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K-20 怪人二十面相・伝

   ブリューゲル《バベルの塔》(ロッテルダム版、1568年頃)
   摩天楼 
   明智小五郎の事務所兼住居;グリス《静物》(1916)、他 
   羽柴ビル最上階の大ホールとパズル・ボックス 
2008
■ 江戸川乱歩の『怪人二十面相』(1936/昭和11)で初登場した二十面相は、日本語版ウィキペディアの該当頁(→こちら)に、映画化されたものなどを挙げた「関連作品」だけでなく、「パスティーシュ・パロディ」の項が設けられている点からもうかがえるように、顔を変え姿を変えつつ、生きながらえて現在に至っています。そこにも挙がっていますが、ハード・ロック・バンドの人間椅子にも、『怪人二十面相』(2000)というアルバムがありました。乱歩の他の作品に着想を得た曲も含まれていますが、1曲目は「怪人二十面相」でした(6分43秒)。他の曲はどうなのでしょう(同じアルバムから→こちらの2:『ウルトラQ』第9話「クモ男爵」(1966)の頁の「おまけ」)。
 同じく「パスティーシュ・パロディ」の項に載っているのが、

  北村想、『怪人二十面相・伝』、1989(手元にあるのはハヤカワ文庫 JA キ3-1、早川書房、1995)
   同、 『怪人二十面相・伝 青銅の魔人』、1991(手元にあるのは『怪人二十面相・伝 PARTⅡ』、小学館文庫 き2-2、小学館、2008)

でした。そしてこれを映画化したとされるのが『K-20 怪人二十面相・伝』です。もっとも物語は別物になっています。監督の佐藤嗣麻子は『ヴァージニア TALE OF A VAMPIRE』(1992)、『エコエコアザラク - BIRTH OF THE WIZARD -』(1995)、『エコエコアザラク - WIZARD OF DARKNESS -』(1996)と、怪奇映画畠から出発していました。ちなみに日英合作で、イギリスのスタッフ・キャストによる『ヴァージニア』は、吸血鬼とエドガー・アラン・ポーをからめた作品でした。やはり話は別物ですが、フランシス・フォード・コッポラが監督した『Virginia/ヴァージニア』(2011、原題は Twixt )も、吸血鬼とポーにまつわる物語でした。

 さて、『K-20 怪人二十面相・伝』には、

ブリューゲルの《バベルの塔》の内、ロッテルダムのボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館所蔵版

が登場します(下左。日本語版ウィキペディアの該当頁→そちら)。もっとも早々に

 「あの絵は模写です。美術品としては何の価値もないものです」(約24分)

と明言されます。原作は板絵ですが、後の場面ではこの複製がキャンヴァスを支持体にしているところも映ります(下右)。
『K-20 怪人二十面相・伝』 2008  約16分:ブリューゲル《バベルの塔》(ロッテルダム版) 『K-20 怪人二十面相・伝』 2008  約1時間23分:ブリューゲル《バベルの塔》(ロッテルダム版)の複製
■ やはり後ほど、この複製に秘密が隠されていることもわかるのですが、それとは別に、バベルの塔のイメージは、複製が画面に登場するすぐ前に映された、高層ビルと重ねあわされているのではないかと思われます(右)。 『K-20 怪人二十面相・伝』 2008  約16分:羽柴財閥ビル
 トーマス・ファン・レーウェン、三宅理一・木下壽子訳、『摩天楼とアメリカの欲望』、工作舎、2006

の「事項索引」を開いてみれば、〈バベルの塔〉は何度となく登場し、近代の高層建築なり摩天楼と結びつけられてきたことがわかります。
 本作でのビルの姿にも、何か参照源があるのでしょうか。やはりファン・レーウェンの本に繰り返し登場するヒュー・フェリス(Hugh Ferriss 1889-1962、日本語版ウィキペディアの該当頁→あちら)の『明日のメトロポリス The Metropolis of Tomorrow 』(1929)なども連想されるところです。ぴったり一致するものは見当たらないのですが。
 あるいはやはりバベルの塔も出てくる、フリッツ・ラングの『メトロポリス』(1927)が思い起こされたりもします(下左右、また→あちら)。
『メトロポリス』 1927 約17分:高層ビル街 『メトロポリス』 1927、約51分:バベルの塔
 「羽柴ビル」(約1時間41分)こと羽柴財閥の摩天楼、とりわけその最上階の「大ホール」はクライマックスの舞台となるのですが、他方日本語版ウィキペディアの本作品の頁(→ここ)には、「主なロケ地」の項があって、

 「 福岡県・山口県内の明治-大正期の旧館でロケが行われた」

と記され、

門司赤煉瓦プレイス  日本語版ウィキペディアの該当頁→ここの1  「直線ヲ走ルベシ」(約47分)の修行中、通過した煉瓦造りの建物(約48分、約53分) 
北九州市旧門司三井倶楽部(北九州市門司区)  同→ここの2   
上野海運ビル(北九州市若松区)  「上野ビルテナント募集サイト」中の「上野ビルについて」→ここの3   
九州大学箱崎キャンパス(福岡市東区)  日本語版ウィキペディアの該当頁(→ここの4)の「施設」の項中の「(旧)箱崎地区」  旧法文学部本館が陸軍省諜報研究所の外観(約1時間27分) 
山口県政資料館(山口市)  同→ここの5  冒頭の学術会議場の外観(約5分) 

が挙げられていました。判別できたものは右端の列に記しましたが、それ以外のロケ地は屋内で撮影されたのでしょうか。
 
■ この他、ヒロイン羽柴葉子(松たか子)が暮らす屋敷の外観(右)は、試しに画像検索してみたところ、北九州市にある旧松本家邸宅で撮影されました(日本語版ウィキペディアの該当頁→ここの6。「ロケが行われた主な映像作品」の項中に挙げられています)。
 右側に合成された塔は、東京タワーをアレンジしたのか、それとも別にネタがあるのでしょうか。
『K-20 怪人二十面相・伝』 2008  約22分:羽柴邸
  先だっては、明智小五郎探偵(仲村トオル)の事務所兼住居と思われる、いかにもモダニズム然とした建物が映されました(右)。これも何かモデルがありそうです。 『K-20 怪人二十面相・伝』 2008  約12分:明智小五郎の事務所兼住居
 この明智邸には、20世紀前半のものと思われる美術品が何点も飾られています。ただ今のところ、一点を除いていずれも素性はわからずにいます。

 下左の場面(下右はその部分)では、明智探偵の助手・小林少年(本郷奏多)が玄関方面から戻ってきて、事務室に入ろうとするところです。左に壁に掛かっている白っぽい画面は、テーブル状の水差しなどの静物を、キュビスム風に処理した作品です。
『K-20 怪人二十面相・伝』 2008  約1時間21分:明智邸   『K-20 怪人二十面相・伝』 2008  約1時間21分:明智邸(部分)
グリス 《静物》 1918
フアン・グリス(1887-1927)
《静物》 1918

 
グリス 《静物》 1916
グリス
《静物》 1916

 『ル・コルビュジエ 絵画から建築へ - ピュリスムの時代』展図録、国立西洋美術館、2019

を繰ってみると、フアン・グリスによる上左の作品(p.120/cat.no.047)、そしてやはり卓上の静物を描いた同巧の鉛筆素描が掲載されていました(p.121/cat.no.046;《コーヒーポットのある静物》、1918年、パリ国立近代美術館(ポンピドゥー・センター)蔵)。日本語で読める小画集

 東野芳明、『グリス ファブリ世界名画集 97』、平凡社、1973

の解説頁にも、同傾向の静物素描が三点挿図として載っています(扉を入れて4~5ページ目)。どうもグリスの作品と見てよさそうではあるまいかということで、"juan gris", "nature morte"、"dessin"で検索してみると、上右の作品を掲載した

 Juan-Gris-Nature-morte- | Dibujo Artístico (Bach. Artes del IEDA) | Flickr

に出くわしました。映画に出てきたものと図柄は一致しているととってよいでしょう。データは記されていませんが、作品左上に"Juan Gris, 1916"とのサインが見えます。IEDA は Instituto de Enseñanzas a Distancia de Andalucía (アンダルシーア遠隔教育研究所、セビーリャ)とのことで、教材として用いられたのでしょうか。

 下左の場面(下右はその部分)は、玄関の方からすぐ前にある階段を見上げた構図です。右奥でまた階段を上がった先が、上左の場面で小林少年のいた廊下で、その先に事務室への扉があります。戻って踊り場に、下の方しか見えませんが、大きめの絵が飾ってあります。これもキュビスムによるものと見なしてよいでしょう。赤と白、それに暗色の形がかしゃがしゃと噛みあっている。いくつかの白の形には、矢印だか金具のようなものが付いています。
『K-20 怪人二十面相・伝』 2008  約1時間21分:明智邸、玄関への階段   『K-20 怪人二十面相・伝』 2008  約1時間21分:明智邸、玄関への階段(部分)
 こちらは居間でしょうか、ホーム・バーのカウンターや長椅子があり、奥は半階分高くなっています(下左。下右はその部分)。その高くなった通路の壁に、デュシャンのキュビスム期を思わせるといっていいものかどうか、暗色で統一された画面が見られました。
『K-20 怪人二十面相・伝』 2008  約1時間37分:明智邸   『K-20 怪人二十面相・伝』 2008  約1時間37分:明智邸(部分)
 キュビスム系と見なしうる作品が三点あるというのは、ずいぶん特徴的といってよいでしょうか。物語の筋に関わるわけではありませんが、明智探偵の嗜好を表わすべく選ばれたということなのかどうか、興味深い設定でした。どんな風にして方針が決まり、具体的な作例を選んだのか、経緯が気になるところです。

 明智邸では他の傾向の作品も見られました。下左の場面(下右はその部分)で、小林少年の背後に、白地に円を描き、その上半に赤などの小さな形をいくつも散らした版画か水彩素描かが映ります。エル・リシツキーあたりを連想させなくもないかもしれません。
 
『K-20 怪人二十面相・伝』 2008  約1時間6分:明智小五郎の事務所   『K-20 怪人二十面相・伝』 2008  約1時間6分:明智小五郎の事務所(部分)
 チャイムが鳴り、対応すべく小林少年が事務室から出ようとする際には、曲線を描くブロンズの小彫像が映りました(下左。下右はその部分)。背を丸めた裸婦像でしょうか。
『K-20 怪人二十面相・伝』 2008  約1時間17分:明智邸、事務室   
 下左は玄関を階段側から見下ろした眺めです。擦りガラスに格子付きの玄関扉の向かって左脇に、柱状の石彫らしきものが置いてあります(下左。下右はその部分)。そもそも彫刻なのかどうかも定かではありません。
『K-20 怪人二十面相・伝』 2008  約1時間22分:明智邸、玄関   『K-20 怪人二十面相・伝』 2008  約1時間22分:明智邸、玄関(部分)
 事務室にはまた、白っぽい横長の絵が飾ってありました(下左。下右はその部分)。細部は定かではありませんが、画面上辺沿いの天井だか梁だかを数人の人物が支えているさまが描かれているように見えます。右半の人物はモディリアーニの《カリアティード》の内、片膝をついたタイプを思わせなくもない。とすると上右の石彫もモディリアーニの彫刻かとも考えたくなるところです。ただし**に挙げた文献は少なくとも編集時点での、「現存するモディリアーニのすべての彫刻作品」(p.110)を収録しているとのことですが、写真で見るかぎりでは一致するものはなさそうです。 * たとえば、島田紀夫編、『モディリアーニ リッツォーリ版 世界美術全集 24』、集英社、1975、p.93/cat.no.35(1913年、油彩、73x50cm、ノルトライン=ヴェストファーレン州立美術館、デュッセルドルフ)、また p.113 に掲載された水彩二点など。

** 島田紀夫編、『モディリアーニ リッツォーリ版 世界美術全集 24』、集英社、1975、pp110-114:「モディリアーニの彫刻」
 
『K-20 怪人二十面相・伝』 2008  約1時間23分:明智邸   『K-20 怪人二十面相・伝』 2008  約1時間23分:明智邸(部分)
 下1段目左はホーム・バーのある居間の、先ほどの場面では右側にあった壁の方の眺めです。この場面ではホーム・バーは左端のさらに左側にあることになります。さて、左手にはずいぶん横長の白い作品が壁に掛かっています(下2段目、下1段目左の部分)。三つのパネルを横につないだもので、絵画ではなく浮彫(レリーフ)のようです。また中央のパネルの左寄り、すぐ前に小さな頭像らしきものが置いてある(下1段目右。少し前の場面(約1時間24分)の細部)。キュビスム的なものでしょうか。ナウム・ガボの《構成された頭部》(1915)とは違うか。とまれいずれも細部までは見てとれず、詳細は不明。
『K-20 怪人二十面相・伝』 2008  約1時間39分:明智邸   『K-20 怪人二十面相・伝』 2008  約1時間24分:明智邸(部分)

『K-20 怪人二十面相・伝』 2008  約1時間39分:明智邸(部分)
 ともあれ明智邸には、おそらくは20世紀前半のものではないかと思われる美術品が何点か飾ってあったわけですが、これ以外に、冒頭の学術会議の場面では、向かって右手の壁に、やはり詳らかにしませんが、これは17~18世紀あたりのものではないかと思われる絵が飾ってありました(下左。下右はその部分)。
『K-20 怪人二十面相・伝』 2008  約3分:学術会議の会場   『K-20 怪人二十面相・伝』 2008  約3分:学術会議の会場(部分)
 ところで、明智邸の玄関附近で多少往き来はあるものの、部屋と部屋をつなぐ廊下などはあまり出てきませんでした。かろうじて中盤の見せ場である陸軍省諜報(情報?)研究所の電磁波撮影機をめぐるエピソードで、研究所内の廊下(下左)や階段(下右)で登場人物たちがうろいろしたくらいでしょうか。
『K-20 怪人二十面相・伝』 2008  約1時間27分:陸軍省諜報研究所、廊下 『K-20 怪人二十面相・伝』 2008  約1時間35分:陸軍省諜報研究所、階段
 その代わりといえるのかどうか、「直線ヲ走ルベシ」の修行の場面などで、主人公の遠藤平吉(金城武)が通り抜けるさまざまな建物が、空間を移動する際の背景の役割を担っていました(下左右)。 
『K-20 怪人二十面相・伝』 2008  約47分:「直線ヲ走ルベシ」の修行中通過した建物 『K-20 怪人二十面相・伝』 2008  約47分:「直線ヲ走ルベシ」の修行中通過した建物
■ これはクライマックスの舞台となる羽柴ビルも同様です。少なくとも屋内では、最上階の大ホールにいたる経路は見られませんでした。大ホールの屋上と後の場面での外壁沿いは通過地点になるのですが。

 ともあれ大ホールは、ブリューゲル《バベルの塔》ロッテルダム版の複製とともに、早々に登場します。少し後にも出てきて、ここで葉子と明智探偵が会話します(下左)。全体は多角形でしょうか、吹抜の半ばで壁に沿って回廊が巡っています。回廊より手間に角柱がせりだしており、角柱と角柱の間で、壁に沿って回廊へ上がるための階段が設けてある。角柱の表面や演壇とその背後の衝立状の壁には、細かな装飾が施されています(下右。下左の部分)。19世紀末から20世紀初頭にかけての、マッキントッシュをはじめとする〈グラスゴー・スタイル〉やウィーン分離派が連想されるといっていいものかどうか。
『K-20 怪人二十面相・伝』 2008  約24分:羽柴ビル、最上階の大ホール   『K-20 怪人二十面相・伝』 2008  約24分:羽柴ビル、最上階の大ホール(部分)
 大ホール初登場時には、当の屋内からだけでなく、天窓から見下ろした眺めも出てきました(右)。床中央に大きく、明暗二段階の褐色と黒ないし暗褐色で分割された、寄木細工風の装飾があります。 正八角形になるのか、大ホール全体も同じ形なのでしょう。 『K-20 怪人二十面相・伝』 2008  約17分:羽柴ビル、大ホール、天窓から
 ところで大ホールの二度目の登場の直前、葉子がパズル・ボックスないしキューブ・パズルをいじっていました(下左)。祖父でしょうか、羽柴会長(大滝秀治)から譲られたものです。大ホールの床装飾と同じく、明暗こちらは三段階の褐色と黒ないし暗褐色で、三角形、四角形、五角形に区切られています。
 『ヘルレイザー』シリーズにおける《ルマルシャンの箱》が思いだされずにはいません(→そこ)。《ルマルシャンの箱》や「寄木細工、透視画法、マッツォッキオ、留守模様 - 幻想絵画の周辺(仮)より」の頁の始めの方でとりあげた箱根細工の秘密箱(→そこの2)に比べるとデザインはあっさりしていますが、前者同様変形します。手前で屋根型が十字をなす下右の形状は、やはり「寄木細工、透視画法、マッツォッキオ、留守模」の頁の「マッツォッキオ、透視画法、多面体」の項で触れた

  P.R.クロムウェル、下川航也・平澤美可三・松本三郎・丸本嘉彦・村上斉訳、『多面体』、シュプリンガー・フェアラーク東京、2001

のカラー図版14、その右の「立方体3つの複合多面体」を思わせます(p.362 も参照)。
『K-20 怪人二十面相・伝』 2008  約23分:パズル・ボックス 『K-20 怪人二十面相・伝』 2008  約1時間41分:変形したパズル・ボックス
 《ルマルシャンの箱》は『ヘルレイザー2』では異界の迷宮の神レヴィアタンと、『ヘルレイザー4』では宇宙基地ミノスと呼応していました。本作のパズル・ボックスは《ルマルシャンの箱》のような超自然的性格こそ帯びていませんが、大ホールの床装飾に隠してあった巨大な装置と連動する点は相通じています(下左)。《ルマルシャンの箱》ともども、怪光線を発したりもするのでした(下右)。
『K-20 怪人二十面相・伝』 2008  約1時間45分:羽柴ビル、最上階の大ホール、変形した床装飾 『K-20 怪人二十面相・伝』 2008  約1時間47分:放電するテスラ装置
 ちなみに原作には、次のくだりがありました;

 「南部は寄せ木細工の秘密の箱が、ひょんなことから蓋を開けたような気分に見舞われた」(北村想、『怪人二十面相・伝』文庫版、p.214/第4章3)
 
2024/04/08 以後、随時修正・追補
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