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     デイヴィッド・ブリン(1950- )  近代など(20世紀~) Ⅴ 
デイヴィッド・ブリン(1950- );

デイヴィッド・ブリン、酒井昭伸訳、『サンダイバー』(ハヤカワ文庫 SF 685)、早川書房、1986
原著は David Brin, Sundiver, 1980

デイヴィッド・ブリン、酒井昭伸訳、『スタータイド・ライジング』(上下)(ハヤカワ文庫 SF 636/637)、早川書房、1985
原著は David Brin, Startide Rising, 1983

デイヴィッド・ブリン、酒井昭伸訳、『知性化戦争』(上下)(ハヤカワ文庫 SF 872/873)、早川書房、1990
原著は David Brin, The Uplift War, 1987

デイヴィッド・ブリン、酒井昭伸訳、『変革への序章 知性化の嵐 1』(上下)(ハヤカワ文庫 SF 1371/1372)、早川書房、2001
原著は David Brin, Brightness Reef, 1995

デイヴィッド・ブリン、酒井昭伸訳、『戦乱の大地 知性化の嵐 2』(上下)(ハヤカワ文庫 SF 1414/1415)、早川書房、2002
原著は David Brin, Infinity's Shore, 1996

デイヴィッド・ブリン、酒井昭伸訳、『星海の楽園 知性化の嵐 3』(上下)(ハヤカワ文庫 SF 1460/1461)、早川書房、2003
原著は David Brin, Heaven's Reach, 1998

デイヴィッド・ブリン、酒井昭伸訳、「誘惑」、ロバート・シルヴァーバーグ編、小尾芙差佐他訳、『SFの殿堂 遙かなる地平 1』(ハヤカワ文庫 SF 1325 / SF シ 3-2)、早川書房、2000、pp.253-361
原著は
David Brin, "Temptation", edited by Robert Silverberg, Far Horizons, 1999
 邦訳 pp.247-252;ブリン、「知性化宇宙」、pp.362-368;同、「あとがき」

   プロローグ
  1 彩層、ク・ク・クフ=クリー、聖なる卵
  i 彩層 
   ii ク・ク・クフ=クリー 
   iii 聖なる卵 
 2 超光速移動
  i 〈停滞場〉 
   ii 否定の相〉、〈確率航法 
   iii 超空間のレベル 
   iv トンネルなど 
 3 E空間〉、生命系統 
 4 遷移点 
 5 世界管 
 6 落ち穂 
 7 アイレム、〈大断裂 
 8 信仰 
 9 文化 
  i 音楽、他 
   ii 言語 
   iii 鯨夢 
   おまけ
プロローグ

 ウェブサイト[ Office Chipmunk ]中のエマーソン・レイク&パーマーの頁で(→こちら)、セカンド・アルバム『タルカス』(1971→『インフェルノ』(1980)の頁の「おまけ」も参照)のジャケットについて、

 「個人的に、デヴィッド・ブリンの小説に登場するE空間はこのジャケット・アートのイメージです」

と触れられていました。ジャケットの表裏通しで、横に伸びる九色の帯からなる大地がひろがり、表いっぱいに、アルマジロと戦車が融合した怪獣が描かれています。開いた内側見開きには、この怪獣タルカスが火山の噴火とともに卵から(かえ)り、他の機械獣やマンティコアと、やはり色帯の大地で戦う、いくつかのエピソードが並んでいました。A面全体を占める組曲『タルカス』の内容に応じているとのことです。描いたのはウィリアム・ニール

* 『エマーソン・レイク&パーマー 文藝別冊 KAWADE夢ムック』、河出書房新社、2016.7、pp.184-185。ニールについて p.179 に略歴)。
  エドワード・マッカン、余田安広訳、『音楽史に刻まれたロック - 英国プログレッシブ・ロックと反体制文化』、水声社、2020、pp.pp.155-160
 また
  キース・エマーソン、川本聡胤訳、『キース・エマーソン自伝』、三修社、2013、pp.266-267
  グレッグ・レイク、前むつみ訳、『グレッグ・レイク自伝 ラッキー・マン』、シンコーミュージックエンターテイメント、2023、pp.124-125

 ともあれブリンとE空間で試しに検索してみると、『星海の楽園』にE空間なる設定が出てくるらしい。ブリンの名には聞きおぼえがあって、『サンダイバー』と『スタータイド・ライジング』を読んでいました。本サイトの「近代など(20世紀~) Ⅴ」の頁に後者を挙げていたりもします。もっとも今回読み直してみると、宇宙論的なモティーフが取りあげられているとはいいがたく、なぜ載せたのかよく思いだせなかったりするのでした。
 それはともかく、以上三作はいずれも〈知性化シリーズ〉に属しており、その内『変革への序章』、『戦乱の大地』、『星海の楽園』は《知性化の嵐》三部作
The Uplift Storm Trilogy をなすのですが、

「三部作とはいっても、このお話、実質は長い長い長篇を三分冊にしたものといってよい」(『変革への序章』下巻、「訳者あとがき」、p.553)。

 なので『星海の楽園』に辿りつくために『変革への序章』と『戦乱の大地』を通らないといけないのであれば、この際、中身をまるっきり忘れていた『サンダイバー』と『スタータイド・ライジング』も含めて、シリーズを通しで読もうかと思ったのでした。


1.彩層、ク・ク・クフ=クリー、卵
  i. 彩層


 シリーズ第一作『サンダイバー』には、

「ひねりアメ、もしくは羽毛の衿巻きに似た黄土色のもの(ヽヽ)が、見えない糸に吊られているかのように、朦朧としたピンクの霧を背景にして漂っている。それとはべつに、ひとつひとつが綿毛のロープでできたような、小さい房状の黒いアーチ - ガスでできた触手の列 - が、しだいに遠く、小さくなっていきながら、はるか彼方まで連なって、渦巻く真っ赤な瘴気のなかに消えている」(p.153/第4部10章)

と、太陽の彩層が描写されていました。日本語版ウィキペディアの該当頁(→そちら)によると、

「彩層(さいそう、chromosphere)とは、太陽などの恒星の表層部分で、光球の外側、コロナの内側に位置する薄いガスによって形成される層」

とのことです。劉慈欣『三体』三部作(2006-10)のメモの頁で触れた、アニメ『結城友奈は英雄である』(2014、監督:岸誠二)第10話における結界の外の宇宙のイメージが連想されたりもします(→あちら)。『サンダイバー』にはまた、

「太陽は生きていた。しかも、彼に気づいていた。それは分割されない意識を、彼にふりむけた」(p.463/第9部28章)

というくだりもありました。


  ii. ク・ク・クフ=クリー

 第二作『スタータイド・ライジング』で探検船〈ストリーカー〉の船長クライダイキーが出会う

「暗黒と深海の生き物。
 神。

  *ク・ク・クフ=クリー!!*」(上巻、p.382/第4部44章)

という存在との対話がたどる顛末も重要な役割を果たします。後の箇所では、舞台である〈金属島〉について、

「この島は生きているわ。…(中略)…
 金属を食べる疑似サンゴとも言うべき、生きている島の核 - つまり、ドリル樹はね、すべて寄生生物なのよ。実際、彼らはひとつの巨大な集合生命体だと言ってもいいわ!」(下巻、p.100/第5部57)、

「あのドリル樹の幹は、ある生物のライフ・サイクルの一部なのよ…(中略)…
 この金属島は、この生物のライフ・サイクルの初期の段階に過ぎないの……幼生なのよ。成長すると、それは惑星の薄くなった地殻の下に潜りこみ、マグマの対流から金属生命形態に必要なエネルギーを吸収するのよ!」(下巻、p.205/第8部77)。

と述べられます。


  iii. 聖なる卵

 惑星キスラップのこうした生物のイメージは、シリーズ第四作で三部作中一番目の『変革への序章』と二番目『戦乱の大地』の舞台となる、惑星ジージョの非合法居住者六種属の住人たちから聖域として崇められる巨岩〈聖なる卵〉と通じるところがあるのではないでしょうか;

「超感覚活性を有する地殻異形態。…(中略)…
いいかえれば、〈卵〉はジージョの過去の集約であり、精髄だということだ。ブユルの……そして、ブユル以前の合法的居住者の……捨てたすべての不朽ゴミが渾然となって、六種属の統一をうながす波動を送りだしていたのだ。
 どのようにしてか、その波動はマグマの圧力と火山の高熱を通りぬけ、地表に出てきた。
 そして、南の地では、それは混沌とした多層の広がりとなり、〈虹の熔岩流〉となった。いっぽう、この〈谷〉では、さまざまな条件が折り合った結果、純粋な記憶と目的からなる結晶体に結実した……」(『戦乱の大地』下巻、p.505/第10部「大賢者たち」)。
* 《知性化の嵐》三部作では、「 」内の主要視点人物の名で、章分けされています。同じ部の中で複数回出てくる場合もあります。なおブユルはかつての惑星ジージョの借地権者。巻頭の「用語とキャラクター」、pp.7-8

と述べられます。少し前の箇所では、

「だが、〈卵〉はいまなお、地下世界との接触を維持しているらしい。
…(中略)…そこには、熱く燃える樹枝状のパターンが無数に交錯していた。マグマの森を作る炎の樹々とでもいえばいいだろうか。無数のパターンは、絶えず成長する山脈に通じ、それを肥大させ、存続させている。樹々の根は灼熱の海に没しているようだ。灼熱の海は想像を絶するほど深くて広く - とてつもなく巨大な領域をたくさん形成しており、そこでは融けた岩石が、生きて活動する惑星の絶えざる圧迫によって、すさまじい圧迫にさらされていた」(同、下巻、pp.435-436/第10部「ヴベン」)

と語られる。「中国 Ⅱ」の頁の「おまけ」で挙げた、山田正紀『崑崙遊撃隊』(1978→あちら)のクライマックスが連想されたりもします。
 ともあれこれらのイメージは、宇宙論的と呼べるかどうかはわかりませんが、少なくとも恒星規模、惑星規模のスケールは有していると見なせましょうか。


1.超光速移動
  i. 〈停滞場〉

 本シリーズで描かれる世界では超光速移動が実現しています。〈知性化〉の鎖によっていくつもの種族が宇宙を航行し、互いに交渉しあうことで、シリーズの各物語が成立するわけですが、そのためには超光速移動が不可欠の前提となります。とはいえ、第六作『星海の楽園』を除いて、それ自体がテーマとして重要な位置を占めることはありません。それでもあちこちでぽつぽつと小出しにされ、〈超空間〉などについての興味深いイメージをうかがわせてくれます。
 たとえば本シリーズでの超光速移動は、宇宙の果てまで飛べるというわけではなく、「五つの銀河」内に限定されている。この設定は『星海の楽園』で起こる事件に関わってくることでしょう。

 とまれ、第一作『サンダイバー』には、

「『船長が停滞スクリーンを張りめぐらして、時空が侵入する割合を減らしはじめるころです』…(中略)…
『この宇宙船は、サーフボードで波に乗るときのように、宇宙空間の織地の上をすべっていくのだと思っていたのですが』…(中略)…
『わたしが言った時空とは、〝織地〟のことではありません。空間は物質ではありませんからね。
 じっさいには、船が惑星周辺の歪曲域 - つまり、惑星によって引き起こされる空間の歪みに近づくとき、たえずメートル系、あるいは時空を計測するのに使われる一群のパラメーターを変えてやらなければならないのです。まるで自然が、大質量に近づくときには、われわれのメートル尺の長さや時計の進む速さを徐々に変えるよう望んでいるようなものです』…(中略)…
『いま、わたしたちは停滞場のなかで、反物を巻くようにして、メートル系の長さを短縮しているのです』」(pp.100-101/第2部6章)

というくだりがありました。もっともここで語られているのは、地球から飛び立った宇宙船が水星に到着する場面で、超光速移動とは別ものです。
 ところで〈停滞場〉というのがもうひとつわかっていなかったりするのですが、〈ステイシス・フィールド stasis field 〉ってどこかで聞いたことがあるようなないようなと、試しに検索してみると、日本語ウィキペディアに「停滞フィールド」の頁がありました(→こちら)。けっこういろいろな作例が挙げられていて、読んだことのあるものもあったので、そのどれかで見かけたのでしょうか。


  ii. 〈否定の相〉、〈確率航法〉

 第二作『スタータイド・ライジング』では、〈否定の相〉(上巻、p.43/第1部2)と呼ばれる航法が登場します。

「この移動法を禁じる法規は多々あった。空間から空間へ跳び移る手段として、空間トンネルはまともな方法とは言いがたい。それには自然を否定し、空間にこのような亀裂をあける、強烈な意志が必要となるのである。
 …(中略)…裂け目はその自我の超強力なパワー - あらゆるものを現実として認めない、その否定の意志によって支えられていた」(上巻、p.44/同)。

とはいえ「まともな方法とは言いがたい」以上、他に「まともな方法」があるわけです。

「テナニンは実在変換を恐れてるんです。この船は確率航行をするようにはできちゃいません」(同、p.170/第2部17。「テナニン」は「列強諸族」の一つ(「登場人物および用語集」、上巻、p.7)。

 後の箇所には「確率歪曲砲」という武器が出てきます(上巻、p.302/第3部34)。探検船

「〈ストリーカー〉の一部が、どこかの仮想平行宇宙の、ほとんど同じだがわずかにちがう - やはりほとんど同じだがわずかにちがう乗員を乗せた - 〈ストリーカー〉の一部と交換された」(同上)

ことになるという。そして

「確率歪曲機の簡易版は、銀河文明に知られている数十の光速を越える方法のひとつであったが、慎重な種族はその使用を避けた。確率航法を用いると、船が消滅してしまうことがあるからだ」(上巻、p.303/同)。

少なくとも「慎重な種族」にとっては、こちらも「まともな方法とは言いがたい」のでしょう。
 なおすぐ上二つの引用の間には、

「無限に存在する平行宇宙という概念は、人間が火を使うずっと前から、イルカたちには知られていたものである。それは〈鯨夢〉にとって不可欠な観念なのだ。大型の鯨類は、はてしなく変転する世界のことを陶酔して歌う」(上巻、p.302/同)

というくだりがはさまっています。〈平行宇宙〉は本シリーズではほとんど扱われませんが、後に触れるように、第六作『星海の楽園』のある箇所で暗示されることでしょう(→本頁下の7)。〈鯨夢〉はシリーズを通して何度も言及されます(→本頁下の9-iii)。


  iii. 超空間のレベル

 第三作『知性化戦争』に、

「『三個……いや、四個の戦艦戦闘集団が第四セクターBレベル超空間より侵入!』
…(中略)…おびただしい戦闘艦が現実空間に浮上し、余剰の超蓋然性を現実空間の真空に放射していることは明らかだ」(上巻、p.79/第1部5)。

「余剰の超蓋然性」との言い方からすると、先の「確率航法」ともども、量子論が関わっているのでしょうか。
 ともあれ少し後には、「Dレベル」、「少なくとも四つのメイン・レベル」(同、p.83/第1部6)の語も見られます。さらに、

「付近の遷移点周辺では、超空間の五層にわたって…(後略)…」(上巻、p.477/第3部44)。

具体的にどうした構造なのかは述べられませんが、超空間がいくつかの層をなしているらしい。〈遷移点〉についてはまた後に触れましょう。

「おまえが宇宙船で地球へ向かったとする。その船の船長がまちがってDレベルの超空間にはいりこみ、いまから二百年して地球に到着したとしよう」(下巻、p.78/第4部54)

とこれは、当初のもくろみより時間がかかってしまったということで、Dレベル以外なら、もっと速く移動できたようです。第六作『星海の楽園』にも、

「大船団自体がついに減速を開始し、それにともなって、Aレベル超空間からBレベルへ、さらにCレベルへと、段階的に降りていきつつあるところだった。ジャンプのたびに、通常空間に滞在する時間も長くなっていく」(下巻、p.104/第4部「ジリアン・バスキンの航海日誌より」)、

「A空間を通っていくなら、すくなくとも十回はジャンプしなくちゃならない。B空間をいくなら、五十回だ」(下巻、p.433/第5部「超空間」)

といった箇所がありました。AレベルからDレベルに行くに従って、通常空間へ戻った時に経過した時間が長くなり、また跳躍した距離も短くなるということでしょうか。


  iv. トンネルなど

 第五作『戦乱の大地』には〈時縛膜〉という小道具が出てきます。

「有機的に折りたたんだ時間で作る疑似物質だそうよ」(上巻、p.118/第1部「ラーク」)。

 この「保存繭に似ていた」(上巻、p.537/第6部)、〈黄金障壁〉と呼ばれるものについて、

「〝量子的に隔てられた時間〟の領域で起きるできごとには、ついていくのがむずかしい。動きが不規則で断続的なのだ。ときどき、結果が原因より先に起こるように見えることもある。回転する機械の向こうがわが見えるのに、こちらがわはぼやけて見えることもある」(上巻、p.566/第6部「ラーク」)

と述べられtます。

 航法に関わるイメージでは、〈トンネル〉の語が、

「超空間の不安定な浅瀬同士をつなぐ多次元チューブ」(上巻、p.206/第2部「エマースン」)

を指します。第六作『星海の楽園』には、

「高速領域であるA空間には、奇妙に馴じみ深いイメージがある。どちらを向いてもトンネルがあり、はるかな地平線を越える近道を提供しているような感じなのだ。その各々のトンネルの先には、つねにひとつの回転する荘厳な太陽が輝いている」(下巻、p.455/第5部「地球」)

というくだりが見られました。『戦乱の大地』からまた別の箇所で、

「大いなる螺旋の道」(上巻、p.326/第4部「ティシュート」)

と呼ばれるのは、実空間での航行を指すのか、超空間でのそれ、あるいは両者あわせて言うのでしょうか?
 少し先では、

「あんなにも深く量子確率航法を理解している男を、ハネスはほかに知らない。不可解な超次元理論だけではなく、ひだのよった時空のねじれを利用して移動するさいの現実的な対処法までも、あの男は理解しつくしていた」(上巻、p.502/第6部「ハネス」)

と述べられる。〈量子確率航法〉というのは、第二作『スタータイド・ライジング』で「慎重な種族はその使用を避けた」とされていた〈確率航法〉と同じものなのでしょうか?

 ちなみに、

「地球船〈ヴェサリウス〉が未知の超空間異常に落ちこみ、ヒトの長い長い孤立に終止符を打つまで、アインシュタインの後継者たちは光よりも速く進む実用的な方法を発見できないでいた」(下巻、p.222/第7部「サラ」)。

〈ヴェサリウス〉の名は、第一作『サンダイバー』で登場していました(p.35/第1部2)。
 『戦乱の大地』に戻れば、他に

「ワームホール・ダイバー」(下巻、p.98/第7部「カー」)、

「レベル・ゼロのハイパードライブ」(下巻、p.503/第10部「ジリアン」)、

「レベル・ゼロの超空間」(下巻、p.542/第10部「ジリアン」、p.556/第10部「サラ」)

といった言い方が見られました。「レベル・ゼロ」と先のA~Dレベルはどんな関係なのでしょうか?


3.〈E空間〉、生命系統

  さて、第六作『星海の楽園』第1部冒頭、エピグラフ代わりの「五銀河系」に続く「ハリー」でさっそく、本頁プロローグで触れた「Eレベル超空間」が登場します;

「ここEレベル超空間では、ハリーの眠りはいつも奇怪な夢にあふれている」(上巻、p.26)。

「ハリーの夢にひしめくのは、めくるめく奔放な〝喩象(ゆしょう)〟 - 実体を持った暗喩の群れだ。無数の喩象は、Eレベル超空間の奇妙な半論理のなかで、あるいは吠え、あるいはささやく」(上巻、p.27)。

「Eレベル連続体は、ときどき物理的物体に対し、ぞっとするほど奇怪な - 場合によっては致命的な - 影響をおよぼすことがある…(中略)…
周囲に広がるのは、暗喩が実体化した喩象の広大な世界 - 不可解で危険だが、およそ単調さとは無縁の世界だ」(上巻、p.30)。

観測者の心理なり意識なりがE空間では実体化する、ないしそのように見えるわけです。他方、超空間として、他のA~Dレベルとどのような関係にあるのかは語られませんでした。
 ともあれE空間には固有の住民もいます;

「周囲にはいくつもの生命体がいた。ほとんどは思念系統(ミームティック)に属する生物たちだ。…(中略)…ここ以外の連続体では、思念類は寄生体としてしか存在できず、寄主の脳や物質的存在の精神プロセッサのみに住みついている。だが、観念が喩象として実体化するこのE空間でなら、思念類も自由に動きまわることができる」(上巻、pp.80-81/第1部「ハリー」)。

 前作『戦乱の大地』第9部冒頭の「ジリアン・バスキンの航海日誌より」に、

「わたしたちは、宇宙の知性種属と疑似知性種属には、八つの系統があると教わっている。…(中略)…
酸素呼吸生物…(中略)…水素呼吸類…(中略)…
その他の系統はといえば、機械類、思念類、量子類、仮想類、隠棲類、超越類の六つだ」(下巻、p.336)

と記されていました。『星海の楽園』巻頭の「用語とキャラクター」では、

「五銀河系では七つの生命系統が知られている。…(中略)…
生命系統は八つであるとする説もある。これには多方面から反論が出ているが、そのいっぽうで、さらに多数の系統があるとする見方もある」(上巻、p.16)

と記され、〈仮想類〉は挙げられていませんでした。
 さて、E空間には〈思念類〉が棲息する一方、

「E空間特有の主観性の揺らぎも、他の生命系統の存在には危険をもたらします。とくに、量子類にとっては不快感が大きいのです。…(中略)…
たいていの量子存在は、宇宙の泡の隙間に住んでいて、他の生命系統のメンバーからは見えない状態にあります。あなたの母星のバクテリア - 固い岩のなかに棲息するバクテリアのようなものですね」(上巻、p.84/第1部「ハリー」)

と説明されます。「宇宙の泡の隙間」とはどういう場所なのか、気になるところです。また

「D空間には住民がいる。量子類のメンバーたちだ。きらめく不定形の生物たちは、見つめれば見つめるほど、その輪郭があいまいになるという不思議な特性を持つ」(下巻、p.456/第5部「地球」)。

 他方〈水素類〉は、『星海の楽園』のお話で重要な役割を果たすことになるでしょう。とりあえずは上巻、pp.371-379/第2部「ラーク」などを参照。第三作『知性化戦争』では、

「水素呼吸生物はゆっくりとしたルートを好み、もっぱらDレベルの超空間や通常空間を - 相対性の支配する領域を - 旅する」(下巻、p.107/第4部55)

と語られていました。『星海の楽園』では、

「どういうわけか、水素類のメンバーは、本来の住環境である木星型惑星から木星型惑星へと移動するさい、近道としてE空間を通ることを好む。AレベルやBレベルの超空間のほうが効率がよく、遷移点間移動のほうがずっと速いのにだ」(上巻、p.85/第1部「ハリー」)

と、DレベルからEレベルに変えられたわけです。


4.〈遷移点〉

 ところで少し先に、

「この銀河系から個体数の多い銀河系にいたるルートは、連続五回の遷移を行なうか、三回の遷移とAレベル超空間を通る二回の長距離ジャンプを行なうか、二回の困難な遷移と一回のAレベル・ジャンプおよび三回のBレベル巡航を -」(上巻、p.109/第1部「ドワー」)

とあって、「AレベルやBレベルの超空間」と「遷移点間移動」は別もので、またAレベル超空間移動は「ジャンプ」、Bレベル超空間では「巡航」と呼ばれるようです。同様に、

「いったん遷移点からとびだした船団は、そこでBレベル超空間にはいり、小刻みなジャンプをくりかえすことで、数パクタールにおよぶ空隙を越え、輝く巨大星雲を迂回したのち、つぎの遷移点に到達した」(下巻、p.59/第3部「ユウアスクス」)。

 第2部冒頭のエピグラフ代わりの「生命系統」に、

「われわれの五銀河系は、平坦な時空の圧倒的な距離によって隔てられているにもかかわらず、超空間遷移点によって相互に結びつけられている」(上巻、p.198)

とありますが、〈遷移点〉について、第五作『戦乱の大地』では、

「これは遷移点だ。恒星系から恒星系へと移動する十五通りの航法のうち、もっとも安全なのは、遷移点を使っての移動とされている。これは適切な勾配で適切な距離を移動し、ある遷移点に突入しさえすれば、おなじ銀河系内のはるか離れた遷移点へ出られるというもの」(上巻、p.515/第6部「エマースン」)。

と述べられていました。これこそが「まともな方法」だったわけです。さらに、

「赤色巨星の向こうには折りたたまれた空間がある。現実の繊維が歪曲した場所がある。そこへ飛びこんだとたん、船ははるか彼方に出現する」(下巻、p.558/第10部「サラ」)。

「〈ポルクジイ〉が追いつくまえに、充分な余裕をもって遷移点に到達し、超空間のより高次のレベルへジャンプできるという」(下巻、p.563/第10部「ユウアスクス」。〈ポルクジイ〉は〈ストリーカー〉を追うジョファー族の戦艦)。

 「超空間遷移点」というからには、〈遷移点〉も〈超空間〉に関わる事象なのでしょう。ただA~Eレベル超空間とどんな関係にあるのかは、記されていません。
 とまれ『星海の楽園』では、

「遷移点と呼ばれる複雑な超次元的合流点」(上巻、p.473/第3部「ハリー」。

「遷移点 - それは、きらめく宇宙の織地をいくつもの - ときには二次的にさらに多数の - 次元に折りこんだ、きらめく弧やひだ(ヽヽ)の織りなす、スパゲティ状の塊だ。
 それを〝きらめく糸状の欠陥の迷路〟と呼んでもいい。
 〝創造の鏡に無数に走る、ごくかすかなひび割れ〟という形容もできる。
…(中略)…それによって得られるのは、接続された銀河系から銀河系へと、超空間を通るよりもはるかに速く移動する手段にほかならない」(上巻、pp.242-243/第2部「カー」)。

「船団はそこからつぎの遷移糸網に飛びこんで、継続的に遷移糸乗りを行ない、はるかなむかし、膨張する宇宙の原初的本質から濃縮されてできた空間の、多次元的な傷/境界にそって移動を続けた」(下巻、p.59/第3部「ユウアスクス」)。

 そこでの航行について第五作『戦乱の大地』では、

「もつれにもつれた遷移糸の竜巻。無数の輝く糸に接触するさいには、わずかな角度の狂いもゆるされない。いちどでも接触角度をあやまれば、船は実空間へ押しもどされてしまう。それも、高密度なクォークのシチューとなって……」(上巻、p.319/第4部「カー」)

と描写されました。『星海の楽園』では、ヒトによって知性化されたネオ・ドルフィンに関し、

「ヒトの遺伝子操作者によって追加された大脳の新しい皮質は、ひとつひとつの遷移糸を量子空間の傷として - 超高温の膨張する泡であった宇宙が冷えはじめ、現実と超空間の多彩な層が織りなす多重の塊になっていくさいに取り残された傷として - とらえることを可能にした。層同士が癒着しても、あとには欠陥が残る。境界と裂け目が残る。そこでは物理法則がねじ曲がり、遠隔地間のショートカットが可能になる」(上巻、p.243/第2部「カー」)。

と記されます。この他、

「〈ストリーカー〉が遷移点の内部に向かって湾曲する糸のような〝世界間境界線〟をたどるにつれ…(後略)…」(上巻、p.404/第2部「アルヴィンの日記」)。

「船外のねじくれた迷宮 - 糸のような世界間境界線の迷路のことだ。螺旋を描きつつ、ありとあらゆる次元を貫いて湾曲する境界線の入り乱れようたるや、…(後略)…」(上巻、p.459/第3部「サラ」)。

「つぎの遷移合流点に達すると、その小船団はすさまじい勢いで確率解放を行ない、まばゆいほどの閃光を残して、せまい空隙を飛び越え、イフニのみぞ知るどこかへ旅立っていった」(上巻、p.464/第3部「サラ」)。

「カーが〝銀河間ネクサス〟と呼ぶ、ループした無数の遷移糸の結び目に飛びこみさえすれば、ぼくらは第四銀河系の外に出られるはずだった」(上巻、p.497/第3部「アルヴィン」)。


5.〈世界管〉

 E空間に戻ると、そこではまた、〈世界管〉なるものが出現します(上巻、p.433/第3部「ハリー」);

「奇妙にぼやけた風景のなか、無数の光点をちりばめられた光るリボンが横たわっていた。…(中略)…
〈世界管〉というやつは、E空間の暗喩のルールにまったくしたがっていない。
 厳密には、それを構成するあらゆる要素がE空間のものではない、といったほうが正確だろう」(上巻、p.453/第3部「ハリー」)。

「チューブの内部は深い暗黒で満たされており、そこに何百万もの微小な光点が輝いている。
 この光点のひとつひとつが恒星だとはちょっと信じがたいが - じっさい、細いヘビのようなチューブのなかには、恒星がぎっしり詰めこまれているのである。いや、もちろん、恒星だけではない。蛇行する長いチューブのなかには、ハリーが知っている宇宙のすべてが収まっているといったほうが正しい。惑星も、太陽も、相互に連結された五つの銀河系も、なにもかもだ」(上巻、p.455/第3部「ハリー」)。

「〈世界管〉内の領域が、〈世界管〉自体をとりかこむ暗喩の領域よりはるかに広いということは、頭では理解できていても、感覚的には大きな違和感をいだかずにはいられない」(上巻、p.473/第3部「ハリー」)。

 「トポロジー的なこの空間異相」(上巻、p.455/第3部「ハリー」)を利用した移動手段も想定されます;

「必要なのは、自分がいる恒星系の付近の接点と、目的地付近の接点だけ、あとはその接点を通じて、E空間に出入りするだけでいい。…(中略)…
 だが、E空間は予測のつかない世界だ。…(中略)…〈世界管〉をたどって目的地付近の接点までいくのに、長い旅が必要な場合もあれば、あっという間に着ける場合もある。距離その他のさまざまな関係は、ほんのすこしも一定しない。
…(中略)…やっかいなのは、いざ移動に成功してみると、そもそもその旅行者が、まだ旅に出発していない可能性すらあることだ!…(中略)…注意をおろそかにしていると、自分自身が存在した証拠を消去させてしまうことにもなりかねない」(上巻、pp.455-456/第3部「ハリー」)。

「もちろん、〈世界管〉に〝飛びこむ〟ことには、それはそれで危険がともなう。たとえうまく五銀河系のひとつに出られたとしても、原子間の距離が正しい間隔をたもてていればいいが……もしもオングストローム単位ではなく、メートル単位で配置された状態で出現しようものなら、自分の肉体は恒星なみの大きさに広がり、密度は真空なみになってしまう」(上巻、p.484/第3部「ハリー」)。

 逆に、通常空間からE空間へ;

「最終的に、ステーションは、E空間に通じる指定進入ポイントに到達した。そこは暗黒よりも暗く、現実の各層同士を隔てる壁がひときわ薄くて通過しやすくなった、特殊な場所だった。…(中略)…まもなく、周囲の物質が輝きだして、一行は概念自体が生命を持つ領域への - 物理学がそれを許容する領域への - 移行をおえたのだった」(下巻、p.406/第5部「E空間」。)


6.落ち穂

 なおEレベル空間で、

「つるつるすべる黄色い物体は、小規模タイムワープの喩象的表現であるという結論に達した。バナナの皮のひとつひとつが、いくつかの亜空間次元にみずからを歪曲させているらしい。あの〝皮〟を踏むと、最初は抵抗がまったくなくなる。そして、なんの前触れもなく、つるっとすべり、すぐさま反発フィールドによって、もといた位置に高加速度で押しもどされるのだ」(上巻、p.111/第1部「ハリー」)

という現象が起こるのですが、その際、「亜空間」と「超空間」は区別されているようです。

 「亜空間周波数」(下巻、p.418/第5部「太陽系」)



「サブコスモス」(下巻、p.23/第3部「ハリー」)

という言い方も見られました。この他、

「光子が事実をゆっくりと伝えるのに対して、超光速波というものは、可能性(ヽヽヽ)を伝えるのよ、アルヴィン」(上巻、p.407/第2部「アルヴィンの日記」)。

「かつてなく強力な兵器が投入されたため、時空のさまざまなレベルを隔てる境界が引き裂かれ、その結果、AレベルおよびBレベル超空間の局所的渦が〝通常〟の連続体にも出現し、ふれるもののすべてを無惨に破壊しているそうだ」(下巻、p.203/第4部「ハリー」)。

「反重力システムは、超空間のいくつかのレベルから力を呼びこみ、重力と相殺するトリックを使うことで成立している」(下巻、pp.458-459/第5部「ジージョ」)。

「じっさい、〈ポルクジイ〉は、もはやこの宇宙の一部ではない。いろいろと改修を加えられたこの船は、物質でもエネルギーでも、さらには空間そのものでも構成されてはいないうねり(ヽヽヽ)の波頭に乗って、アイレムの()を移動しているのだから。…(中略)…〈ポルクジイ〉は折りたたまれた〝状況(コンテクスト)〟の揺らぎに乗って進んでいるらしい。このコンテクストというのは、はるかむかし、宇宙を形成させる(いしずえ)となった基本的法則の背景であり、これを基にして、ハイゼンベルクの不確定性原理の一要因により、突然の大爆誕が成立したという。すなわち、ビッグバン -
 無から有の創出だ。
 いまラークが見ているものは、存在でも物体でもなく、可能性のグループとグループ同士を結びつける、因果律の接続ネットワークの巨大な渦にほかならない」(下巻、p.489/第5部「運命」)。


7.アイレム、〈大断裂〉

 すぐ上の引用中に〈アイレム〉という語ができましたが、これについて;

「〈ストリーカー〉をとりまいているのは、生のアイレム - わたしたちの連続体の基底媒体だ。この基本物質をベースにして、さまざまなレベルの超空間が圧縮され、いわゆる〝真空〟を下支えしている」(下巻、p.87/第4部「ジリアン・バスキンの日誌より」)

というくだりがありました。日本語版ウィキペディアの「アイレム (曖昧さ回避)」の頁によると(→こちら)、

「Ylem - ジョージ・ガモフおよびラルフ・アルファーが提唱した、ビッグバン直後に生成されあらゆる物質の元となったとされる仮説上の物質」

とあり、そこで

 ジョージ・ガモフ、伏見康治譯、『宇宙の創造 ガモフ全集 7』、白揚社、1952

を繰ってみると、第3章中に「〝アイレム〟の仮説」の節があり、

「この素粒子の原始混合物を”アイレム”とよぶことにしよう。ウェブスターの字引をひくと、これは昔のことばで、それから原子が作られたと想像されている最初の物質のことである」(p.92)

と述べられていました。「昔のことば」という点については、英語版ウィキペディアの該当頁の"History"の項を参照(→そちら)。
 さて、

「E空間の特殊な性質を利用して現実宇宙を覗きこんだ結果、ハリーが設置したカメラは、現実空間を下支えする基底媒(アイレム)体が伸びているようすをとらえたという。この伸張過程は急激なもので、いまにもアイレムが断裂してしまいかねないそうだ」(下巻、p.122/第4部「ハリー」)。

「この宇宙の基底をなす繊維そのものの緊張断裂」(下巻、p.185/第4部「エマースン」)。

さらに、

「どうやら、このような現象が起こったのは、今回がはじめてではないらしい! 同様の現象は、規模こそ小さいものの、一億五千万年前にも起こっており、そのときは最終的に、全遷移点のうちの七〇パーセントが、永久的もしくは一時的機能不全に陥っている!」(下巻、p.123/第4部「ハリー」)

という。これは先に第2部で、

「どうやら、いくつかの定番遷移点の振動パターンに変動が起こり、接続が弱くなったか、完全に絶たれてしまったか、そのどちらからしい」(上巻、p.204/第2部「ハリー」)

と触れられ、また第3部冒頭のエピグラフ代わり「〈大いなる聖別者〉」では、

「最近になって発生した、あらゆるレベルの超空間における〝時化(しけ)〟…(中略)…もっとも重要な遷移点のうち、遷移糸の過負荷が発生したものは、すくなくとも三十に達する。…(中略)…〝超空間の異常気象〟」(上巻、p.425)

と認識されることになった事態にほかなりません。
 さらに遡れば、第四作『変革への序章』では、各章の頭に、おそらく惑星ジージョで伝えられてきた各種の書物の一節が配されます。その内「19 〈海〉の書」に、『約束の書』からの引用として、

「古伝によれば、そのむかし、
 集束された時間のチューブによって
 リンクされ、結びついていた銀河系は
 十七を数えたといわれる。

 だが、ひとつ、またひとつと、
 それらの脆いチューブはちぎれていった -
 宇宙の膨張にともない、劣化した継ぎ目が
 伸び広がるにつれて。…(後略)…」(下巻、p.139/19章冒頭)

とありました。『変革への序章』のお話とはつながらないのですが、第六作『星海の楽園』で起こる事態の伏線だったのでした。『星海の楽園』に戻れば、

「それらの方程式は、宇宙に大きなストレスがかかっていることを示していた」(下巻、p.129/第4部「サラ」)。

「『つまり、あの破壊の数々は、宇宙の膨張による結果であり、自然現象だというのね?』
『そのとおりです』サラは答えた。『時空の構造が - その下で支えるアイレムもふくめて - 引き伸ばされ、弱くなって、ついには裂けてしまうんです。そのため、領域の境界が突然はじけ、また再結合する。地震によって、地中に蓄積された圧力がある程度解放されるのに似ています。それにより、原初のマトリクスのいわゆる〝糸〟、もしくは傷がぎゅっと圧迫され、遷移点は使い道のない渦となり、星域全体、渦状肢全体、さらには銀河系全体がこりつしてしまうんです』」(下巻、pp.131-132/第4部「サラ」)。

そしてやはり、

「このできごとは……類例のないものではない」(下巻、p.132/第4部「サラ」)

として、

「『かつては - 十七の銀河系が連結されていたというんですか?』
…(中略)…『そのうちの六つが切り離されて十一となった。そして、七つに……さらには、現在の形のように、五つに』」(下巻、pp.133-134/第4部「サラ」)。

「宇宙が膨張するにつれて、銀河系と銀河系を結ぶ太古の〝傷〟はいっそう引き伸ばされ、ぷつんと切れる。そんな断裂が起こるたびに、存続する遷移点のか数はすくなくなり、連結ルートも減少し、超空間を通る高速航路へはますますアクセスしにくくなっていく。
…(中略)…〈始祖〉の時代には、あらゆるものの距離がもっと近くて、なにをするにも楽だったんだろう。いわば、〈魔法の時代〉だ。連結された十七の銀河系のどの二点間であれ、行き来するのは簡単だったにちがいない」(下巻、pp.307-308/第4部「ハリー」)。

 この時点では〈大断裂〉は「宇宙の膨張による結果であり、自然現象」と見なされているわけですが、少し後に、

「超限テンソルの迷宮のなかで、そのときサラが発見したのは、どうやっても解決できない繰りこみ不能状態だった。じっさい、その状態は、サラたちが見てきた時空震の波を説明するには必要不可欠のものに思えた。なのに、超越類独自のモデルによれば、それは成立しないという!
 (宇宙の膨張にともなう、銀河系間リンクの切断を予見したとき、わたしは真相の全貌を把握したつもりでいた。でも、いまならわかる - なんらかの追加的な力が働いて、万物を本来あるべき展開よりも速く動かしていることが)
 その仮説が成立するとすれば、可能な説明はただひとつ。
(なにかが介入しているんだわ。なにかとてつもなく巨大な存在が)
 細部ははっきりしないものの、介入してきた存在については、ひとつだけいえることがある。
(それはけっして、重力井戸の底に見つかるものじゃない。さがすとすれば、平坦な空間のどこか。〈潮汐の抱擁〉よりはるかに遠く -)」(下巻、pp.398-399/第5部「サラ」)。

「その予言によれば、〈大断裂〉はひとつの徴候でしかない。それは地球の碩学(せきがく)たちが主張するのとちがって、宇宙の膨張の結果ではなく、もっと複雑で奇妙な現象の一部であり、〝わたしたちの概念の枠組を大きく越えたところからくる〟なにかだとサラはいう。それがなにを意味するのかは、いまのところ、まだわからない」(下巻、p.480/第5部「帰還」)

と、別の解答があると暗示されます。ただ本篇中ではこの謎は解かれませんでした。もしかすると、さらに少し後、

「水素呼吸文明とシリコン・ベースの文明に広く存在するのは、いわゆる〝現実〟が虚構にすぎないという確信だ。彼らにとっては、最大の銀河系から極小の微生物にいたるまで、すべては大いなるシミュレーションの一部にすぎない。大きな問題やパズルを解くための〝モデル〟にすぎない。
…(中略)…すなわち、超高度なコンピュータが、おそらくは存在の別次元において - もしくは時の果てが万物を究極の形で結実させるオメガ・ポイントにおいて - 行なっているシミュレーションの、まやかしのコマと見なす。
…(中略)…われわれが所属しているこの宇宙のパターンは、これと並行して実行されている、ほんのすこしずつしかちがわないだけの、無数のパターンのひとつにすぎないのだから」(下巻、pp.485-486/第5部「運命」)。

「その過程で創りだした無数のモデルはどうなった?」(下巻、p.487/第5部「運命」)

と語られた点と関係があるのかもしれませんが、定かではありません。なお「無数のモデル」に関連するのかどうか、先に「平行宇宙」に触れました(→本頁上の2-ii)。
 ともあれ、

「〈大断裂〉のあと、あらゆるものが崩壊に向かった。すべてのすばらしい構造は - 時空の多層構造は - ばらばらに分解しはじめた。
…(中略)…
既知の各レベルの超空間は - AからEにいたるまで - ヘビの抜けがらのように、大なり小なり通常空間からはがれてしまい、おおむね接触は途切れてしまうだろうと」(下巻、p.427/第5部「超空間」)。

「とりわけ、第四銀河系では、すべてのレベルの超空間が、星々の輝く通常空間から - つまり、のろい光速によって因果律が厳密に支配された、いわゆるアインシュタイン空間の暗黒から - 完全に剥離して、どこかへいってしまうかもしれないらしい」(下巻、p.433/第5部「超空間」)。

「通常空間からはがれてしま」い、「剥離」するのだとして、その前超空間と通常空間はどのように結びついていたのか、また「どこかへいってしまう」として「どこか」とはどこなのか、大いに気になるところです。

 なお〈大断裂〉については、

 佐藤文隆/R.ルフィーニ、『ブラックホール 一般相対論と星の終末』、1976

での、

「宇宙空間でいろいろな天体過程が進行すれば、その舞台となった空間にもひびが入っていくのである。これは一種の老化現象である。できたての時空はスベスベしたものであっても、時とともにひびが入ってくるのである」(p.273/第5章5-e)

という箇所や、

 ケイティ・マック『宇宙の終わりに何が起こるのか』、2021

の第5章「ビッグリップ 終末シナリオ その3」で、

「そして最後の瞬間 - 空間の構造そのものが引き裂かれていく」(p.192)

と述べられていた点が、また宇宙=シミュレーション/コンピュータ説についてはたとえば、

 セス・ロイド、水谷淳訳、『宇宙をプログラムする宇宙 いかにして「計算する宇宙」は複雑な世界を創ったか?』、2007、「第7章 宇宙という(ユニヴァーサル)コンピューター」、

 ブライアン・グリーン、竹内薫監修、大田直子訳、『隠れていた宇宙』(下)、2011、「第10章 宇宙とコンピューターと数学の実在性 - シミュレーション多宇宙と究極の多宇宙」

などが連想されるところです。また

 冨島佑允、『この世界は誰が創造したのか 【シミュレーション仮説入門】』、2019

 リズワン・バーク、竹内薫監訳、二木夢子訳、『われわれは仮想世界を生きている AI社会のその先の未来を描く「シミュレーション仮説」』、2021

日本語版ウィキペディアの「シミュレーション仮説」の頁も参照→こちら。上の二冊で取りあげられている哲学者ニック・ボストロムとともに、そこでは物理学者フランク・ティプラーの説も挙げられていました。やはり日本語版ウィキペディアの「フランク・ティプラー」の頁は→そちら


8.信仰

 本シリーズでは、

「〈始祖〉という神話的種族以来連綿とつづけられてきた知性化連鎖」

によって、

「(人類という、おそらく唯一の例外を除き)すべての宇宙航行種族が、いずれかの宇宙航行種族の手によって、野蛮な準知的段階から知的段階へと引きあげられた」(『サンダイバー』、p.60/第1部3)

ことが大前提の設定でした。そうした諸宇宙航行種族間でも、とりわけ

「〈始祖〉自身の運命については数多くの伝説があり、相互に激しく対立する宗教をさえ生んでいた」(『スタータイド・ライジング』上巻、p.36/第1部1)。

 第六作『星海の楽園』の第2部「ハリー」では、「継承教徒」、「待望教徒」、「超越教徒」、「引退教徒」の名が挙げられます(上巻、p.219)。
 その内最後のものについては、第二作『スタータイド・ライジング』で、;

「〈引退教徒〉は、この世界にはいくつか実体のない種族があり、それがときおり肉体的な形をとって、通常の知性化のパターンを踏んだふりをして登場するという信仰を持っている。…(中略)…
 〈始祖〉はそれらの〈神霊族〉のなかでももっとも古く、もっとも超然として、もっとも強力な種族だと言われている。
 当然ながら、これは最古の種族〈始祖〉がいつの日かかえってくることを約し、大昔に母なる銀河系を旅立ったとする、一般的な〈始祖〉伝説と根本的な相違を示しており……」(『スタータイド・ライジング』、上巻、p.238/第2部23)

と述べられていました。

「針の頭の上で何人の天使が踊れるかといったことについて信者のあいだで戦わされた、いかれた解釈の類い」(上巻、p.239/同)

に触れてから、

「神々の化身(アヴァターラ)に関するヒンドゥー教徒の教義…(中略)…と〈引退教徒〉の教義はあまりにそっくり…(後略)…」(同上)

と、この箇所での視点人物は感じます。
 他方「一般的な〈始祖〉伝説」からは、有閑神(デウス・オーティオースス)〉のイメージが連想されずにいませんでした(→「有閑神(デウス・オーティオースス)、デーミウールゴス、プレーローマなど」の頁参照)。
 第六作『星海の楽園』第2部冒頭の「生命系統」では、五つの銀河系以外に、

「天文学者たちが分析した他の渦巻銀河や楕円銀河、その他の巨大な星の集団は、じつに七千億にものぼる。…(中略)…はなはだ不可解なことに、知性生物出現の形跡が見られるのは、この五銀河系だけであるということだった。
…(中略)…
何千億もの他の銀河系は、尊き超越者が隠遁する天の住居であると見なす連合もある」(上巻、pp.197-198)。

五銀河系以外の他の銀河系の件は、後に展開させられることでしょう(下巻、pp.344-347/第4部「ジリアン」)。

 また先ほども一例出てきましたが(下巻、p.486/第5部「運命」)、〈オメガ・ポイント〉という、テイヤール・ド・シャルダン由来の用語が、一度ならず飛びだしたりもしました(上巻、p.230/第2部「ハリー」;下巻、p.216/第4部「ハリー」;下巻、p.273/第4部「サラ」)。
 やはり先に挙げた日本語版ウィキペディアの「フランク・ティプラー」の頁によると、ティプラーが、ビッグクランチによる宇宙の終焉とシミュレーションを組みあわせ、その際オメガ・ポイントの語を導入したのは、1994年の著書 The Physics of Immortality とのことです。『星海の楽園』の原書は1998年刊行で、ブリンが参考にしたのはこちらかもしれません。

 第五作『戦乱の大地』の第7部冒頭には「寓話」として、

「『師よ』と学生がたずねた。『宇宙はこんなに複雑なんですから、造物主がたんに回転させるだけで宇宙を始動させられたとは思えません。そのデザインを設計するうえで、また天使たちに御心を実行に移させるうえで、造物主はコンピュータを使ったはずです』
…(中略)…『神が世界を創るにあたって用いたのは、コンピュータではなく数学だ』
…(中略)…『しかし、維持する場合はどうです? 宇宙は広大で複雑な意志決定のネットワークにほかなりません。一フェムト秒ごとに無数の選択がなされ…(中略)…
 それならば、造物主の助手たちは、コンピュータ・モデルを使うことなく、どうやってそれほどおびただしい局所的分岐を実行できたのでしょう?』
…(中略)…『そのような決定をくだすのは、神の首席補佐であるイフニだ。…(中略)…
 造物主の名において - 彼女はサイコロの目でものごとを決定するからだ』」(下巻、4pp.61-62)。

〈フェムト秒 femtosecond 〉は日本語版ウィキペディアの該当頁によると(→こちら),

「フェムト秒(フェムトびょう)は、1×10-15秒に等しい国際単位系(SI)の時間単位である[1]。比較として、1フェムト秒に対する1秒は、1秒に対するおよそ3,171万年に相当する」

とのことです。〈イフニ〉は「用語とキャラクター」に、

「おそらく、〝無限〟の略。宇宙船乗りのあいだでは、伝統的に運命の女神を指す名前として用いられる」(下巻、p.14)

とあって、これまでのシリーズでも登場人物たちが、ことあるごとに引きあいに出していました。
 ともあれこの「寓話」は、シリーズにおける宇宙とどのように結びついているのでしょうか?


9.文化
  i. 音楽、他

 第四作『変革への序章』には、惑星ジージョに隠れ住む「六種属混成の六名編成楽団(セクステット)」(上巻、p.363/10章「サラ」)の演奏が描かれ、

「ジージョ風のセクステットは、それぞれ独自の演奏の糸を即興のハーモニーに紡いでいき、さまざまなきっかけでそれがばらばらになってはまた融合する、というパターンを描く」(上巻、p.364/同)

と記されていました(下巻、p.134/18章「サラ」、第五作『戦乱の大地』、上巻、p.476/第5部「サラ」も参照)。

 少し先では〈彫刻の庭園〉について述べられます(『変革への序章』上巻、pp.377-378/18章「サラ」)。別の絵画について下巻、pp.111-112/18章「レティ」も参照。
 他方第五作『戦乱の大地』で〈黄金障壁〉と呼ばれるものについて、先の引用(→そちら)に続いて、

「奇妙でどこかねじけた動きぶりは、母親が好んで〈ビュブロス〉から借りてくる古い本のなかで見た〝キュービスト〟の芸術を思いださせた」(上巻、p.567/第6部「ラーク」)

と述べられます。第六作『星海の楽園』では、

「現実の奇怪な一局面であるE空間に駐留し、どの窓の外もダリの絵のできそこないのような異様な喩象イメージにとりかこまれていてさえも、…(後略)…」(上巻、pp.88-89/第1部「ハリー」)

と、ダリが引きあいに出される(ダリに関連して、→そちらも参照:「オペラ座の裏から(仮)」の頁の「3-7 テアトロ・オリンピコ、他」。キュビスム関連では、グレアム・ハーマンがブラックとラヴクラフトを並べていました→あちら(「近代など(20世紀~) Ⅳ」の頁の「xix. ラヴクラフトとクトゥルー神話など」)。

 第六作『星海の楽園』中に、

「しかし、いまのサラの心境は、ついにオズの部屋にたどりついてみたら、偉大な魔法使いがくわせものであることに気づいたドロシーのそれと変わらない」(上巻、pp.129-130/第1部「サラ」)

というくだりがありました。

 第四作『変革への序章』で図書館に相当する、とある施設について、

「高くそびえる〈文学館〉のアトリウムには、閲覧室や展示室をつなぐ橋や傾斜路がたくさん交錯し、各部屋をうめつくす書棚は本の重さできしみ、そのそれぞれが、インク、紙、叡知、時の経過を感じさせるほこり等々のにおいを吸収している」(下巻、p.119/18章「サラ」)

と述べられます。ピラネージの《牢獄》、「怪奇城の図書室」の頁の「7 『薔薇の名前』映画版(1986)からの寄り道:ピラネージ《牢獄》風吹抜空間、他」で挙げた、『薔薇の名前』映画版における書庫や、カルロス・ルイス・サフォン「忘れられた本の墓場」四部作(2001-17) メモの頁)で触れた、〝忘れられた本の墓場〟などが連想されるところです。


  ii. 言語

 また六種属中地球のヒトの言語

「アングリックの場合、文章には当初からノイズがふくまれている」(『変革への序章』下巻、p.31/16章「サラ」)

と、さらに

「ときどき、ほかの言語を使ってこの問題を回避できないかと考えこみ、眠れぬ夜を過ごすことがある。たとえば、第七銀河語の仮想法などだ。しかし、あれは時制が明確に過去である場合には使えない。ブユル式の第三銀河語には量子的不確定語形変化があるが…(後略)…」(下巻、p.87/17章「アルヴィンの物語」)。

言語については、下巻、pp.367-373/24章「サラ」でも議論されます。


  iii. 〈鯨夢〉

 第一作『サンダイバー』の第1部第1章は「〈鯨夢〉より出でて」と題され、その始めの方以来、〈鯨夢〉の語が何度となく登場します。本頁上の2-ii(→こちら)でも一例に触れました。ただ、

「技術が〈鯨夢〉からイルカを解き放つことができるかどうか、いまこそはそれを見きわめる正念場だ」(p.16/第1部1)、

「いつの日か、フィンは〈鯨夢〉をことばで表現することができるかもしれない」(p.21/第1章1)

などと言われたりするものの、具体的な内容はよくわからない。
 他方たとえば、

「〈大いなる音楽家〉、つまりザトウクジラのための称号」(『スタータイド・ライジング』上巻、p.23/第1部1)

とありましたが、鯨の歌は他の種族からも賞賛を得ているようです;

「静まり返った聴衆を前にして披露された夢幻歌 - 地球の十二大夢想家の一頭、〈五つの気泡の渦〉という名の鯨がとくにこの儀式のために作った歌 -。鯨は公式には、知的生物と見なされていないが、だからといってその芸術家としてのかけがえのない価値が損なわれるわけではない。これほどの生きものが地球に住んでおり、宇宙の鬼子たる人類の保護下にあるという事実もまた、一部の保守的な覇権種族の怒りをかきたてる一因となっていた」(『知性化戦争』上巻、p.136/第1部12)。

 とこうして第五作『戦乱の大地』で、

「その残像を再生させる場所 - 太古から受け継がれた記憶の淵のことを、ある者は〈鯨夢〉と呼ぶ」(下巻、p.251/第8部「カー」)

と記されるのでした。

 山田正紀、『神獣聖戦 Ⅲ 鯨夢(GAME)鯨夢(GAME)』、1986

が連想されたりもします。連作短篇の三篇目、「鯨夢!鯨夢!(GAME! GAME!)」では、

「この惑星の知的生命体で滅びたものの最初が鯨である。滅びていく鯨の終焉の夢は背面世界に、虚空間に解放されたのだ。夢の〝幻子(ヽヽ)〟がむすばれ、ほどけて、終焉の夢をつむぎだす。ああ、〝幻子〟につむぎだされる夢こそが、この時空間の、この宇宙の実相なのだ」(p.166)

と語られます。〈背面世界〉や〈虚空間〉は

 山田正紀、『神獣聖戦 Ⅱ 時間牢に繋がれて』、1984

に収められた連作第二篇「円空大奔走」で、

「人類が宇宙に進出したための、空間と時空間をむすんでいた鎖がちぎれてしまったのです。空間は時間と四次元的にからみあった虚空間となり、人類は文字どおり〝時の流れ〟に放りだされてしまった」(p.77/3節)

と、また第三篇「時間牢に繋がれて」では、

「虚空間(これは鏡人=狂人(M・M)の棲む背面世界よりレベルの低い次元世界であり…(後略)…)」(p.105/2節)

等と述べられます。詳しくは『神獣戦線』シリーズを参照いただくとして、空間と心象が分かちがたいという点で、『星海の楽園』でのE空間に通じるところがあるといえなくもないかもしれません。


おまけ

 余談になりますが、第二作『スタータイド・ライジング』の中に、

「いまや彼は、人間の言う〝ナンタケットの橇〟がなにを意味するか理解した」(下巻、p.338/第10部117冒頭)

というくだりがありました。〝ナンタケットの橇〟で思い浮かぶのは、

Mountain, Nantucket Sleighride, 1971(邦題:マウンテン、『ナンタケット・スレイライド』)
 * 白谷潔弘監修、『アメリカン・ハード・ロック The DIG Presents Disc Guide Series #015』、シンコーミュージック、2004、p.42(下に挙げるライヴ盤二点も同じ)

バンドとして2枚目のタイトル曲、3曲目の"Nantucket Sleighride (To Owen Coffin)"(「ナンタケット・スレイライド」)でした。この曲はバラードとして始まりますが、間奏部ではその旋律を展開したいくつかのフレーズが、それぞれ反復されつつ組みあわされます。マウンテンは通例ハード・ロックに分類されるものの、この曲に関してはプログレッシヴ・ロックに通じるものがあると感じられたことでした。

 『音楽専科』第515号、1974年10月号の「総力特集 プログレッシヴ・ロック総括!!」

中の

 松本勝男、「現代音楽の一形態としてのロックとは? - ロックとクラシックの融合はどうあるべきか - 」

で、マウンテンに触れていたのが思いだされたりもします(p.116)。
 ちなみに上記アルバムでは5分50秒のこの曲がライブ盤

Mountain, Live - The Road Goes Ever on, 1972

では17分38秒で、元のLPではまるまるB面を占め、さらに

 Mountain, Twin Peaks, 1974

では元のLPではC面+D面(USA版ではB面+C面)で16分19秒+16分14秒=32分33秒に膨れあがるのでした。
 それはともかく、タイトル中の"sleigh"は「橇」だとして、手もとの英和辞書には”sleighride”は俗語で、「人と富を分かち合うこと、(1回分の)コカイン」とありましたが、検索してみると次の論文が見つかりました;

 浜口尚、「ナンタケット・スレイライド、あるいは北米捕鯨史にかかわる一断想」、『園田学園女子大学論文集』、第54号、2020.1、pp.141-153 [ < 園田学園女子大学図書館

 件の曲のことを枕にしたこの論文によると、

「この銛を打ち込んだ鯨に捕鯨ボートごと海上を引っ張られていく状態が『ナンタケット・スレイライド』(ナンタケットのそり滑り)である」(p.144)

とのことでした。副題のオウエン・コフィンについては p.147。

◇ 第三作『知性化戦争』では第2部のエピグラフとして、

Zappa and the Mothers of Invention, One Size Fits All (1975、邦題;フランク・ザッパ&ザ・マザーズ・オブ・インヴェンション、『ワン・サイズ・フィッツ・オール』→こちらを参照:「エジプト」の頁の「おまけ」)

から6曲目(元のLPではB面2曲目)"Evelyn, A Modified Dog"の歌詞がまるまる引かれています(上巻、pp.260-261)。1分4秒の短い曲で、手元のCDでは「エヴェリン、ア・モディファイド・ドッグ」とカタカナに起こした邦題でしたが、『知性化戦争』では「改造犬イヴリンの悩み」とされています。この点について「訳者あとがき」に、

「第二部扉に引用されているフランク・ザッパの詞は、LP『万物同一サイズの法則』(廃盤)に『変更された犬のエブリン』の邦題で収録されているが、全体との整合性から、本文のような形にさせていただいた」(下巻、p.595)

と断りを入れてありました。

◇ さらに別の箇所には、

「せっかく彼の演奏で、〈アイアン・バタフライ〉の〝ガダ・ダ・ヴィダ〟が聴けると思ったのに」(下巻、p.92/第4部54)

なんて台詞がありました。

Iron Butterfly, In-A-Gadda-Da-Vida, 1968
 * 白谷潔弘監修、『アメリカン・ハード・ロック The DIG Presents Disc Guide Series #015』、シンコーミュージック、2004、p.61
    『サイケデリック・ロック』、シンコーミュージック・エンタテイメント、2014、p.122

のタイトル曲で、元のLPではB面をまるまる占める17分5秒、1960年代後半のサイケデリック・ロックの典型的な曲です。
2025/03/20 以後、随時修正・追補
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