ、ダドリー・マーフィー

など、実験映画の系列も、視覚効果という点では流れ入ってきているのでしょう。『バレエ・メカニック』でも幾度となく万華鏡を用いて、イメージから上下の区別を廃し、音楽と共に律動的に回転・振動していました。その結果時間の先後もあやしくなる。一部のサイケデリック・ロック、たとえばアモン・デュールやカン、サード・イアー・バンド、ホークウィンドなどで、ただただ単調な反復が、催眠効果をもたらしたことが連想されたりもしました。
『バレエ・メカニック』 1924 約2分:万華鏡状に映される振り子
 そういえば「怪奇城の廊下」の頁の「追補」で挙げた

 スタンディッシュ・D・ローダー、『廊下』、1970

という作品もありました(→あちら)。1970年製作と、英米でのサイケデリック・ロック最盛期は過ぎつつある時期ですが、サウンドトラックに用いられたテリー・ライリーの《Rainbow in Curved Air 》(1967)ともども、同じ空気を吸っていると見ることはできますかどうか。
* もとよりすっぱり区切れるはずもなく、ホークウィンドのように、1枚目が1970年のバンドもいました(ホークウィンドについては→「通史、事典など」の頁の「おまけ」でも触れました)。また英米以外では、先に触れたアモン・デュール《サイケデリック・アンダーグラウンド》(1969)を始めとして、とりわけドイツなど、やや時期がずれこむというのも、面白い点でした。
 地に足のつかない眩惑的な空間という点では、

 『カリガリ博士』、1920、監督:ロベルト・ヴィーネ

などドイツ表現主義映画あたりも思いだされるところです。
 ところで、リチャード・ハミルトン《いったいなにが今日の家庭をこれほどまでに変え、魅力的にしているのか》(1956)によってイギリスで始まった〈ポップ・アート〉は、ウォーホル《キャンベル・スープ缶》(1962)その他によってアメリカ合衆国でも花開きました。1965年にニューヨーク近代美術館で開かされた『反応する眼』展を機に、錯視(オプティカル・イリュージョン)を核とする〈オプ・アート〉が注目されるようになります。〈アート&テクノロジー〉だの〈ライト&スペース・アート〉と呼ばれる動向も、前者は1960年代中頃、後者は1960年代末に起こったという。日本でも1966(昭和41)年9月の『色彩と空間』展、同11月『空間から環境へ』展などがそうした流れに応答していました*2

 こうした傾向がサイケデリック・アートにも流れこんでいます。サイケデリック・アートには1970年代中頃の〈パターン&デコレーション〉*3にも通じるところがなくはない。もっともやはり1960年に登場した〈ミニマル・アート〉*4や〈コンセプチュアル・アート〉*5が、いわゆる現代美術の流れの中に組みこまれているのに比べると、〈オプ・アート〉や〈ライト・アート〉は批判性に乏しいいささか徒花めいたものとして、傍流と位置づけされるきらいがあります。これはサイケデリック・アートも同様で、というかそもそも現代美術の歴史に属するものと見なされているかどうかも心許ない。たとえば右の註*に挙げた『現代美術のキーワード』では項目立てされていませんでした。目についた範囲ではありますが、項目のあるものとしては;
* ロバート・アトキンス、杉山悦子・乃部奈津・水谷 みつる訳、『現代美術のキーワード』、美術出版社、1993、pp.45-46、92。

*2 拙稿「諏訪直樹の絵をみるために - 1970年代の美術より」(2020/3/21、PDFファイル < 「コレクションによる特別陳列 没後30年 諏訪直樹展」のページ < 三重県立美術館のサイト)、9頁目からの註34~38(註の2~3頁目)に挙げた文献等を参照。

*3 ロバート・アトキンス、上掲『現代美術のキーワード』、pp.114-115。

*4 たとえばマイケル・フリードが「芸術と客体性」の註1で参照したとして挙げた三篇の文献の初出は;
 ドナルド・ジャッド、「特種な客体(スペシフィク・オブジェクツ)」、1965
 ブルース・グレイザー、「ステラとジャッドへの質問」、1966
 ロバート・モリス、「彫刻に関するノート」「彫刻に関するノート、その2」、1966
(川田都樹子・藤枝晃雄訳、『批評空間 1995《臨時増刊号》 モダニズムのハード・コア 現代美術批評の地平』、1995、pp.93-94)。フリードの論文自体は1967。

*5 「これまで一般にはコンセプチュアル・アートの絶頂期はだいたい66年から72年にかけての時期(いい加減に、60年代後半という言い方をされることが多い)だと見られてきた」(トニー・ゴドフリー、木幡和枝訳、『岩波 世界の美術 コンセプチュアル・アート』、岩波書店、2001、p.123/4章)。
『新潮世界美術辞典』(新潮社、1985)、p.572:「サイケデリック・アート」
 「…(前略)…1960年代の中頃にニューヨークを中心に擡頭し、世界的にひろまった傾向。LSD、アヘン、メスカリンなどの幻覚剤による体験に基づく流動的な表現をもつ。1960年代の若者の表現として、ライト・アート、キネティック・アートなどの美術のほか、グラフィック・デザイン、映像、写真の分野にも大きな高まりをみせ、ヒッピー運動の芸術として一時流行した」。

『現代美術事典』(美術出版社、1984)、pp.43-44:「サイケデリック・アート」
 「…(前略)…美術では『サイケデリック・アート』の名とともにいっそう通俗化した。・・・(中略)・・・1960年代後半、ロックの流行とも結びつき、ファッションや社会風俗にまで浸透した」。

『現代美術を知るクリティカル・ワーズ』(フィルムアート社、2002)、p.70:「サイケデリック・ムーヴメント」
 「60年代の後半に、アメリカの若者の間で広く流行した夢幻志向のカウンター・カルチャーの総称。・・・(中略)・・・なお、少し遅れて日本にも上陸したサイケデリック・ムーヴメントは、デザインの領域において最も傑出した成果を生み出した」。

 〈ポップ・アート〉は少なくとも理屈の上では当初、それ自体が大衆芸術(ポピュラー・アート)に属するものではなく、大衆的(ポップ)についての高級芸術(ハイ・アート)でした。もっとも大衆的(ポップ)なものを題材にすることで、大衆芸術(ポピュラー・アート)高級芸術(ハイ・アート)の区分をなし崩しにすることになる。それはともかく、上掲 Psychedelic Art (1968)や同じく『美術手帖』に連載されたやはり上掲「特別講座 LSD 芸術 創造性」(1968)などからうかがえるように、当時、サイケデリック・アートでも高級芸術としての可能性が探られなかったわけではありませんでした。しかし、立場次第では高級芸術の文脈に取りこまれなかったことをむしろ誉れとするべきということにもなるでしょうか、1960年代半ば頃から末にかけて、サイケデリックなものが開花したのは、ロック・ミュージックであり、それと結びついたレコード・ジャケットやポスターなどグラフィック・デザインの領域だったようです。

 この点では、生活に中に溶けこんだデザインと絵画の交点ということで、『白昼と幻想』の中で主人公とブルース・ダーン演じるそのガイド役が訪れる、クラブ(下1段目左)やヒッピーたちの溜まり場の内装が(下1段目右および2段目左右)、いかにもサイケデリック然と彩られている点も、目を引きました。
 
『白昼の幻想』 1967 約3分:クラブ 『白昼の幻想』 1967 約5分:ヒッピーたちの溜まり場
『白昼の幻想』 1967 約5分:ヒッピーたちの溜まり場 『白昼の幻想』 1967 約8分:ヒッピーたちの溜まり場
 英語版ウィキペディアの該当頁(→あちら)中の"Production"の項には、

「フォンダがLSDを摂取する、屋内・屋外プールのある家は、(ロサンゼルスの)ローレル・キャニオンに近いブルー・ハイツ・ドライヴでロケされた。当時バンド『ラヴ』のアーサー・リーが住んでいた。コーマンによると、屋内で見られる強烈にサイケデリックな内装のほとんどは、すでにリーによって仕立てられており、追加の装飾はほとんど必要なかった。…(中略)…デニス・ホッパーが登場する始めの方で見られる、大きな円形室は、アードモア大通りにあるサン・スーシ・カルチャー・テンプルで撮影された。この建物は『サイケデリック
神殿(テンプル)』と改名された」

と(引用文中の円形室は上1段目右の場面で見られます)、また前掲『ロジャー・コーマン自伝』に、

「映画では〈ビーズ遊び(ビード・ゲーム)〉という名になっているクラブで撮影しているときのことだった。…(中略)…店の主人はわたしたちを追い出したがっていた。…(中略)…わたしたちは店内での最後のヌード・ダンサーのシーンを撮っていたが、美術監督のレオン・エリクスンはまだ店の入口のドアをペンキで塗っていた」(p.231)

とありました。どこまでが元のままで、どこから手を加えたものを撮影したのかわかりませんが、現場現場によってそれぞれということでしょうか。DVDの特典映像"Tune in, trip out"でブルース・ダーンは、脚本を担当したジャック・ニコルソン(俳優でもあるが、本作には出演していない)について、
「彼のこだわりはスゴかった/
壁の絵一つ一つにまで
こだわっていた/
ある日 ジャックが
現場に来てね/
絵が飾ってあるか
確かめてたよ」(約11分)

と、
 
コーマンも、

「ジャックは現場に来て
小道具や装飾品を確認した/
普通 脚本家は
そこまで気にかけないがね/
彼は絵や装飾品など
部屋にある品々こそ -/
生活を映す鏡だと主張」(約10分)

と述べていました。
どの場面が念頭に置かれているのかはわかりませんが、これも美術担当が関わったことを示しているわけです。ともあれいずれ、当時の雰囲気を伝えているとみてよいのでしょう。
 ちなみに映画の中でヒッピーたちの溜まり場となっている建物の外観は右のものでした。これはブルー・ハイツ・ドライヴのアーサー・リー邸、アードモア大通りにあるサン・スーシ・カルチャー・テンプル、どちらかにあたるのでしょうか?  『白昼の幻想』 1967 約4分:ヒッピーたちの溜まり場・外観
 また本作の音楽は、エンド・クレジットでは The American Music Band による作曲・演奏と記されていましたが、前掲『サイケデリック&エクスペリメンタル』(2011)によると、「マイク・ブルームフィールド率いる結成直後のエレクトリック・フラッグ」のことだそうです(p.95。また英語版ウィキペディアの該当頁中の上掲"Production"の項)。サウンドトラック・アルバムでは、
"The Electric Flag,
an American Music Band"
と二段で記されていました。なお手もとにあるCDは、12曲、全約26分半が収められていますが、18曲、41分のヴァージョンもあるそうです。


 2-2.その後


 柳下論考に戻ると、続いて言及される作品の中に、

 『2001年宇宙の旅』、1968、監督:スタンリー・キューブリック
 『アルタード・ステイツ/未知への挑戦』、1980、監督:ケン・ラッセル
 『ブレインストーム』、1983、監督:ダグラス・トランブル

が含まれていました(pp.253-255)。この三作は、『戦慄怪奇ファイル コワすぎ! FILE-04 真相!トイレの花子さん』(2013)の頁の「3-iii. 異界 - 『最終章』より」で(→ここ)、

 『戦慄怪奇ファイル コワすぎ! 最終章』、2015、監督:白石晃士

における時間跳躍のシークエンスを軸に、

 『HOUSE ハウス』、1977、監督:大林宣彦

での異界描写とあわせて触れたことがあります。
 サイケデリック的なものの系譜に位置づけることができるかもしれませんなんて口走っていましたが、『白昼の幻想』同様サイケデリック・ロック真っ盛りの1960年代後半に製作された『2001年宇宙の旅』における〈スター・ゲイト〉通過のくだりのほとんどが、なかば抽象的な万華鏡的チカチカだったすれば(右)、『アルタード・ステイツ』では、ケン・ラッセル十八番のあざとさでもって、『白昼の幻想』同様、具象的なイメージのコラージュと抽象的な光の明滅が組みあわされます。 『2001年宇宙の旅』  1968 約2時間01分:〈スター・ゲイト〉
 この映画は、生理学者ジェサップ(ウィリアム・ハート)が、アイソレーション・タンクによる〈変性状態(アルタード・ステイツ)〉を通じて、生命の源に迫ろうとするお話です。何度か幻覚の描写が挿入されますが、それぞれ重点が変えられています。
 約13分から15分にかけての最初のそれでは、すぐ前の場面(約10分)で話された、主人公の父の死とキリスト教的なものにまつわるイメージが現われます(右)。
 
『アルタード・ステイツ/未知への挑戦』 1980 約14分:アイソレーション・タンクでの幻覚 - 多眼の羊と書物
 二度目はアイソレーション・タンクではなく、中央メキシコのヒンチ族(約20分)の儀式で用いられる、何らかのキノコからとれた幻覚剤によるものです(約31分~36分;右)。 『アルタード・ステイツ/未知への挑戦』 1980 約33分:メキシコでの幻覚 - キノコ(?)と二つの光=人間
 それに先だって部族の老人は、日本語字幕によると、

 「君の魂が最初の魂に戻る/
…(中略)…
誕生前の魂だ/
それから虚空に落ちこむ/
やがて何か見えて/
それが裂け目になる/
無と無の間の裂け目/
その無の中に君の魂の源がある」(約27分)

と主人公に話します。ただこの幻覚では妻の人類学者エミリー(ブレア・ブラウン)との関係が火種になっているようです。裸身のエミリーが上半身を起こしつつ下半身は砂地にぴったりつけている幻は(下左)、フランツ・フォン・シュトゥックの《スピンクス》を連想させたりもしました(下右)。
 
『アルタード・ステイツ/未知への挑戦』 1980 約34分:メキシコでの幻覚 - エミリーの幻 フランツ・フォン・シュトゥック《スピンクス(スフィンクス)》 1904
フランツ・フォン・シュトゥック(1863-1928)
《スピンクス(スフィンクス)》
1904*

* 画像の上でクリックすると、拡大画像とデータを載せた頁が表示されます。
 次いで持ち帰った幻覚剤の再実験となります(約37分~38分)。第1回のときにも真っ赤に染まった波濤は挿入されていましたが(約13分)、今回はそれが再びキリスト教的な色合いを帯び、地獄の幻視となります(右)。 後の〈遡行〉による変容を予告するようなイメージも挟みこまれていました(約37分)。主人公は

「山が誕生してる!」(約38分)

と叫びますが、そのさまは描かれない。
『アルタード・ステイツ/未知への挑戦』 1980 約37分:アイソレーション・タンク+幻覚剤による幻覚 - 地獄(?)
 次いで幻覚剤とアイソレーション・タンクが組みあわされます(約43分~47分)。ここでもヴィジョンは描かれません。ちなみに上掲のレスター・グリンスプーン+ジェームズ・B・バカラー『サイケデリック・ドラッグ』(2000)に、アイソレーション・タンクとLSDを組みあわせたジョン・C・リリーの証言が引用されていました(pp.257-258/第4章)。
 続く幻覚はしかし、実験もしていないのに起こります(約55分)。赤染めの地獄でした。〈ジキル博士とハイド氏〉状態というわけです。
 その次の実験もヴィジョンは描かれない(約1時間1分)。ただ心的変性が肉体にまで波及します。幻覚による現実の侵蝕と言い換えることもできるでしょうか。
 そして約1時間21分、最後の実験、発光現象が生じる。いったんおさまりますが(約1時間24分)、異変は続き、主人公の妻も立ち会うのでした。生命の源への遡行とでも呼べそうなこの時のヴィジョンは(右)、主人公の見たものか、妻も見たのでしょうか(約1時間27分~29分)。ここでは抽象性が強い。奥から色とりどりの線や形の連なりが湧きだしてはひろがり、入れかわっていく、あるいは逆に吸いこまれていく。
 他方最後の揺り戻し(約1時間37分~39分)は、メキシコでのヴィジョンにおける主人公と妻とのイメージにつながっているようです。
『アルタード・ステイツ/未知への挑戦』 1980 約1時間28分:〈遡行〉時のヴィジョン
 『ブレインストーム』では、記憶や感覚を記録・再生できる装置が開発されるのですが、軍が介入してくるなかで、発作を起こした開発者のリリアン(ルイーズ・フレッチャー)が死への過程を装置で記録、そのテープをチームの一人マイク(クリストファー・ウォーケン)が見ようとするというお話です。下左に見られるのはリリアンのテープの一部で、一つ一つの球は、記憶のまとまりということらしい。こうした眺めは後に再登場(約1時間29分)、その先で宇宙空間のイメージに移ります(約1時間37分)。テープは終わったのに、マイクは光の明滅を目撃することになる(下右)。
『ブレインストーム』 1983 約1時間4分:記憶の球群 『ブレインストーム』 1983 約1時間39分:死後のヴィジョン
 『アルタード・ステイツ』における生命の始まり、『ブレインストーム』での死の彼方がいずれも、宇宙の開闢めいたイメージに行きつくというのは、サイケデリック最盛期を支えたニューエイジ的な思考に連なるからなのでしょうか。『アルタード・ステイツ』でアイソレーション・タンクが鍵になるのは、ジョン・C・リリーを参照しているためですし、『ブレインストーム』における死後の道程は、もしかすると、上掲のティモシー・リアリー他『チベット死者の書 サイケデリック・バージョン』が註釈した、当時広く読まれたという『チベットの死者の書』こと『バルド・ソドル』も発想源にあるのかもしれません。なおニューエイジについては、いろいろ文献もあることでしょうが、とりあえず見る機会のあったものとして、

 島薗進、『精神世界のゆくえ 現代世界と新霊性運動』、東京堂出版、1996

のみ挙げておきます。
 ところで『ブレインストーム』のオープニング・クレジットでは、宇宙の始源風のイメージとも異なる、色とりどりの幾何学的なモティーフが実体感を欠いた記号めいて浮遊する光景が流されます(右)。これは装置が調整されるさまを表わしているようなのですが、いわゆるサイバー。スペースだか電脳空間的なイメージが、サイケデリック的なものと交わる一例とも見なせるでしょうか。 『ブレインストーム』 1983 約2分:装置の調整
 この点では

 『バーチャル・ウォーズ』、1992、監督:ブレット・レオナード

が思いだされたりもします。アンジェロ博士(ピアース・ブロスナン)はヴァーチャル・リアリティーを用いて知的発達障害のあるジョーブ(ジェフ・フェイヒー)の脳を活性化しようとするが……というお話です。研究所にある装置で博士がジョーブの脳に操作を加えた時、ジョーブが見たヴィジョンは、やはり光の断片が奥へ吸いこまれたり奥から湧きだすというものでした(右)。
 
『バーチャル・ウォーズ』 1992 約40分:ヴァーチャル・スペースにおける脳の活性化の際のヴィジョン
 またTVシリーズ・アニメ

 『怪 ~ayakashi~』 第3話「化け猫」、2006、監督: 中村健治
およびその続篇
 『モノノ怪』、2007年7月~9月、同(劇場版(2024~2026)は未見)

では背景全体が色とりどりの装飾的なパターンで覆われ、人物をその中にくるみこんでいました(右)。
 
『怪 ~ayakashi~』(11) 第3話「化け猫」(3) 2006 約17分:地下の隠し部屋と化猫
 『魔法少女まどか☆マギカ』、2011年1月~4月、 監督:新房昭之(劇場版(2013)、外伝『マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝』(2020~2022、総監督:劇団イヌカレー)も含む)

における劇団イヌカレーが「異空間設計」を担当した〈魔女〉の〈結界〉の場面では、さまざまなイメージの断片がコラージュされ、物語内の通常の現実とは異なる領域を描きだしていました(下左)。
『魔法少女まどか☆マギカ』 2011 第2話 約19分:〈魔女〉とその結界 『魔法少女まどか☆マギカ』 2011 第1話 約1分:俯瞰された地面
 なお上右は第1話の冒頭で映る画面で、俯瞰された地面を表わしています。中央の垂直線は通路です。先に触れた『白昼の幻想』DVD特典映像「サイケデリック特殊効果解説」(2003)におけるスライド投影用の模様集ともども、古今の紋様のアーカイヴから得られたものと見なせるでしょうか。

 アニメからは他にも作例を見出せそうですが、他方、1960年代後半のサイケデリック文化をはっきり意識したものとして;

 『ドクター・ストレンジ』、2016、監督:スコット・デリクソン

で劇中、聞きおぼえのある曲が流れたと思ったら、ピンク・フロイドの1枚目『夜明けの口笛吹き The Piper at the Gates of Dawn』(1967)からB面1曲目、「星空のドライヴ Interstellar Overdrive」(1967)でした(約10分15)。ブルーレイ・ディスクに収録された監督の音声解説からすると、これは、この曲を生みだしたサイケデリック文化に目配せしたもののようです。日本語字幕では;

「原作は1960年代のコミック/
…(中略)…
1960年代
サイケデリックの時代には/
文化革命が
巻き起こっていたんだ/
…(中略)…
当時原作者の
リーやディッコは/
世界で起こっていた動きを
感じてたんだ/
…(中略)…
ディッコの描く絵は
今でも前衛的だ/
サイケデリックで
目を見張るね」(約10~11分)。

スタン・リー(日本語版ウィキペディアの該当頁→ここ)とスティーヴ・ディッコ(日本語版ウィキペディアの該当頁→ここの2)は原作コミックスの作者(1963~1969、残念ながら未見)。デリクソン監督は1966年生まれなので(日本語版ウィキペディアの該当頁→ここの3)、後から知ったことになります。とまれ

「ここから作品の
サイケデリックな面が現れる」(約29分)

というのが、魔法の導師エンシェント・ワン(ティルダ・スウィントン)によって主人公ストレンジ(ベネディクト・カンバーバッチ)の精神だか心魂だかが〈アストラル界〉にはじき飛ばされるシークエンスです。
(1)最初はいつもの光の奔流ですが(右)、
その後いろいろな領域を経巡っていきます。
(2)ボスの《天国への上昇》(→そこ)か、あるいはドレの『神曲・天国篇』第31歌の挿絵(→そこの2)を思わせなくもないトンネルをくぐると、
『ド クター・ストレンジ』 2016 約29分:アストラル界への跳躍
(3)光を噴きだす深海生物めいたものが群れる空間(下左)、  (4)より渾沌に近い何かを抜け(下右)、 
『ド クター・ストレンジ』 2016 約29分:アストラル界の諸相 - 深海生物風 『ド クター・ストレンジ』 2016 約30分:アストラル界の諸相 - 生物風
(5)無数の腕がうごめき、主人公からもはえだす地獄めいた場所、
(6)空間そのものが鏡でできたかのような領域(下左)、
(7)大きな鉱物か結晶が浮遊する空間(下右)、
『ド クター・ストレンジ』 2016 約30分:アストラル界の諸相 - 鏡でできた空間 『ド クター・ストレンジ』 2016 約30分:アストラル界の諸相 - 結晶風
(8)残骸めいたものが浮遊する空間、
(9)暗黒の世界とそこに潜む何者か、
(10)そしてあたかも諸世界を俯瞰するかのごとき空間を経て、
(11)再び光の奔流に流されて帰還します。
なお(7)の鉱物だか結晶めいたものの世界あたりで、監督による音声解説では、

「これは『アントマン』の
"量子世界"が元ネタだ/
…(中略)…
原作でディッコが
描いた世界そのままだ/
1971年のポスターから
アイデアをいただいた/
ジャック・カービー作かな」(約30分)

と話していました。『アントマン』は2015年の映画版(監督:ペイトン・リード。未見。日本語版ウィキペディアの該当頁→あそこ)かその原作を指すのか、ジャック・カービーはやはり「アメリカン・コミックの作画家、原作者、編集者」(日本語版ウィキペディアの該当頁→あそこの2)。1971年のポスターというのは《シルバーサーファー・ブラックライト Silver Surfer Blacklight》のようなもののことなのでしょうか(たとえば→あそこの3など)?

 ともあれ、1960年代後半の『白昼の幻想』や『2001年宇宙の旅』あたりの特殊効果から、90年代の『バーチャル・ウォーズ』などを経て、CGだらけになりつつある『ドクター・ストレンジ』へと、技術的には変化したのでしょうか、ヴィジョンの内実はどうなのでしょうか。また近い時期に製作されていても、予算が潤沢だったであろう『ドクター・ストレンジ』(2016)と、そうはいえなかろう『戦慄怪奇ファイル コワすぎ! 最終章』(2015)それぞれでの描写に、予算規模には還元できない同族性を見てよいものかどうか。



 2-3.余談

 柳下論考では最後に

 『裸のランチ』、1991、監督:デヴィッド・クローネンバーグ

に注目しています(p.255)。論旨はそちらを参照いただくとして、1960年代に戻ると、

 滝本 誠、「サイケデリックの絶対零度[バレットの気違い帽子からホドロフスキーのポジティヴ・アポカリプス]」、 上掲『美術手帖』、no.601、1988年11月:「特集 サイケデリック - '68/'88頭脳改革

で、

「アレハンドロ・ホドロフスキー本人の弁を借りれば、サイケデリックの映画ではなく、映画をサイケデリックとして仕組んだのが、『エル・トポ』(1969)、『ホーリー・マウンテン』(1973)ということになる」(pp.78-79)

と記されていました。久しぶりに見返せば、まさに然り、個々の場面という以上に映画全体が眩惑的という他はありません。『白昼の幻想』を始めとする作品では、物語世界内の現実とヴィジョンとの対置が前提になっていました。だからこそヴィジョンによる現実の侵蝕も起こりうる。これに対してホドロフスキーの二作品の場合、物語総体がヴィジョンと化しており、戻るべき現実などどこにもないかのようでした。とはいえ、そこで描かれる数々の暴力が示すように、この現実から全く乖離した世界というわけでもなさそうです。もっとも『エル・トポ』における暴力描写には、マカロニ・ウエスタンが参照されているようではありますが、それはさておき、いかなる現実からも切り離された世界というものを、人間が想像できるかどうかは、また別の話となります。
 ともあれここでは、以下の点のみメモしておきましょう;『ホーリー・マウンテン』で、主人公である盗賊(オラシオ・サリーナス)が、錬金術師(アレハンドロ・ホドロスキー)ともども、「聖なる山」へ向かう七人が一人一人紹介される段の内、
二人目「イスラ Isla 守護星は火星、武器製作者」のくだりの冒頭で、 フォンテーヌブロー派《ガブリエル・デストレとその妹(双子のウェヌス)》(1594年頃、ルーヴル美術館、パリ)の中央下寄りの部分を切りとって拡大したものが飾ってありました(右)。
 三人目「クレン Klen 守護星は木星、美術商」のくだりの冒頭では、画面左にクリムト《フリッツァ・リードラーの肖像》(1906、国立オーストリア美術館、ウィーン)が見られました(下左)。また画面半ば右寄り、角柱のすぐ右、明るい地に山高帽をかぶった人物を正面から捉えたらしき絵は、マグリットの《善意》(1964/65)などを思わせますが、さだかではない。他にもたくさん絵がかかっているものの、細かいところまではわかりませんでした。
『ホーリー・マウンテン』 1973 約45分:火星を守護星とする武器製作者イスラのくだりの冒頭 - フォンテーヌブロー派《ガブリエル・デストレとその妹(双子のウェヌス)》(1594年頃)の部分
『ホーリー・マウンテン』 1973 約48分:木星を守護星とする美術商器クレンのくだりの冒頭 - 左にクリムト《フリッツァ・リードラーの肖像》(1906)など 『ホーリー・マウンテン』 1973 約1時間11分:冥王星を守護星とする建築家ルートのくだりの冒頭
 また七人目「ルート Lut 守護星は冥王星、建築家」のくだりの冒頭では、円形や曲線を多用した屋内が舞台となっていました(上右)、実在する建物で撮影したのでしょうか?

 ちなみに『エル・トポ』で副プロデューサーをつとめたフアン・ロペス・モクテスーマが監督した『ター博士の拷問地下牢』(1973)でも、冒頭と末尾で異界への出入りが示されるものの、本篇全体はやはり、この現実とは異なる領域として描かれていました。この作品ではポーの原作に則って、正気と狂気が反転されます。もっとも反転されるという以上、正気という対の項の存在が前提になっているとはいえるかもしれません。

 これも同時代から、ヤードバーズが"Train Kept a-Rollin'"を演奏する場面(約1時間34~37分)が含まれている点でも知られている、

 『欲望』、1967、監督:ミケランジェロ・アントニオーニ

では、いかにもサイケデリックな描写は見られませんが、写真を引き伸ばしに引き伸ばした細部に、ほんとうに映っているのかどうかもさだかでない何かが見出され、それが目に見えないテニスボールのやりとりを可能にします。非在と実在、虚構と現実が極微の点を軸に反転するとでも見なせるでしょうか。なお本作品については、

 岡田温司、『イタリア芸術のプリズム 画家と作家と監督たち』、平凡社、2020、pp.129-161:「Ⅳ アントニオーニとイメージの迷宮」
   「スウィンギング・ロンドン」の写真家/女が仕掛けるハニートラップ/最初の引き伸ばし - 表象の迷宮へ/さながら「フォトロマン」/第二の引き伸ばし/写真の染み、絵画の染み/「無意識のうちに記録されたもの」/絵画の意外な細部/「そこにはただ風が吹いているだけ」/消えるトーマス

で詳しく取りあげられていますので参照ください。またその一節目のタイトルにも挙げられている〈スウィンギング・ロンドン〉に関しては;

 『スウィンギング・ロンドン 50's - 60's』展図録、郡山市立美術館、埼玉県立近代美術館、岡崎市美術博物館、2010-2011
  ザ・シックスティーズ(スチュアート・デュラント)//
  1950~55/1956~65//
  これが明日だ - ブリティッシュ・ポップの始まり(前山裕司)//
  1966~70//
  Swinging Sixties;1960年代の思い出(ポール・リーヴス)/サブカルチャー・パワー 「スウィンギング・ロンドン」のファッションがもたらしたもの(南目美輝)/50年代の楽器が60年代の音を創った(佐藤秀彦)/ビートルズと日本の文化 『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』における一考察など、(村松和明)/インタビュー ジミー・ペイジなど、
  160ページ。

 やはりサイケデリックな描写は見られませんでしたが、

 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』、2019、監督:クエンティン・タランティーノ

では1969年のハリウッドが舞台になっていました。主人公の一人リック・ダルトン(レオナルド・ディカプリオ)のヒッピー嫌いが印象的でした。ともあれここでも虚構によって現実をひっくり返すことが目指されていたと見なせるもしれません。

 同時代に戻ると;

 『世にも怪奇な物語』第3話「悪魔の首飾り」、1968、監督:フェデリコ・フェリーニ

の熱に浮かれたかのような語り口は、サイケデリックと見なせるでしょうか? もっともフェリー二のこの作品を挙げるなら、直接関連する『呪いの館』(1966)はもとより、『ブラック・サバス 恐怖!三つの顔』(1963)や『白い肌に狂う鞭』(1963)、『モデル連続殺人!』(1964)、『バンパイアの惑星』(1965)など、マリオ・バーヴァ監督作品における極彩色の照明も忘れてならないところです。他方フェリーニには、『魂のジュリエッタ』(1965)なんて作品もありましたから、サイケデリック的なものと交差する資質はもともと備えていたのかもしれません。同時代ということなら、『世に怪奇な物語』の第1話「黒馬の哭く館」を担当したロジェ・バディムによる『バーバレラ』(1968)も挙げられそうです。

 少し遡れば、

 『マタンゴ』、1963、監督:本多猪四郎

なんてのもありました。
登場人物の一人(土屋嘉男)が見る幻覚の場面も見られましたが、それ自体は回想の域を出ない(約1時間13分)。ナイト・クラブで踊り子が舞う姿が、繁華街の夜景と重ねられるというのは、ある意味で時代を表わしているのかもしれませんが。むしろある時点で作品内現実自体が夢幻性を帯びるに至ります。エピローグでの主人公(久保 明)の述懐からして、それは飢えも争いもない楽園なのでしょう。なお右に挙げたのは、件の幻覚が始まる場面で、キノコの森と夜の都会のネオンがオーヴァラップしています。 『マタンゴ』 1963 約1時間13分:キノコの森と都会のネオンの幻覚とのオーヴァラップ
 2026/07/30 以後、随時修正・追補
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