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『蟋蟀蟋蟀』、no.11、2002.11.15、pp.10-14
剣に生き・剣に斃れ
剣に生き・剣に斃れの巻 − 続・影分身縁起


石崎勝基


一人、二人、三人……おや、四人目の仲間は、親愛なるティマイオス、----
どこにいるのだろう。皆きのう招かれ、きょうは招いてくれる人たちなのだが。
どこか身体のぐあいが急に悪くなったのだよ、ソクラテス。
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プラトン、『ティマイオス』(泉治典訳))

 
続・からっぽでいっぱいで

 『美術館を読み解く − 表慶館と現代の美術』展(東京国立博物館、二〇〇一年一〜三月)への参加に続く栗本百合子展"the naked building"(旧加藤商会ビル、名古屋、同年九月)は、一九八九年の"the ceiling"(六月、STEGOSAURUS STUDIO、名古屋)以来の栗本の仕事の集大成といった趣きを呈していた。といっても、橋のたもとに立つ古い建物に加えられた操作は、まず、各階の天井の梁を床に上下反転させて再現し、それに応じ床なり腰板を塗装するという"the ceiling"の系列の手順、次いでこれは一九九六年の"the rooms"(七〜八月、大和生命ビル、名古屋)あたりからだったろうか、窓およびいくつかの戸口に紗をかけるという手順、以上の二つにほぼ集約される。それでいて集大成なる印象を受けたとすれば、三階建てのピルを、屋上や曳舟道に通じる地階まであわせてまるまる扱ったところから生じる、ある種綜合的な性格ゆえなのだろう。
 綜合的ということばは、これをモニュメンタルなる形容に置き換えたいとも感じさせるのだが、必ずしもまちがいではないとして、ただこの場合、たとえばクリストのように、建物に加えられた何かが、建物をとり囲む外部の環境に対し屹立し拮抗しようとしているわけではない。建物はそれまでどおりの建物のまま、周囲の景観の内に納まっている。
 であれば、綜合なりモニュメンタリティの淵源としてさらに、建物とそこに施された操作との調和といいかえてみよう。これもまちがいではあるまい。ただその場合、調和は内部で完結した自律的な結晶を生ぜしめたという以上に、窓および一階・地階・屋上の三つの扉口をとおして、外の空間と空気や光を交わらせている。
 さて、調和の一項をなすピルの表情は、この展観を訪れた者に及ばす印象の内きわめて大きな比重を占めるとして、しかし、一九九九年の"the ground"(九月、竹内綿布、知多)における綿布工場ほどさまざまな意味の痕跡を訴えかけてくるわけではない(本誌六号本欄参照→こちら)。といって二〇〇〇年の"the basement"(六月、撞木館土蔵、名古屋)における二つの蔵のように、抽象的な構造として呈示されてもいない(本誌九号本欄参照→そちら)。かつてそこを埋めていたであろう備品の数々を撤去された空間は、その構造をタイトルどおり裸形のものとして現わしめつつ、そのことで同時に、各階のフロアーの分節をはじめとした、さまざまに具体的な細部を観者に見出させずにいない。
 一階では腰板・床・反転された梁まで焦茶に塗られたのに対し、二階では腰板は焦茶、床と反転された梁は白く塗られ、三階では窓や扉の枠以外ほぼ全て白塗りという、やや図式的といえなくもない階層の設定も、各階ごとに床と天井、壁と壁の間を浸す空間のさまざまな変化を支える、建物の骨格をこそ主役とすることだろう(さらに三階では、天井のランプの位置に応じ床にクッションが置かれ、また屋上もグレーに塗装されたのだという)。床の上にひろがる反転した梁も、今回は、上下の区別を廃することで重力を弱めた無規定な浮遊空間を生じさせるというより、床の梁もまたもともとの建築の一部であったかのように一体化しており、空間の分節を明確にする機能をはたしている。これは一つに、フロアーが一目で見渡せないだけの屈曲を擁しているという、操作以前の条件によるのだろう。
 そして紗をかけられた窓をとおして建物の内と外が連絡しあうように、紗をかけた、あるいはかけない戸口をとおして、主たるフロアーと廊下や階段とが、分節されたまま貫入しあう。その意味で、梁を反転させたり塗装を施したフロアーだけでなく、ほぼ元のままであるらしき廊下や階段も、決して脇役にとどまってはいない。備品や人の不在を条件とするかぎりで、滞留と移動とは、その性格をいつのまにか交換しあう。この点でも本展は、建物と栗本との共同作業の結実なのだ。建物全体が外部の空間とつながりあっていることからすれば、建物、栗本、外部三者の共働によったというべきかもしれない。実際、建物の各所に施された処理は、外のどこで行なわれていてもおかしくはない、少なくともそんな風に想像を拡げることができよう。しかしその時、建物の外のいづこかで重ねあわされる幻影は、どこかこの世ならぬところへ融解していくというより、各場所の輪郭を際だたせるべく作動するはずだ。
 最初の集大成云々にもどれば、今回栗本は、これまで用いてきた手法を用いつつ、堅固な建物全体というバネと出会うことで、複合的であると同時に明確な空間を発現させるにいたった。それゆえ外部への増殖という幻想もまた、きわめて明快な輪郭を獲得したということができるだろうか。もとより備品もそこで働く人間も欠いた建物は、それが実際に使用されていた時の建物と同じではない。しかし今回の展観の醒めた表情は、現在の状態が使用されていた時期に従属・付随するものではなく、といってその逆でもなく、両者が等価であることを物語っている。

続・引き算で足し算を

 『仲介者たち フアン・デ・ナゴヤ美術展2002』(名古屋市民ギャラリー矢田、二〇〇二年一月)、東京での個展(ケンジタキギャラリー東京、同年二〜三月‥未見)に続く染谷亜里可新作展"Projection"(ケンジタキギャラリーNAGOYA、同年五〜六月)は、充実した展観だったといってよいだろう。
 主をなすのは、ヴェルヴェットを脱色することで制作された近年の'DECOLOR'の連作に属する作品で、紅のものと濃緑のものがある。それらはそれぞれ、パネルに張って、あるいは直接壁に吊るして展示された。パネル張りの内一点は、床から壁に立てかけられる。各布には、中央からいくばくかずれた位置に、方形のイメージが浮かびあがる、あるいは切り抜かれている。イメージは、下方に電柱をのぞかせつつ綿雲を大きく浮かべた空、庭園らしき景観、犬の三種だった。また展示室に入ってすぐ右手には、壁の屈曲に添って、ペニヤ板にモーターオイルで文様を浮きださせた"SOAK"連作の一点が、次の柱まで壁を全面覆っている。ちょうど斜めむかいの位置では、'DECOLOR'の一点がやはり壁の屈曲に添って吊されていた。
 以上の作品は、基本的にはここ数年の延長線上にあるものだ。物質性を帯びた色彩と仮幻的なイメージとの相克/出現にせよ、ヴェルヴェットという素材や文様というモティーフ、吊るしたり床置き、壁添いといった展示など、近代におけるタブローという制度を脱臼せんとするシュポール/シュルファスなりパターン&デコレーションを連想させる問題系にせよ、変わってはいない(本誌九号本欄参照→そちら)。展示室のスペースに対し作品の数がやや多くはないかという気もしないではないにせよ、ともあれ充実したとの印象を受けたとすれば、それを展開の熟成に帰しておいてまちがいではあるまい。
 ただ、これまでの作品から変化した点が挙げられないわけではない。それは、ヴェルヴェツトのひろがりの中に現われたイメージが、方形に枠どりされているという点だ。以前の作品においては、イメージが輪郭のはっきりしたものであれぼやぼやしたものであれ、布の表面全体に関わっていた。そのためイメージは表面から、少なくとも巨視的には連続して現われることになる(微視的には、布のテクスチャーがイメージの発現にたえず干渉する)。
 対するに今回は、技法の性質上エッジに揺れはあるし、イメージ自体やはり布の肌理によって影響を蒙らずにいないにせよ、方形の枠どりによって、イメージと布の素のひろがりとは、いったん不連続に切断されてしまった。といってイメージ部分の大きさからして、残された素のひろがりは、単なる額縁として後景に消えるにはあまりに広い。その結果、以前の作品における幽暗たる緊迫感は減少し、明快に整理される一方で、イメージと素の色彩・物質性との相克はこれまでとは別の形で強まり、物質的な色彩とイメージの仮幻性それぞれを、いっそうの強さをもって発現させるにいたったのだ。今回縦長の作品が多いのも、この相克を強調するため選ばれたのかもしれない。
 また方形の枠どりによってイメージがいったん完結する点は、布全体に対し窓ないし入れ子状の構造をなさせしめる。ここにメタ絵画的な問題設定を読みこむことができるとして、その際重要なのは、そうした入れ子がイメージ/布の関係だけでなく、展示方法と相まって、布/外部との関係をも照らしだす点だ。後者の関係は、前者がそうであるように、相克を基調としている。これはある意味で、かつてのスタジオでの発表に対し、モダニズム的なホワイト・キューブに対応するためと解することもできよう。入れ子は観念的な絵解きで終わることなく、翻って、作品内部の緊張を高めるべく再帰しているのである。
 他方イメージはいずれも、観者と向かいあうことのない態のもので(犬は斜め後ろからとらえられていた、たしか、たぶん)、布の色および肌理による侵蝕と相まって、過去への傾斜を感じとらせずにいない。布の素のひろがりがより現在に近いとすれば、観者が属する時間とのへだたりに落差が生じることになる。
 ここで思い起こされるのは、今年の東京での個展に際し梅津元が寄せた展評だ(『美術手帖』、八一八号、二〇〇二.四、二〇九頁)。梅津はその時発表された『Decolor-banana 2』(同二〇二頁に図版)について、「まずこの画像は写真的な映像として把握され」ながら、「彫刻的な『存荏することの時間』が感じられたのだ」と指摘する。脱色という技法がカーヴィングと重ねあわされてもいるのだろう。もっとも梅津の見てとった彫刻的時間と新作における時間の落差は、まったく同じというわけではなさそうだ。
 「視覚を通じて知覚の根源が揺さぶられるような経験を誘う、絶品であった」と梅津がいう件の作品は、イメージが中央あたりに集中しているとはいえ、とりあえず先の話からすれば、布全体から像を連続的に刻みだしたものと見なすことができる。対するに今回の作品におけるイメージは、後にも先にも「写真的な映像」と見え、実際個展のタイトル"Projectuion"からして、何らかの形で写真が用いられたものと推測されよう。あるいはステラのシェイプト・キャンヴァスよろしく、方形の枠どり自体に彫刻的な切りだしを読みとることはできるかもしれない。とすると、東京で発表された作品においては統合されていた写真性と彫刻性が、今回演繹的なレヴェルで分離されたことになる。
 ここに、入れ子自体につきまとう観念性や、方形の入れ子がまとまりやすさを保証することなどと相まって、今後どのように展開していくかという点での問題を認めることもできなくはない。ただ少なくとも今回の展示に関するかぎり、イメージ/布/外部それぞれの間に走る切れ目は、触覚的な質感、色彩、仮幻的なイメージ間の相克をいっそう強め、なおさら端正さと壮麗さをもって顕わしめていた。

 
続・両刃の斧の家、双頭のミノタウロス

 今村哲はこのところ、個展"DALISH HOTEL"(ケンジタキギャラリーNAGOYA、二〇〇一年十二〜〇二年一月)、前掲『仲介者たち』展、『フィクション? − 絵画がひらく世界 MOTアニュアル2002』(東京都現代美術館、二〇〇二年一〜三月)、個展[最終の夢](ケンジタキギャラリーNAGOYA、同年五〜六月)、個展「浮いている」(mori yu gallery、京都、同年六〜七月)と、きわめて活発に発表してきた。
 この間、ことばによる寓話的なテクストの作成と、蜜蝋画などの視覚的な媒体との交渉はこれまで以上に密接になってきたもようで、その結果というべきか、以前であれば小品として位置づけられた類の作品が、中型のサイズに拡大されるようになる。そこでは、テクストとの対応が直接的な分、線によるイメージは明確で、それが挿絵的な性格を帯びさせていたのだが、その点は変わることなく、より広い色面やマティエールとの関連の内に置かれるにいたった。作品によっては挿絵的な図解性と周囲にひろがる茫とした色面との関係が気になるものもないではないが、たとえば『フィクション?』展の会場に入ってすぐ左側の短い壁に展示された二点組のように(『李白の最後の夢、マデイー・ウオーターズの最後の夢』)、暗い調子、質感の稠密さと単純化されたイメージが緊密に噛みあった作品も残しえている。
 一方では“DALISHHOTEL”や「浮いている」などにおけるインスタレーションの試みも継続されており、小品の中型化にあっても、展示環境によって要請された部分もあるのだろうが(これまでどおりのドローイングも展示されなくなったわけではない)、ここでは、従来の大作としての画面に生じた変化に焦点をしぼってみよう。作品によっては、ある程度離れて見た場合、たとえば三重県立美術館県民ギャラリーでの個展(二〇〇〇年六〜七月→こちらを参照 [ < 三重県立美術館のサイト ])で並べられた大ぶりの作品群と、あまり印象は変わらないかもしれない。しばしば縦長の画面に、しばしば濃い青の色面が蝋の質感を交えつつひろがり、その底に太い線で、何とは判別しつらいイメージが沈められている。以前の作品よりは表面がざわざわと泡立っている点が多少変化したと映るくらいだろうか。
 ところが近づいて見るなら、蝋は、表面を一様に覆っているのではなく、切れぎれの粒状をなしている。そのため蝋のかぶさった部分と下層の色面が露出した部分とに分かれるし、凹凸の落差も甚だしい。近年の作品でも画面に数カ所、蝋のかたまりが貼りつけられることはあった。しかしそれらはあくまで、ポイントとなる箇所にアクセントとして付加されたにとどまっていたのに対し、新作における段差は全面に及んでいる。以前は部分的な追加であったものが、全体の構造レヴェルにまで統合されたのだ。だからそれは、加えられたといいうると同時に、削られたのだと見なすこともできなくはない。
 それでいて、ある種気色悪いといえそうな異和感は、以前にもまして強まるにいたった。かつての作品より濃い青の彩度が高められたのは、こうした表面の不連続性に対応するためなのだろう。もっともそれは、異和感を解消するのではなく、むしろ強調するばかりだ。半透明な蝋の層の触覚性は、以前の作品においても色面やイメージの発現の速度を遅くさせていたが、新作では、蝋の触覚性と色面の視覚性はたがいに拮抗しあい侵蝕しあうかのごとくで、もって内包されたエネルギーを高めている。逆に、色面の彩度が飽和しようとしたために、その内圧に耐えかねて蝋は画面を覆いきれなくなり、表面が泡立ってしまったのだと考えることもできる。
 いずれにせよここに認められるのは、たがいに交渉しあって統合された作品を成立させるべき蝋の層、色面、イメージという各因子が、ばらばらに離散しようとするその兆しであろう。ここまで念頭に置いてきたのは、太い線による単純化されたイメージが大きく配されるという点では従来どおりの作品だが、対して、彩度の高い色面と泡立った蝋の層とは同然ながら、中央に小さく、中型の作品同様の挿絵的なイメージを描いた作品も制作された。こちらは前者以上に、イメージと他の因子との関係の分解の度合いが色濃い。ただ、画面を構成する関係の崩壊という事態を招いた論理を推し測るには、より示唆的かもしれない。
 大型の作品に太い線でイメージが描かれる場合、著しく単純化されており、一見して、テクストとの対応を読みとるのはたやすくない。中型の作品では、イメージの再現性は比較的高く、テクストに対応した情景として読むことを許す。さて、他の媒体に対するテクストの拘束力が強まったのに応じて、小型の作品が中型化したように、大型の作品もまた、中型に接近しようとした。しかしフォーマットは従来のままだった結果、その構造に崩壊の契機をもたらしてしまった、というところだろうか。
 その際興味深いのは、複数の媒体どうしでの融合が図られる過程が、各媒体、この場合少なくとも大型の作品において、媒体の在り方自体の崩壊をもたらしたにとどまらず、崩壊自体を一つの表現の構造として呈示したという点だ。今記したことはやはり、媒体固有の要素への還元という、モダニズムの論理を前提にしていることは認めざるをえないとして、むしろ逆に、媒体間の統合へ向かおうとするヴェクトルのさなかで、肩身の狭いモダニズムの視点から、各媒体がどのような軌跡を描いていくのか、あるいはむしろ、どのような亀裂を宿さずにいないのか、気になるところなのだった。

 
続・ガラス越しではさわれない

 設楽知昭展「絵の絵」(白土舎、二〇〇二年七月)は、基本的には昨年の個展「眠ル私ヲ見ル夢」(白土舎、二〇〇一年一〜二月:本誌十号本欄参照)、『仲介者たち』展(前掲)への出品作の延長線上にあるもので、人形や模型の輪郭を、少し離した位置に立てたポリエステル・フィルムに転写するという方法から成りたっている。今回は暗めの調子の画面が多いこと、横長の画面が多いこと、額を付されていないことなどがとりあえず、ざっと見渡した時気がつく点だが、これらも作品の構造の変化に応じたというよりは、選ばれた主題の要請によるものと映る。
 ところで設楽の作品はしばしば、作品外の何かを引きあいに出すよう、見る者を誘うような気がする(単に個人的な反応でしかないのかどうかはさておき)。今回は、プラトンが『国家』篇第七巻冒頭で語る「洞窟の比喩」だった。これは、現象界と真実在の関係を、洞窟の下方突き当たりの壁に映る影と、その光源である洞窟上方の火さらに洞窟の外の太陽とにたとえたもので、現象界に囚われた魂は、洞窟の奥の方しか見ることができず、壁に映る影絵を実在と見なすのだという。
 この比喩をはじめとするプラトンの思考と視覚および美術との関係については、神崎繁の『プラトンと反遠近法』(新書館、一九九九)を参照していただくとして、今回の連想を促したのは、まずは描かれた主題だと見なしてよいだろう。たとえば、仄暗いアーチ状のトンネルの壁ないし天井に何かを描く人物は、ただちに洞窟と影像をめぐる先の比喩に結びつけうる。人物のすぐそばには彼がその中にいるトンネルの模型が描かれており、さらにこの作品自体の手前には、石膏による模型の実物が置かれ、そのトンネルの内側の壁面には、今回展示された他の作品に登場するイメージの断片が描かれている。こうした入れ子状の関係は、プラトンにおけるイデアと個物との関係を想起させずにいない。
 また、夜闇を照らす車のサーチライトだの(やはり車の模型が展示されていた)、灯台人間だのといったイメージにおける闇と光明もまた、生成界に射しこむ真実在の反映と読みとけよう。室内とその壁に穿たれたいくつかの窓を描いた『camera(部屋)』と題された作品は、すぐにカメラ・オプスクラを思い起こさせるが、そこでも、プラトンの洞窟の比喩のかっこうのモデルを見出すことができる。そもそも『絵の絵』という個展全体のタイトルにしてから、入れ子をなす写像の連鎖をすでに指示していたわけだ。
 もっとも、描かれた主題は作品の表情を条件づける因子の一つにすぎない。形式上の側面については本誌十号本欄での記述を流用するとして、この点で興味深いのは、訪廊時たまたまいあわせた作者のコメントだ。作者は今回、たとえばトンネルの作品であれば、画面の上左右三方の縁を占める、アーチ状のトンネルの断面のような、通常見えないはずの、しかし絵でなら表わすことのできる領域を描くことに関心があったのだという。四次元の空間から見た三次元空間の断面といっては、少しずれるだろうか。車や灯台人間の画面では、サーチライトそのものより、本来すっぱり分離できるはずのない光と闇の境界。剣に生き剣に斃れる決闘者たちの作品での、剣で切り裂かれた身体の隙間も同様だ。
 もとより作り手の意図もまた、作品の表情を条件づける因子の一つにすぎない点に変わりはないとはいえ、このような内と外との境界域を、もやもやとして限定しえない、連続して展開するグラデーションとしてでもなく、厚みのない線という、不連続な裂け目としてでもなく描きだそうとしたことが、これらの作品がかもす奇妙な感触に関わっているのかもしれない。この点では、支持体であるポリエステル・フィルムが、裏板に密着しないよう浮かす形で張られ、そのため光を透過させることも、単なる仕掛けにとどまってはいない。支持体の名をあてるべきであるにもかかわらず、フィルムの感触ともどもイメージを支持するどころか、宙に浮かしてしまっているのだ。内と外、視覚と触覚の境域は、ある厚みやひろがり、抵抗をはらんだものとして呈示される。
 プラトンの比喩にもどれば、ここで現われているのは、太陽=真実在でも影像=現象界でもなく、それらが戯れる場所としての洞窟そのもの(および洞窟の外の虚空)とでも見なせるだろうか。原型からも生成からも区別される第三のものとしての〈場所〉についてプラトンが、「生成するすべてのものに座を準備するが、それ自体は知覚されず、何か私生子的な推理によってとらえられるもの」(『ティマイオス』52b:泉訳)と記していたことを思いだしてみよう。トンネルの作品の前に置かれたトンネルの模型は、石膏による模型でしかない。ここでは、モデルと像との写像関係が成立するとしても、帰すべき最終的な元型としてのイデアはどこにも見出されず、無限遡及するばかりだ。ただ「何か私生子的な推理によって」のみとらえうる、宙吊りの地平が現われる。
 以上の口説はしかし、設楽の作品を見ることそのものからはいささか横に逸れてしまった感なしとしない。ただ一点だけ確認しておくなら、私生子的な推理によってとらえられる宙吊りの地平は、いわゆる絵画空間だけでなく、空間とイメージや素材との隙間に潜むのだろう。イメージの具象性という意味ではむしろ、ねじれていて端正な一九七〇年代中盤の変態ブリティッシュ・ポップ、10CCや初期のロキシー・ミュージック等と比較した方がよいのかもしれない。

いしぎきかつもと(古城愛好家)

 
Cf., p.11 に栗本百合子『the naked building』 2001年、1F、2F、3F展示風景
p.12 に染谷亜里可『Decolor projectbn−cloud』 2002年 220×240cm ベルベット
p.13 に今村 哲『ppearance』2001年 240×200cm 綿キャンバス、アクリル、顔料、蜜蝋
p.14 に設楽知昭『画家』2002年 500×915×40mm ポリエステルフィルムに油彩
それぞれ挿図掲載

原田千代子、「展評 栗本百合子」、『美術手帖』、no.812、2001.11、pp.182-183


鈴木敏春、「戦後50年 〈美術〉から見えるもの 18」、C&D、no.127、2002冬、pp67-68

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山本さつき、「ギャラリー・レビュー 名古屋エリア 設楽知昭」、『美術手帖』、no.826、2002.10、p.231
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剣に生き・剣に斃れの巻 − 続・影分身縁起
(2002)