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怪奇城の階段


 増田彰久『カラー版 西洋館を楽しむ』(ちくまプリマー新書 068、筑摩書房、2007)の「第2章 西洋館の細部を楽しもう」中の「階段」の項に、

「西洋では、階段は上の階にあがるという機能だけではなく、その建物の見せ場であり舞台でもある。このため階段は非常に重要な場所として、建物の重要なアクターとしてとらえられている。お客様が来ると、まず、玄関ホールに通される。そこで少し待つと二階からご主人と奥様が下りてこられる。そういう演出の舞台として階段が使われている」(p.100)

と述べられていました。→こちら(「階段で怪談を」の頁の「文献等追補」中の「その他、フィクションから」)でも引きましたが、ケネス・クラークが『ゴシック・リヴァイヴァル』(近藤存志訳、2005)で、

「階段には常に何かしら劇的なものが存在する」(p.87)

と記すゆえんであります。
 であれば実際の建物にとどまらず、現実を素材にしたものであれ空想によるものであれ、絵や小説、舞台に映画などの領域でも、階段が小さからぬ位置を占めるだろうことはたやすく予想されることでしょう。西洋美術史から、絵に描かれた階段のほんの数例は、「階段で怪談を」の頁で挙げました。映画についてであれば、
 『階段物語り』(INAXギャラリー、1993)には川本三郎「階段の惨劇、階段の美女 - 映画のなかの階段」(pp.58-60)が収録され、
 
Cleo Baldon, Ib Melchior with Julius Shulman as photographic consultant, Steps & stairways ( New York, Rizzoli, 1989) の第17章は "Stairs in Theater"(pp.242-255)で、舞台とともに映画における階段をとりあげていました。小さくはあれ、後にふれる『魔人ドラキュラ』(1931)からの写真も掲載している点で(p.255)、好感度がいや増さずにいません。
 エヴリーヌ・ペレ=クリスタン『階段 空間のメタモルフォーゼ』(鈴木圭介訳、白揚社、2003)でも、

「階段の演劇的特質を一番よく活用したのはおそらく映画だろう」(p.136)

と、短くはあれ映画における階段にふれています(pp.136-139)。
 渡辺武信『銀幕のインテリア』(読売新聞社、1997)の第12章は「階段 地下 屋根裏」(pp.195-211)ですし、第20章「住まいの祝祭」中に「階段はホーム・パーティの座席」(pp.332-334)という節がありました。
 吉田眸『ドアの映画史 細部からの見方、技法のリテラシー』(春風社、2011)の第9章は「階段の映画、映画への階段」(pp.139-153)でした。
 こうした例はまだまだ増やせることでしょう。そんな中でしばしばあげつらわれるのは、
『戦艦ポチョムキン』(1925、監督:セルゲイ・エイゼンシュテイン)や
『風と共に去りぬ』(1939、監督:ヴィクター・フレミング)などですが
(前者は;
Baldon, et al., Steps & stairways, p.252
 ペレ=クリスタン『階段』、pp.136-137、
後者は川本三郎「階段の惨劇、階段の美女 - 映画のなかの階段」、pp.59-60、
 渡辺武信『銀幕のインテリア』、pp.198-199、
双方挙げているのが吉田眸『ドアの映画史』、pp.140-143、p.152)、
ここではまず、川本三郎の文章の書き出しを引いておきましょう;

「映画のなかでは、階段は何よりもまず惨劇の起こるところである。ホラー映画には、必ずといっていいほど、階段が出て来て、そこで殺人が起る。階段は、上の世界[天国]と下の世界[地獄]を結ぶ場所としてシンボリックな意味を持つためだろう」(p.58)。

改行して「階段は好んで使ったのはヒッチコックで」(同上)と続き、主に『サイコ』(1960)が取りあげられるのですが、ここでは、怪奇映画に目を移すことにします。

 本サイトで取りあげたわずかな例からだけでも、無声映画時代の作品であればたとえば、『プラーグの大学生』(1913)、『死滅の谷』(1921)、『オペラの怪人』(1925)、『メトロポリス』(1926)、『アッシャー家の末裔』(1928)などで、階段を登場城人物が昇り降りする、それぞれに印象的な眺めを見ることができました。「必ずといっていいほど、階段が出て来て、そこで殺人が起る」かどうかはともかく、古城や館が舞台になるような映画なら、「必ずといっていいほど、階段が出て来」るものと期待してよいでしょう。ここはいくつかの例にしぼるとして、その上ではずせないのは、まず、先の
Baldon, et al., Steps & stairways に図版が載っていた、また「階段で怪談を」でも触れた(→こちら)、『魔人ドラキュラ』(1931)に登場する階段にほかなりますまい
 おそろしく天井の高い玄関ホール、その奥で折れ曲がる幅の広い階段がのぼっています。レンフィールド(ドワイト・フライ)が一階から見上げると、上からドラキュラ伯爵(ベラ・ルゴシ)が現われ、名乗りを上げるのでした(→そちら)。 『魔人ドラキュラ』 1931、約9分:玄関広間と大階段
 本頁の冒頭で引いた増田彰久の文章における、階段を下りながら客を迎える主という構図をなぞった、お手本のような人物配置です。ただしここは怪奇映画の世界なので、上方とそこから下りてくる者は、未知の領域に属する可能性を暗示することでしょう。
 とはいえまだ話は始まったばかり、そうした可能性はいったん棚上げされます。それを示すのが、二人が階段をあがってくるさまを見下ろす、上からの視点への切り換えです。  『魔人ドラキュラ』 1931、約12分:大階段、上から
『魔人ドラキュラ』 1931、約1時間9分:カーファックス修道院の階段  『魔人ドラキュラ』には、始めの方で登場するこの階段に対応するかのように、クライマックスでもう一つ別の階段が登場します(→あちら)。直線が折れ曲がる前者に対し、こちらは曲線をなしてうねる。伯爵が上方に位置するのは変わりませんが、今回はやはり下から追いすがるレンフィールドが転げ落ちることになります。最初の大階段をおりる場面というのは出てこなかったのですが、それを補うかのごとくです。 
 なお本作製作にあたっては、もう一つ階段のセットが作られたのですが、本篇中には用いられませんでした。ただスチール写真が残されているほか、同時製作された『魔人ドラキュラ・スペイン語版』(1931)で見ることができます(→ここ)。  『魔人ドラキュラ・スペイン語版』 1931、約1時間35分:修道院、もう一つの大階段
 下から見上げる視点に対する上からの下降、接近上昇するカメラ、下からの視点と上からの視点の交替、そして転落など、無声映画時代以来蓄積されてきたであろう、階段をめぐるいくつかのモティーフがいったん集合したとでもいえるでしょうか。
 ところでその内、階段から下りてくる伯爵という構図は、そのままハマー・フィルムの『吸血鬼ドラキュラ』にも受け継がれました(→そこ)。ブラム・ストーカーの原作でも最初の映画化である『吸血鬼ノスフェラトゥ』(1922)でも、伯爵は階段を下りてきて登場するわけではないので、これはユニヴァーサルの『魔人ドラキュラ』由来と見なしてよいでしょうか(あるいは、原作と映画との間をつないだ舞台ではどうだったのでしょう)。  『吸血鬼ドラキュラ』 1958 約7分:階段の上の伯爵
 『魔人ドラキュラ』同様、誰かがこの階段を下りるところが見られるのは、本作ではここだけです。やはり『魔人ドラキュラ』同様、すぐ後でハーカーを案内して二人があがる場面、後ほどヴァン・ヘルシング(ピーター・クッシング)が城を訪れる場面、そしてクライマックス、逃げる伯爵と追うヴァン・ヘルシングが駆けあがる場面が、いずれも上から見下ろされるのでした。
 中盤の舞台であるアーサーとミナ夫妻、ルーシーが住む家やその近辺にある墓地でも階段がそれぞれの役割を果たす場面が出てきますが、それはおくとして、ドラキュラ城では大広間の階段以外に、そこをのぼって吹抜歩廊を進んだ先、ハーカーの部屋がある上階への階段と、地下納骨堂へおりる階段が見られます。
 『魔人ドラキュラ』では大階段とレンフィールドの部屋との間がどうなっているのかは映されませんでした。同じ大階段のショットが挿入される『女ドラキュラ』(1936)では、大階段をあがった先の広い部屋が登場、これはセットを共有する『透明光線』(1936)でも見られます。それはさておき、『吸血鬼ドラキュラ』での上階への階段についてはハーカーがおりていくさまが描かれ、重要な舞台となる図書室へとつながっていくことになります。「怪奇城の広間」の頁で見たように、広間の階段をあがった先は、住人や客の個室に当てられた区画で、登場人物たちが往き来する重要な領域にほかなりません。『白い肌に狂う鞭』(1963)などで代表させることができるでしょうか。
 他方、『魔人ドラキュラ』における第二の階段も、地下納骨堂へつながるものでした。規模はずいぶん小さくなったものの、『吸血鬼ドラキュラ』でのそれでは、やはりもっぱらおりるところだけが描かれました。当該頁で触れたように(→このあたり)、伯爵にいたっては、納骨堂内の石棺で横たわっていたのに、日が暮れるや、いつの間にやら抜けだして、のぼる姿は見せないまま、あらためて階段をおりてくるほどです。
 さて、今度はハマーの『吸血鬼ドラキュラ』にならったのでしょう、東宝の『幽霊屋敷の恐怖 血を吸う人形』(1970)、『呪いの館 血を吸う眼』(1971)、『血を吸う薔薇』(1974)三部作で、館の主が階段の上に姿を現わすさまが見上げられるのでした(→あそこや、こっち、またそっち)。  『幽霊屋敷の恐怖 血を吸う人形』 1970 約3分:玄関広間から吹抜歩廊+ティツィアーノ《クピードーに目隠しをするウェヌス》
『呪いの館 血を吸う眼』 1971 約14分:レストハウス、吹抜歩廊 右から下へ階段 『血を吸う薔薇』 1974 約6分:学長邸、階段
 なお『血を吸う眼』では、プロローグの最後に、タイトルにある館の階段の上に「影のような男」(岸田森)が現われるのですが、これはアップだけだったので、後の場面で、別の場所の階段をあがった先、吹抜歩廊に「影のような男」が現われる場面を左上に引いておきました。
 また右上段に引いた『血を吸う人形』では、階段の上に現われるのはなるほど屋敷の主ですが、後の二作やお手本の『吸血鬼ドラキュラ』とは意味づけが違っています。
 『ラ・パロマ』(1974)における、タイトル・ロール(イングリット・カーフェン)が階段を下りてくるさまを正面から捉えたショットも、こうした流れの一例と見なせるでしょうか(→あっち)。 『ラ・パロマ』 1974 約1時間3分:二階への階段
『フランケンシュタイン復活』 1939 約8分:玄関広間の階段、奥から   1930年代に戻れば、見た目があざやかなのは何といっても、『フランケンシュタイン復活』(1939)の玄関ホールにあった階段でしょう(→こなた)。一部で水平な橋状部を交えつつ、何度か折れ曲がり、壁に縞状の影を大きく落とすそのさまは、支えなく空中に浮かんでいるかのようです。 
『フランケンシュタイン復活』 1939 約10分:玄関広間の階段、登り口附近 二階につながる橋状部分に立つ人物が上から見下ろすさまを、一階から見上げる画面、のぼってくる人物を上から見下ろす視角なども欠いてはいません。
 この玄関ホールでは - 城内の他の場所でも往々にしてそうなのですが -、壁が垂直ではなく、上すぼみに傾斜している点も、階段に上昇するエネルギーを与えています。
『フランケンシュタイン復活』 1939 約9分:玄関広間の階段、下から 『フランケンシュタイン復活』 1939 約52分:玄関広間の階段、上から
 空中に浮かぶかのような階段は、『肉の蝋人形』(1933)に登場した空中回廊と比べることができるでしょうか(→そなた)。  
『肉の蝋人形』 1933、約58分:空中回廊 『肉の蝋人形』 1933、約59分:空中回廊
 他方『肉の蝋人形』の空中回廊を見た時は、ミュージカルの舞台装置にでも出てきそうだなと思ったものでした。この点では、『成吉斯汗の仮面』(1932)に登場した、幾何学的に抽象化された階段も同様です(→あなた)。 『成吉斯汗の仮面』 1932、約1時間3分:手術室への湾曲階段
 空中回廊めく点では、『わが青春のマリアンヌ』(1955)の学校にあったものも思いだされます(→こちら)。寄宿学校の空中階段となれば、さらに、『ハリー・ポッターと賢者の石』(2001、監督:クリス・コロンバス)でも見られました。こちらは『薔薇の名前』(1986、監督:ジャン=ジャック・アノー)の図書館ともども、いかにもピラネージの《牢獄》に範を得たものと映ったことでした。 『わが青春のマリアンヌ』 1955 約8分:大広間
 ところで『フランケンシュタイン復活』の玄関ホールの階段は、クライマックスの舞台になるわけでもなく、実験室や書斎、食堂、地下納骨堂などに比べて、なにがしかの場面で重要な事態が進行するともいいがたい。少なくとも作中では、イゴール(ベラ・ルゴシ)も怪物(ボリス・カーロフ)も、この階段を使うところが映らないのは、そうした点に応じているのでしょう。見た目の鮮烈さばかりが印象に残る、しかしただそのことのみによって、お話の主な舞台である古城がどのような空間をなしているのか、それを伝えているのではないでしょうか。 
 『魔人ドラキュラ』での二つの階段は、別々の建物にあるとされていましたが、『らせん階段』(1945)ではそれらが一つの屋敷内に割り振られます(→そちらや、またあちら)。
 一つは玄関を入ったホールの一番奥にあります。ホールの左右には食堂や居間、書斎などが配されています。階段は直線が一度折れ曲がる形で、上がった先は二階の個室の区画となる。
 この階段が公けのものなのは、ヘレン(ドロシー・マクガイア)の夢想の中で、ここで婚姻の儀が行なわれる点にも示されています。玄関ホールと対をなすこの階段に対し、もう一つの階段は螺旋状で、先の階段の下から入った先にある、使用人用の廊下に対応していると見なせるでしょう。先の階段は幅も広く、踊り場には大鏡が置いてあって、空間をひろげていました。窓を設けてあるとはいえ、螺旋階段なら階段室自体の面積も小さくて済みます。
『らせん階段』 1945 約17分:階段踊り場の大鏡、上から+欄干の影

『らせん階段』 1945 約58分:螺旋階段、二階から降りてきたあたり 下から
 さらに、『魔人ドラキュラ』の第二の階段が地下納骨堂に通じていたように、この螺旋階段は一階と二階だけでなく、地下まで伸びています。そしてタイトルどおり、クライマックスはここで展開するのでした。

 『乙女の星』(1946)でも公けの直線階段とサービス用螺旋階段は区別されているようです。大広間から吹抜歩廊への階段は幅が広く、そこから三階への階段は折れ曲がります(→ここや、またそこ)。
『乙女の星』 1946 約44分:大広間 『乙女の星』 1946 約48分:二階三階への階段
 大広間をはさんで反対側、半円筒の内側にはどこにどうつながっているのかよくわからないのですが、螺旋階段がありました(→あそこ)。 『乙女の星』 1946 約36分:玄関附近の螺旋階段
 この城には他に、三階から屋根裏へ至る部分にいろいろ階段があって興味深いのですが、何より重要なのは隠し階段でしょう(→こっち)。三階から地下までをつなぐ冒頭で出てくるもの以外に、最後の方で別の場所にも隠し階段があって(→そっち)、いずれも螺旋形をなしています。「怪奇城の隠し通路」の頁でも触れたように(→あのあたり)、これら隠し階段は、子どもたちや部外者、そして幽霊などの領域でもあります。 『乙女の星』 1946 約6分:隠し階段を降りた先
 『らせん階段』における第二の階段が、屋外からだとどんな風に見えるのかは作中には出てきませんでしたが、『乙女の星』での屋内の半円筒のような態をなしているのでしょう。塔内の階段といえば、ヒッチコックの『めまい』(1958)が思い浮かびますが、ここではやはり、怪奇映画に目を移すことにします。
 『回転』(1961)では、角塔の屋上に人影を見かけたギデンス(デボラ・カー)が、角塔内の階段をのぼっていきます(→こなた)。角塔は館本体の一部をなしているのですが、内部はなぜかつながっていないようです。 『回転』 1961 約32分:角塔内の階段、下から
 やはり館本体との関係ははっきりしないのですが、『呪いの館』(1966)には螺旋階段が何度となく登場します(→そならや、あなた、またこちら)。 『呪いの館』 1966 約1時間18分:螺旋階段、真上から、跳ねる白い鞠
真上から見下ろされた螺旋階段がくるくる回転するという眺めは、前年の『惨殺の古城』(1965)に出てきたものでした(→そちら)。『めまい』も参照されているのかもしれません。  『惨殺の古城』 1965 約58分:隠し螺旋階段、ほぼ真上から
 ただ『呪いの館』(1966)では、登場回数の多さ、真上からの視角と真下からの視角、回転に加えて複数の色による照明、さらに白い鞠が跳ねながら落ちていったりと変奏がなされ、館の空間、ひいては物語自体の迷宮めいた時空へと誘いこむ役割を果たしていました。

 もっとも『惨殺の古城』も、数種の階段が見られる点に抜かりはありません。これが正規の玄関なのでしょうか、入口を入ると間を置かずにすぐ、上り階段があって、踊り場で左右に分かれます(→あちらや、またここ)。うろ憶えですが、『吸血鬼と踊り子』(1960、監督:レナート・ポルセリ)でもたしか同じ階段が見られ、双方のロケ先であるラツィオ州ローマ県アルテーナのパラッツォ・ボルゲーゼ
Palazzo Borghese, Artena, Roma, Lazio のものなのでしょうか?  
『惨殺の古城』 1965 約51分:玄関扉へくだる階段、上から 『惨殺の古城』 1965 約11分:玄関の階段、左上から
 冒頭で「真紅の処刑人」が連行される階段や地下への階段、廊下から半階分ほどあがる階段(左下→そこ)、入口のものとはまた別の、踊り場をはさんで左右に上がる階段(右下→あそこ)など、パラッツォ・ボルゲーゼのものなのか、セットも混じっているのか、一篇の映画としての出来栄えはさておき、いずれにせよ古城映画の面目躍如たるものがあるといってよいでしょう。
『惨殺の古城』 1965 約44分:廊下、手前に階段 『惨殺の古城』 1965 約45分:奥に下り階段、踊り場をはさんで手前にのぼり階段
 螺旋階段に戻れば、やはり塔ではありませんが、『たたり』(1963)で図書室にあった鉄製の階段もきわめて印象的でした(→こっちや、またそっち)。ぐらぐら揺れるおそろしく背の高いこの屋内階段をのぼった先にあるバルコニー状の部分は、どこへつながっているのでしょうか? 『たたり』 1963 約5分:図書室の螺旋階段、上から
 塔に戻れば、『怪猫有馬御殿』(1953)に登場する火の見櫓の内部も挙げておきましょう(→あっち)。左下に引いたのは下から見上げたさまですが、すぐに右下に引いた上から見下ろしたさまに切り換わります。
『怪猫有馬御殿』 1953 約0分:火の見櫓内部、下から 『怪猫有馬御殿』 1953 約0分:火の見櫓内部、上から
 始めの方で川本三郎の文章を引きつつ、古城や館が舞台になるような映画なら、「必ずといっていいほど、階段が出て来」るものと思われると記しましたが、いくらでも増やせそうな他の興味深い例はまたの機会に譲るとしましょう。怪奇映画ではありませんが、超自然現象が起こる『天国への階段』(1946、監督:マイケル・パウエル&エメリック・プレスバーガー)なんて映画もありました。原題は A Matter of Life and Death (生と死の問題)で、英米文化の諷刺といった色が濃い作品ですが、邦題の階段は印象的な姿で登場しました。もっともこの階段はエスカレーターでもあるのですが。
 それはさておき、最後に、『魔人ドラキュラ』の第二の階段で見られた、階段を介して上下に人物が向かいあうというパターンの例を少しだけ補足しておきましょう。
 怪奇映画ではありませんが、『偉大なるアンバーソン家の人々』(1942)では、何度か階段周辺で人物が上下に位置して会話するという場面が見られます。右に引いたのはその中でも印象的な、一階分を隔てて階段の上下で言葉を交わす場面です(→こなた)。 『偉大なるアンバーソン家の人々』 1942 約52分:階段、二階と三階、下から
 同じ年のこちらは怪奇映画『フランケンシュタインの幽霊』(1942)では、『狼男』(1941)と同じセットを用いて、階段の踊り場に立つフランケンシュタイン男爵の次男の娘エルサ(イヴリン・アンカース)と玄関から出ようとするイゴール(ベラ・ルゴシ)が対峙するさまが俯瞰されました(→そなた)。 『フランケンシュタインの幽霊』 1942 約19分:階段と下中央に玄関
 『吸血鬼ドラキュラの花嫁』(1960)では、階段をのぼりかけるマリアンヌ(イヴォンヌ・モンロー)をはさんで、下にマインスター男爵(デヴィッド・ピール)、上に男爵の母(マーティタ・ハント)が配される(→あなた)。俯瞰と仰角を切り換えつつ、ここでは、下にいる者が上にいる者を引きずり寄せるさまが描かれます。 『吸血鬼ドラキュラの花嫁』 1960 約25分:広間の階段、下から 階段下端の小柱上にもドラゴン像
 塔内の階段の例として見た『回転』(1961)では、また、一階にいるギデンスたちと階段の上にいる子供たちが、下からのショットと上からのショットに切り換えられつつ捉えられました(→こちら)。両者の間の高低および距離の落差は、両者の関係を暗示するとともに、お話を動かしてゆくエネルギーを充填されていたと見なせるでしょうか。 
『回転』 1961 約43分:主階段を登った先の半円バルコニー、下から 『回転』 1961 約43分:主階段を登った先の半円バルコニーから下を見下ろす
2021/08/23 以後、随時修正・追補
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