< 怪奇城閑話 |
捻れ柱 - 怪奇城の意匠より Colonna salomonica |
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『吸血鬼ドラキュラ』(1958)を見ていると、本筋に関わるような役割を果たすわけでもないのに、何やら気になるモノが映りこむ場面がいくつかあったということで、カッヘルオーフェン(陶製ストーヴ)の頁を作りました。気になるといっても単に当方が知らなかっただけで、実のところ当たり前のことでしかないのではないかという気もしないではないのですが、そこは目を瞑って、次に、 |
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当作品の頁でも記しましたが(→そちら)、オープニング・クレジットでカメラが滑っていくと、さっそく屋外に一つ登場します(右に引いた画面の右端)。 | |
城内に入れば広間の階段や吹抜歩廊などにいくつも並んでいる(→あちらや、ここ)。 | |
『吸血鬼ドラキュラ』と同じくハマー・フィルム製作でバーナード・ロビンソンが美術を担当した作品では、『吸血鬼ドラキュラの花嫁』(1960)で、広間への入口の両脇に(→そこ)、 | |
また『吸血鬼の接吻』(1963)で、玄関広間や広間に、緑色のものも含めて(→あそこの1や、またあそこの2)、幾本も見ることができました。玄関広間で階段の手前にあった白い捻れ柱は、柱の太さや捻れ方からすると、『吸血鬼ドラキュラ』の冒頭、屋外で城の入口近くにあったのと同じもののように見えます。 | |
なお、これまで本サイトでは「捻り柱」と表記してきたかと思いますが、次の資料に合わせ、例によって長いものには巻かれるとして、ここでは「捻れ柱」としておきましょう; 加藤明子、「捻じれ柱のモティーフの成立とその表現の諸相」、『哲學』、no.94、1993.1、pp.245-264 [ < KOARA 慶應義塾大学学術情報リポジトリ] 篠田知和基、『ヨーロッパの形 螺旋の文化史』、2010、pp.13-31:第1部第1章1「ローマ」など 五十嵐太郎編著、『くらべてわかる世界の美しい美術と建築』、2015、pp.72-73:「ねじれ柱 キリストの割礼×サン・ピエトロ大聖堂の大天蓋(バルダッキーノ)」 (→こちらでも触れました:「拳葉飾りとアーチ」の頁) 加藤の論文によると、 「今日では捻じれ柱に対する『ソロモンの円柱』(colonna salomonica)という呼称はほぼ定着し」(p.257) ているとのことで、これは、 「ヴァティカーノのサン・ピエトロ大聖堂に伝わる12本(現存するのは11本)の捻じれ柱…(中略)…これらの柱はイェルサレムのソロモン王の神殿からもたらされたとする伝説がラッファエッロの時代には広く信じられていた」(p.248) ことに由来するのだという。こうした 「伝説の成立は遅くとも15世紀半ば」(p.252) なのですが、他方また、 「マニエリスムの世代に属す画家たちは捻じれ柱のモティーフを、イェルサレムの神殿というキリスト教的な文脈だけでなく、しばしば古代的異教的なイメージを担うものとして扱ってい」(p.253) もするそうです。 とまれ〈ソロモンの円柱〉をめぐって、英語版ウィキペディアの→"Solomonic column"の頁も参照。 エルサレムの神殿をめぐって、 ジョセフ・リクワート、黒石いずみ訳、『アダムの家 建築の原型とその展開』(SDライブラリー 18)、鹿島出版会、1995、「第5章 理性と神の恩寵」 も参照(同、p.169 の図40-43 に捻れ柱4種、p.174 図44にラファエッロのタピスリ下絵が掲載)。 『新潮世界美術辞典』(新潮社、1985)にも「ねじれ柱」の項目があって(p.1108)、 「 twisted column (英)、colonne torse (仏)、gewundene Säule (独) 柱身をねじった柱。ローマ後期に用いられ、サン・ピエトロ旧聖堂にも用例があった…(後略)…」 とのことでした。 |
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ちなみに、「オペラ座の裏から(仮)」の頁で登場いただいたアンドレア・ポッツォ『絵画と建築の透視図法』(1693/1707頃→こっち)には、捻れ柱の作図法の項目もありました ( Andrea Pozzo, Perspective in Architecture and Painting. An Unabridged Reprint of the English-and-Latin Edition of the 1693 "Perspectiva Pictorum et Architectorum", 1989, pp.116-117/第52図。あわせて、pp.120-121/図53B も参照)。 そこで捻れ柱は"wreath'd Column"と表記されています。"wreathe"は手もとの英和辞書によると、 「[花輪などで]・・・を飾る/[花・枝など]をより合わせて輪にする、環状に巻きつける/・・・のまわりにからませる/[輪になって]・・・を取り巻く、・・・に巻きつく」 などの意味とのことでした。 |
ポッツォ(1642-1709) 『絵画と建築の透視図法』 1693/1707頃 第52図 * 画像をクリックすると、拡大画像とデータが表示されます。 |
加藤論文ではラファエッロのタピスリ下絵《足の不自由な男を治癒するペテロ》(1515-16年頃、ヴィクトリア&アルバート美術館)その他が、五十嵐編著ではジュリオ・ロマーノの《キリストの割礼》(16世紀前半、ルーヴル美術館)が取りあげられていましたが、ここではまた別の作品を垣間見ておきましょう; モンス・デジデリオことフランソワ・ド・ノメ(ノーム)には、《神殿からの商人たちの追放》(Maria Rosaria Nappi, François de Nomé e Didier Barra. L'enigma Monsù Desiderio, Jandi Sapi Editori, Milano, Roma, 1991, p.91 / cat.no.A 37 )や《神殿のダヴィデ》(同、p.141 / cat.no.A 72)などエルサレムの神殿を描いた作品があり、またそれ以外にも捻れ柱の登場する画面をいくつか見出すことができますが、 |
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右に挙げたのはそうした一点で、同時に、やはり何点か見られる建物を真正面から左右相称に捉えた系列にも属する作品です(同、pp.88-89 / cat.no.A 35 も参照)。やや暗めの褐色が基調となる中、こちらも左右相称に配されて、白っぽい捻れ柱が二本浮かびあがるさまは、いささか奇妙な違和感を感じとれなくもないかもしれません。下書きのものらしき黒い線が残っているのも、構図の図式性を強調することになっているのでしょう。 | モンス・デジデリオことフランソワ・ド・ノメ(ノーム)(1592/93-1623以降) 《神殿のソロモン》 17世紀前半 |
こちらはフォンテーヌブロー派の画家アントワーヌ・カロンの《季節の勝利》連作の一点です。ふんだんに飾り立てられ、 「王冠を戴き、『PIETAS AUGUSTI (アウグストゥスの敬虔)』の銘を掲げた紅白のソロモン柱(『列王記上』:21)は、神聖なる君主の勝利と栄光を象徴して」 いるとのことです(岩井瑞枝、『フォンテーヌブロー派画集 ピナコテーカ・トレヴィル・シリーズ 4』、トレヴィル、1995、p.101)。 |
アントワーヌ・カロン(1521-1599) 《アウグストゥス帝とティブルのシビュラ》 1580年頃 |
カロンは 《蝕を観察する天文学者たち》(1571-72年頃、Jean Ehrmann, Antoine Caron. Peintre des fêtes et des massacres, Flammarioon, Paris, 1986, pp.111-112, 123 / pl.106) でも捻れ柱を描きこんでいましたが、ちなみに、エールマンの本を繰ってみると、《アウグストゥス帝とティブルのシビュラ》を論じた頁の中で、ソロモンの柱を描いた作者不詳の版画を載せていました(p.133 / fig.111)。 ハマー・フィルムの作品に戻るなら、『吸血鬼ドラキュラ』に先立つ怪奇映画路線第一弾だった『フランケンシュタインの逆襲』(1957)では、捻れ柱を見かけることはなかったような気がします。 |
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『凶人ドラキュラ』(1966)で、二階から三階へ上がる階段の欄干にちらっと顔を見せたものの(→そっち。柱の太さや捻れ方からすると、『吸血鬼の接吻』で玄関広間にあった白い捻れ柱同様、『吸血鬼ドラキュラ』の冒頭、屋外で城の入口近くにあったのと同じもののように見えます。追補:→「怪奇城の高い所(中篇) - 三階以上など」の頁でも触れました)、 | |
ハマー・フィルムの作品を何か言えるだけの数をこなしたわけでもないのですが、少なくとも本サイトでとりあげた例にかぎれば、以後の作品でも、上の三作ほど捻れ柱が目立つことはあまりなかった、と言っていいものかどうか。 とまれ、ソロモンの神殿や古代の異教との結びつきをロビンソンや監督たちなどスタッフが意識していたかどうかは、これまた何とも言えないとして、円柱や角柱を仮に普通だと見なすならば、捻れ柱は普通でないだけの過剰さを抱えており、そんな捻れ柱を擁する空間も、普通の日常空間とは異なる性格を帯びる、と意味づけることは許されるものでしょうか? 天井・屋根を支える柱は不動のものでなければならないのに、捻れ柱は上や下への動勢をはらまずにはいません。 と言ってはみたものの、実のところ、単にエキゾチックな眺めを仕立てようとしただけ、という気がしなくもありません(貶しているのではありません)。そしてそんな捻れ柱が目立たなくなる傾向が仮にあったとしても、しかしそこには、予算を始めとして、製作を取り巻くさまざまな状況が作用していることでしょうから、一概に作品自体の中身の変化と関連づけることはできそうにないのでした。 |
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さて、捻れ柱はハマー・フィルムの特許では当然なく、たとえば『肉の蝋人形』(1933)の冒頭、二本で一組になって登場します(→あっち)。 | |
『血ぬられた墓標』(1960)で、ガラスなしの大きな窓、その中央の支え柱は捻り柱でした(→こなた)。その頁に「マッシモ城の公式サイトにこの物見の写真があるので、実在する部屋でのロケなのでした」(2015/6/5時点)と記しましたが、2021/03/15現在、公式サイトなるものは見つかりませんでした。 | |
なお『血ぬられた墓標』にはこれ以外に、地下納骨堂や隠し通路内でも捻り柱が見られます。 | |
『吸血鬼』(1967)では、城の屋上に何本も柱が立っており、その内の幾つかが捻れ柱でした(→そなた)。 | |
『処刑男爵』(1972)では、廊下だか図書室だかで、捻れ柱が並んでいました(→あなた)。クロイツェンシュタイン城に実際にあるものなのでしょうか。 | |
さて、どこまでが捻れ柱と呼んでいいものなのか、勉強不足のためわかっていないのですが、たとえば『オズの魔法使』(1939)には、表面を螺旋状の溝で刻んだ円柱が見られました(→こちら)。 | |
『ハムレット』(1948)でも同様の柱が、波形の溝を刻んだ柱とともに登場します(→そちら)。 | |
『オセロ』(1952)、また然り(→あちら)。 | |
ハマー・フィルムの作品にも欠けてはいません 。右は『フランケンシュタインの怒り』(1964)から引いたもの(→ここ)。 | |
他方、『魔人ドラキュラ』(1931)では、凹んだ溝ではなく、凸状の帯が螺旋を描いて柱に巻きついています(→そこ)。当然同じセットで撮影された『魔人ドラキュラ・スペイン語版』(1931)にも出てきます(→あそこ)。 | |
『襲い狂う呪い』(1965)では、巻きつくのは蔓という具象的なモティーフでした(→こっち)。 | |
捻れ柱に戻れば、『たたり』(1963)には、捻れ柱はドアの両側で壁に埋めこまれていました(→そっち)。 | |
『キャット・ピープル』(1942)で、階段が床に接する部分左右の小柱には、四本の捻れ柱に支えられた箱状の柱頭がのっています(→あっち)。 | |
追補:ちなみに、、親柱ではありませんが、 トレヴァー・ヨーク、村上リコ訳、『図説 英国のインテリア史』、マール社、2016 によると、階段欄干の 「ねじり型の手すり子は、ポルトガル出身のチャールズ二世妃とともに渡来した流行で、1700年代初頭まで装飾の形として人気を保ち続けた」(p.15/図2.7) とのことです。 |
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『アッシャー家の惨劇』(1960)では、居間の椅子、その背もたれで、中央部から少し間をあけて左右に捻れ柱が配されていました(→こなた)。 | |
デザインは異なるものの、やはり捻れ柱を左右に配した背もたれの椅子を、『恐怖の振子』(1961)の食堂の場面で数脚見ることができました(→そなた) | |
(追補の2;髙橋守『英国家具の愉しみ その歴史とマナハウスの家具を訪ねて』(東京書籍、2006)を見ると、椅子や戸棚など家具の脚等における捻れ柱には、 〈バーレイシュガー・ターン〉(pp.16-17)、 〈バーレイ・ツイスト〉(pp.19-20)、 〈ダブル・ツイスト〉(同)、 〈ツイスト・ターン〉(同) と、変化に応じた呼び名があるとのことです。たとえば p.51 の上段左に写真が載っている「1679年製作のウォルナット・アーム・チェア」には「バーレー・ツイストの背枠」があって(p.21 三段目左、p.22 右上の挿図も参照)、上の『アッシャー家の惨劇』での椅子と比較することができるかもしれません)。 |
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これら以外にも『恐怖の振子』(1961)では随処で、細めの捻れ柱が映っていました。右の場面は中二階ないし二階の廊下から広間におりる階段の手前ですが、右の方に捻れ柱が二本立っています(→あなた)。 | |
ところで、上に挙げた加藤明子論文も五十嵐太郎編著も、絵なりタピスリに描かれた捻れ柱を扱っていましたし、ここでもモンス・デジデリオやアントワーヌ・カロンの作例を載せてみました。そこで最後は、『リサと悪魔』で見られる、だまし絵として壁画に描かれた捻れ柱を挙げることにしましょう(→こちら)。これも実際にあるもののように見えます。 | |
柱に関しては、捻れ柱以外にも面白いものがいろいろあるのですが、ここはいったんお開きといたしたく思います。 柱ついでに→こちらもよければ:『ギュスターヴ・モロー研究序説』(1985) [3]、Ⅰ-4.「柱」 |
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2021/03/15 以後、随時修正・追補 |
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