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栗本百合子展展評他 - 追悼に代えて

 2017年12月23日、栗本百合子(以下敬称略)が亡くなったと知人が報せてくれました。1950年生まれ、享年67歳。
 その作品と作家本人に初めて出会ったのは1988年だったかと思います。数年くらいごとに個展へ足を運び、本人がいれば少しおしゃべりする、そんな態のつきあいでしたが、それでもかれこれ30年近く経ったことになります。
 発表を全て見てきたわけでもなく、ましてや原稿に書く機会があったのはほんの一部にすぎません。ただ現物が残らないインスタレーションという作品の性格からして、制約を受けた一個人の視点を通してではあれ、多少とも思い起こすためのきっかけくらいにはならないでもないかもしれないということで、展評類およびそうした記述を含む原稿を載せて、追悼に代えたく思います。
 先に掲載してあった「階段で怪談を」(1998)を含めれば、何やかやで都合9本。そういえば、やはり既に載せた「インスタント・インスタレーション調理法」(1995)を書いた折りには、そこでイメージされているのは栗本の作品だよねと誰かに言われて、特に意識してなかったと応えた、そんなこともあったようななかったような……しかしこれはいつもの記憶違いないし捏造かもしれません。
 とまれ最後に会ったのは2016年3月26日、一宮の Re-Tail (旧尾西繊維協会ビル)B1F旧暖房室で開かれた
the heating room - cycle - (ニシテツロウとの共作)の際でしたが、その時たしか1000円で買い求めた《ash (1933-2016)》(栗本が同室で採集・加工した石炭の灰を小さなガラス壜に詰めたもの)を前に置きつつ、では -
 2018/2/12
美術批評 C&D、no.81、1989.1.1、pp.8-10
栗本百合子展(美術) 『朝日新聞』名古屋版、1992.10.30(夕)
からっぽがいっぱい 栗本百合子展 A&C、no.23、1994.3.23、pp.6-7
からっぼがいっぱい Ⅱ
- 「ポジション1997展」によせて
『眼差しのゆくえ - 現代美術のポジション1997』展図録、名古屋市美術館、1997、pp.38-39
剣に生き・剣に斃れ
虚空無想の巻 - いっぱいがいっぱい
『蟋蟀蟋蟀』、no.6、2000.2.26、pp.20-21
剣に生き・剣に斃れ
剣鬼列伝の巻 - 秘剣十文字縁起
『蟋蟀蟋蟀』、no.9、2001.2.15、pp.14-17
剣に生き・剣に斃れ
剣に生き・剣に斃れの巻 - 続・影分身縁起
『蟋蟀蟋蟀』、no.11、2002.11.15、pp.10-14
いっぱいの中でからっぽ 栗本百合子展 REAR、no.1、2003.1.23、p.37

追補   2018/11/16
『REAR』、no.42、2018.11、「特集 透明なまなざし 蒸留する手」
は佐藤慶次郎(作曲家、造形作家)、佐藤初女(福祉活動家)、辰己蒸留所、渡辺好明(美術家)、西江雅之(文化人類学者、言語学者)、および栗本百合子を扱うもので、栗本のコーナーには扉ページとあわせ;
  「栗本百合子の作品をめぐる覚書」、石崎勝基
  「栗本百合子さんを追悼して」、D.D.(今村哲/染谷亜里可)
  「栗本百合子 - とどめた三つの空間」、タン・ルイ
  「栗本さん」、木村充伯
  「ちゃんとした作品」、杉山健司
  「栗本さんの地層 - y.a の場合」、浅田泰子
  「Photo Essay」、怡土鉄夫
が掲載されています。拙稿はともかく、他の方々の原稿はそれぞれ交遊に根ざした読み甲斐あるものです。機会がありましたらぜひご覧ください。
 
 
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