| < 「Meigaを探せ!」より、他 < 怪奇城閑話 | ||||
『Meigaを探せ!』より、他・出張所
|
|||
| ■ 実写版『鋼の錬金術師』(2017、監督:曽利文彦)を見ていると、ある場面で、モンス・デジデリオことフランソワ・ド・ノメ(ノーム)《偶像を破壊するユダ王国のアサ王(聖堂の倒壊)》(下右)の複製が壁に掛かっていました(下左)。 | |||
![]() モンス・デジデリオは通例、幻想美術の文脈で、特異な建築画の専門家であり、時に右の作品のように、世界の崩壊を暗示する画家と紹介されます。錬金術が実用される世界を舞台にした、ファンタジーに分類される『鋼の錬金術師』と通じるところがあるということで、その複製が配されたのでしょうか。深読みするなら、来るべきカタストロフと結びつけているのかもしませんが、具体的なつながりや、あるいはこの場面に配する意義までは読みとりがたいのではありますまいか。 |
![]() モンス・デジデリオことフランソワ・ド・ノメ(ノーム)(1592/93-1623以降) 《偶像を破壊するユダ王国のアサ王(聖堂の倒壊)》 制作年不詳* * 画像の上でクリックすると、拡大画像とデータを載せた頁が表示されます。 |
||
■ 「錬金術など」の頁の「おまけ」でも挙げた『鋼の錬金術師』は(→こちら)、荒川弘の漫画(2002~2010)を原作としています。TVアニメ化もされており、さほど間を置かず二度に渡ってシリーズ化されました。スタッフは交替しつつ、主役エドワード(エド)とアルフォンス(アル)のエルリック兄弟の声優は同じキャストで、二度目の『鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST』(2009~2010)も物語の冒頭から再開されるのには、いささか奇異なことだと感じた憶えがあります。とまれ二度目のシリーズが比較的原作に忠実なのに対し、一度目(2003~2004)は日本語版ウィキペディアの該当頁によると(→そちら)、 「本作品は原作の連載終了の目途も立っていない時期に制作されており、毎週放送では原作に追いついてしまうため、原作者である荒川弘の意向によって、ほとんどのストーリーや世界観、登場人物の設定などが異なる」 とのことでした。当時見てはいたものの、具体的にどう違っていたのかほとんど忘れてしまいました。ともあれ、劇場版『鋼の錬金術師 シャンバラを征く者』(2005、監督:水島精二)は、原作とは異なる展開で決着をつけた一度目のシリーズの後日譚となります。 |
|||
| ◇ さて、実写版を見た余勢で『シャンバラを征く者』を再見すると、始めの方に何点か絵を飾った部屋が出てきます(右)。その中には見憶えのあるものも混じっていました。奥の壁右に二点、左に四点ある内の、右の二点です(下右はその部分)。 | ![]() |
||
| その内左は、 ルーヴルにあるプリュードンの《皇后ジョゼフィーヌ》(下左)、 右は メトロポリタン蔵のサージェント《マダムX》(下右)。 双方上流階級の女性の肖像画で、その華やかさにあやかろうという、部屋の主の配慮でしょうか。 |
![]() |
||
![]() プリュードン(1758-1823) 《皇后ジョゼフィーヌの肖像》 1805* |
![]() サージェント(1856-1925) 《マダムX(ピエール・ゴートロー夫人)》 1884* |
||
| ◇ 左の四点(右はその部分)はわからないでいます。いずれもよく見えず、左上は水辺の風景、左下は手前で本を開いた人物、右下は森だか城だかの風景でしょうか。 ただ右上の一点は、白いテーブルの右に大人の女性、左に子供を配したらしき構図が、シャルダンの《食前の祈り》を思わせはしないでしょうか。 |
![]() |
||
| とはいえ右上の画面が横長なのに対し、ルーヴルのヴァージョン(右)もエルミタージュのヴァージョンも、画面は縦長です。日本語版ウィキペディアの該当頁(→あちら)によると、二点以外にストックホルム国立美術館ヴァージョン、ロッテルダムのボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館ヴァージョンがあるという。前者はルーヴル版に準じた縦長の画面で、シャルダンの工房に帰属されています(油彩・キャンヴァス、49 x 39 cm、ストックホルム国立美術館公式サイトのコレクションの頁→ここ)。 | ![]() シャルダン(1699-1779) 《食前の祈り》 1740頃(ルーヴル美術館版)* |
||
| 後者は横長でした(右;ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館公式サイトのコレクションの頁→そこ)。ロッテルダム本では、もとのパリ本等でのテーブル周辺が右に寄せられ、画面左を拡張、やや暗めの色調で、別の子供の斜め後ろ姿が足されました。 ところが映画内の画面は、テーブル周辺を左に、その右にやや暗めの部分を配しているように見えます。こうしたヴァージョンが実際にあるのか、あるいはロッテルダム本の左右を入れ換えるという操作を施したのか、気になるところなのでした。もし後者であれば、「怪奇城の画廊(後篇)」の頁の「4. 『大反撃』(1969)より」などで触れた事例(→あそこ)に通じることになるでしょうか。 |
![]() シャルダンに帰属 《食前の祈り》 1761(ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館版)* |
||
| ■ これ以外にも、エドが忍びこんだ別荘の廊下の壁に掛かっている絵にも(右)、何かネタがありそうな気がするのですが、よく見えず、わからないでいます。 | ![]() |
||
| ところで本作には、絵や彫刻とはまた別の「Meiga」が出てきました。『メトロポリス』(1927)の頁の「おまけ」でも記しましたが(→こっち)、本作には映画監督のフリッツ・ラングが登場します。中盤で撮影に用いるドラゴンの実物大模型と滝壺のセットが見られ(下左)、ちょうど『ニーベルンゲン』に取りかかっていることがわかる(下右)。その『第一部 ジークフリート』は1924年2月14日、『第二部 クリームヒルトの復讐』は同年4月26日に公開されたのですが、第一部自体は1922年に完成していたとのことです(1)。 | (1) 田中雄次、「フリッツ・ラングの『ニーベルンゲン』(1922-1924) - ドイツ国民映画の典型 -」、『文学部論叢』、96巻、2008.3.7、pp.7-35 http://hdl.handle.net/2298/7983 [ < 熊本大学学術リポジトリ ] 中の pp.7-8。 また次も参照; クラカウアー、『カリガリからヒトラーへ ドイツ映画 1918-1933 における集団心理の構造分析』、1970/1995、pp.94-97。 クルト・リース、平井正・柴田陽弘共訳、『ドイツ映画の偉大な時代 ただひとたびの』、フィルムアート社、1981、pp.105-109/第3章 |
||
| 本作冒頭には 「1923年10月 ミュンヘン ワイマール共和国」(約8分) とのテロップが出ました。映画の製作に関しては実際の歴史とずれることになりますが、これは1923年11月にミュンヘンで起きた事件に合わせたのでしょうか。 |
|||
![]() |
![]() |
||
| ところで『ジークフリート』のドラゴンは、画面に映らない下半身は固定されており、上半身は機械仕掛けのようです。ちなみにストップモーション・アニメーションによるウィリス・オブライエンの『ロスト・ワールド』は、翌1925年に公開されました。 | |||
| エドはラングに、ベルリンのウーファことウニヴェルズム映画株式会社(Universum-Film AG)の撮影所へ呼びだされたのでした(右)。その際セットを設営しているところも見られます。下左のセットは、『ジークフリート』に出てきたブルグントの都ヴォルムスの大聖堂を思わせなくもない(下右)。 | ![]() |
||
![]() |
![]() |
||
| 設営中のもう一つのセットは(下左)、冒頭の森の鍛冶場附近ではありますまいか(下右)。 | |||
![]() |
![]() |
||
| ラングとエドは撮影所内に仕立てられた街の通りを歩きながら話します(下左)。右手でドラゴンの首を作っています。これは『ジークフリート』に二度ほど出てきた船首(下右)のためなのでしょうか? | |||
![]() |
![]() |
||
| ところで『ニーベルンゲン』では、『第二部 クリームヒルトの復讐』で見られたフン族の城周辺(約30分)やテント集落(約38分)を除いて、森や城、教会などばかりで、人が大勢いる村や町は出てきませんでした。 さて、二人が話している間に、映画の撮影中らしきカットがはさまれます。これも『ジークフリート』から取られたもので、下1段目左の場面は、ブルグントの都に到着したブルンヒルトを司祭が十字架で祝福しようとする場面を写したものでした(下2段目左)。カメラはまず騎馬の兵士たちの前でのクリームヒルトとジークフリート(下1段目右)、次いで右から左へパンないしドリー、ブルンヒルトと十字架が捉えられます。ただし『ジークフリート』ではまずブルンヒルトと十字架(下2段目左)、次いでクリームヒルトとジークフリート(下2段目右)へと、カットが切り換わります。 『ジークフリート』では話の筋として、ブルンヒルトからクリームヒルトとジークフリートの方へ視線が導かれたのに対し、筋立てにこだわらなくてもよい『シャンバラを征く者』では、ブルンヒルトと司祭が十字架をはさんで相対する構図の方が対比感が強調されているので、後に持ってくることでさらに際だたせるるべく、順序が逆にされたのでしょうか? |
|||
← ![]() |
|||
→ ![]() |
|||
| 下左の下、握手する二人の人物の向こうに羽根飾りのある兜をかぶった隻眼の髭男が立っている場面は、『ジークフリート』では二度出てきます(下右の上下)。下右の上はジークフリートが初めてクリームヒルトに会った直後、下右の下はブルンヒルトの城から戻り、二組の結婚式の後の夜です。いずれも左にブルグントのグンター王、右にジークフリート、間にいるのはハーゲンです。グンター王は下右の上下ともに同じマントを羽織っていますが、アニメ版でのジークフリートの装束は下右の下のものと一致しているようです。 | |||
![]() ↓ ![]() |
![]() ![]() |
||
| なおアニメ版では上左の上から下へと、カメラがティルトないしブームします。 階段とその上の三角アーチは、『ジークフリート』には出てこず(たぶん)、第二部『クリームヒルトの復讐』で見られた、エッツェル王の城に到着したグンター王たちが通された部屋への入口(右)に近くはありますまいか。階段の上の二人は誰なのでしょう? | ![]() |
||
→ ![]() |
|||
![]() |
兵士たちが並ぶ上左のショットからカメラは右へパンないしドリーし、その前、右縁の外から女性がにゅっと顔を出すという上右の場面も、『ジークフリート』にはなかったような気がします。兵士たちはジークフリートが初めてブルグントの城を訪れた際に伴ってきた者たちに応じているようですが(左)、女性は長い三つ編みおさげからしてクリームヒルトなのでしょう。黒っぽい衣裳になる第二部と違って、白い服は第一部で着ていたものです(田中雄次、前掲論文、p.24)。『ジークフリート』では彼女は、兵士たちと相対する位置にある、奥の壁の階段の上から出てきました。 | ||
| 『ニーベルンゲン』にかぎらず当時の映画の一般的な撮り方として、人物の顔がここまで大きくクロース・アップになることはあまりなかったはずです(たぶん)。そもそもブルンヒルトと十字架の場面での右から左へのパンないしドリー、誓約の握手の場面での上から下へのティルトないしブーム、そしてクリームヒルトのアップの場面での左から右へのパンないしドリーなどのように、カメラが首を振ったり動いたりすることもあまりない(たぶん)。固定撮影が基本で、ただし本作では、カットと次のカットとはコントラストがつけられているような気がしました(たぶん)。 とこうして、『シャンバラを征く者』で挿入された『ジークフリート』撮影場面は、原作そのままではなく、何がしかの手が加えられているわけです。先のシャルダン《食前の祈り》云々はおくにしても、そこで触れた『大反撃』その他の例に、こちらは通じていると見てよいでしょうか。 そうした例をもう一つ、山上の古城を虹が囲むショットが出てきます(下1段目左)。 |
|||
![]() |
![]() |
||
![]() |
![]() |
||
| いかにもお伽噺めいた虹付きの城は、すぐに大きな背景画であることがわかります(上1段目右)。山頂にそびえる城は、やはり『ジークフリート』におけるブルンヒルトの城を思わせずにいません(上2段目左)。ただ本篇中何度か映るものの、後光のように、低い位置からの陽光を伴っていました。あるいはブルンヒルトの城を取り巻く「燃える海」(約51分)の灯りなのか(2)。 | (2) Edited by Dietrich Neumann, Film Architecture : Set Designs from Metropolis to Blade Runner, Prestel, Munich & New York, 1996, p.74 / figs.2-3 なお〈炎の壁〉のモティーフは、『ニーベルンゲンの歌』ではなく、別の伝承に現われるそうです; 石川栄作、『ジークフリート伝説 ワーグナー「指環」の源流』(講談社学術文庫 1687)、講談社、2004、pp.23-24/第1章1節1。また p.151/第5章3節1、p.200/第7章2節、p.213/第7章3節、p.236/第7章4節 も参照。 |
||
| 他方半円形の虹は、オープニング・クレジットのすぐ次に登場します(下2段目右)。そこでは城はなく、山にかかっている。『シャンバラを征く者』の虹付きの城の背景画は、二つの図柄を組みあわせたものなのでしょうか。 『シャンバラを征く者』が物語る世界の中で、フリッツ・ラングの『ニーベルンゲン』はまとまった形ではないにせよ、いわば作中作にあたります。漫画であれアニメであれ、『鋼の錬金術師』というお話自体が虚構であることは、この際おきましょう。原作とアニメ第1シリーズの違いも別にするとして、『シャンバラを征く者』の世界は、作中でラングが話題にあげたように(約54分)、もとの『鋼の錬金術師』の世界とは別の、 『鋼の錬金術師』のもとの世界から横にずれて『シャンバラを征く者』の世界、その中で大きな流れから少しずれて、『ニーベルンゲン』があると見なせるでしょうか。『シャンバラを征く者』の世界自体、ドラゴンが出現したり、魔術がある程度実効性を持っていたりと、この現実そのままではない(たぶん)。この現実はどのあたりに位置するのでしょうか。 そもそも先に触れた『ジークフリート』撮影の様子を描いた三つの場面は、ラングが平行世界の話を持ちだし、 「その平行世界では、竜や魔法が実在するかもしれない」(約54分) と言いながら脇の方を指さすと、カットが切り換わって、件の三つの場面が連なっていたのでした。その間ラングは、 「あるいは、科学の代わりに錬金術が発達している世界。 フリッツ・ラングは、映画監督ではなく同じ顔をした犯罪者かもしれない」 と話し続け、 「それどころか、女かもしれない」 という台詞が、クリームヒルトのクロース・アップにかぶります。映画とラングの語る平行世界は重ねあわされているのでしょう。 平行世界なんて「ただの夢にすぎない」と突き放すエドに対し、ラングは〈胡蝶の夢〉よろしく、 「夢か、だがどちらが夢で、どちらが現実かな」(約55分) とつぶやきます。平行世界を夢見るラングと、平行世界からやってきたエドでは、夢と現実が入れかわっているのでした。とすれば夢と現実、どちらかが他方より高い審級にあるなどとはいえないことになります。 ◇ 『ジークフリート』ではドラゴン以外にも、特撮を用いた場面がいくつか見られました。隠れ蓑による透明化や変身(約26分、約59分以下、約1時間22分、他)、矮人たちの石化(約34分)、庭の花咲く樹が髑髏に変じる場面(約2時間14分。田中雄次、前掲論文、p.15)など。またクリームヒルトのいわゆる「鷹の夢」はアニメーションで描かれます(約41分。田中雄次、前掲論文、p.14)。 |
|||
| 矮人族のアルベリヒがジークフリートを導く洞窟の入口附近は、茸だか鍾乳石だかがにょきにょきと繁茂しています(右)。「怪奇城の地下」の頁で触れた、『アッシャー家の末裔』(1928)での一場面(→そっち)などと比較できそうです。 | ![]() |
||
| クラカウアーは上掲書で 「あたかもこれらの構図本来の装飾的性格が不充分であるかのように、原始的な装飾物が壁、カーテン、天井、衣裳をおおっている」(p.96) と述べていました。上で引いた場面で人物たちがまとう衣裳にもその一端が窺えます。もう一例挙げれば、下左はクリームヒルトの部屋です。扉口の左右や楣、そして天井に、モノクロの画面で見ると、明暗の対比が強い大ぶりな模様が連なっています。 また、画面手前に背を向けた兵士たちが並ぶ、その向こうを右から左へ、王族たちが進む場面は印象的でした(下右)。シルエットと化した兵士たちの背は、しかし、鉤状の紋様二段ずつで区切られています。 |
|||
![]() |
![]() |
||
余談になりますが、『第二部 クリームヒルトの復讐』の後半、兵士たちの屍が累々と重なるさまを見やるクリームヒルトの姿からは(下1段目左右)、モロー描くところのトロイアのヘレネーが連想されました(下2段目左右)。 |
|||
![]() |
![]() |
||
![]() ギュスターヴ。モロー(1826-98) 《ヘレネー》 1880* |
![]() モロー 《スカイア門のヘレネー》 1880-85頃* |
||
| 戦いの果て、クリームヒルトは兄グンター王の首を刎ねさせ、自らハーゲンを殺すも、別の人物に斬られるという末路は、オスカー・ワイルドの『サロメ』を連想させたりもします。もっともこのくだりは『ニーベルンゲンの歌』に由来するものなので(3)、ことさら世紀末の文化と結びつけなくてもよいのでしょう。第二部のクリームヒルトはいかにも〈 |
(3) 相良守峯訳、『ニーベルンゲンの歌 後篇』(岩波文庫 赤 882)、岩波書店、1955、pp。333-337/第39歌章2365-2377。 石川栄作、前掲『ジークフリート伝説 ワーグナー「指環」の源流』、pp.118-119/第3章7節。また p.172/第6章1節1、p.186/第6章2節3 も参照。 |
||
| ところで上1段目左、塔の屋上にいたクリームヒルトが下へ降りると、おそらくは上1段目右の出口から出てきました(約1時間47分)。この出入口のある建物自体、低めの塔をなしています(右)。先の塔とは別物なのでしょうか? | ![]() |
||
| 先に触れたグンター王たちが通された部屋への入口もそうでしたが、フン族のエッツェル王の城は、丸みを帯びて有機的な表面をなし、粘土なり泥なり、土で造られているようです。それどころか住人だか兵士たちがわらわらと出てくるところは、ずいぶん不規則な割れ目でした(下左)。この画面のとりわけ右半分は、人の顔のようにも見える(田中雄次、前掲論文、pp.22-23/図4-5)。割れ目の内部は何層にも重なっているらしい(下右)。 | |||
![]() |
![]() |
||
| 城全体の布置はわからないのですが、エッツェル王の玉座を中央にした大広間のある建物(右)を中心に、そのまわりに細かな建物や城壁、塔などがあって、通路でつながっているのでしょうか。 西アフリカのブルキナファソ北部のサヘル地域、バニ村(→英語版ウィキペディアの該当頁)のモスクなどが連想されたりもします(4)。あるいは近いところで、『巨人ゴーレム』(1920)におけるプラハのゲットーのセットと比べることができるでしょうか。 |
![]() (4) 小松義夫、『地球生活記 世界ぐるりと家めぐり』、福音館書店、1999、pp.44-45。 |
||
| 第一部で主要な拠点となるブルグントの城の、方形を連ねたかのような態(下、下2段目左右)とは対照的です。田中雄次前掲論文では、 「ブルグンドの城の四角形に代表される直線を基本としてきたバウハウス様式と中世的なものとが混合しているように」(p.30) と述べられていました(5)。 ![]() |
(5) Film Architecture : Set Designs from Metropolis to Blade Runner, op.cit., pp.74-79 中でも「初期バウハウスの美術と工芸」(p.76)が引きあいに出されていました。. 本作のセットに関してはまた; レオン・バルサック、山崎剛太郎訳、『映画セットの歴史と技術』、晶文社、1982、pp.61-62。 なおバルサック(p.62)や田中雄次(pp.20-21/図1-2)は、第一部冒頭の森の描写に関して、ベックリーンの名を挙げていました。 |
||
![]() |
![]() |
||
■ 『鋼の錬金術師 シャンバラを征く者』に戻ると、先の山上の城と虹のマット画以外にも、古城が出てきます。まずはプロローグ部分で、島がそのまま城をなしていました(下左)。 |
|||
![]() |
![]() |
||
| この城のおそらく中央部は巨大な円形の吹抜になっています(上右)。円形かどうかはともかく、おそろしく深い吹抜だかシャフトは、映画の類で時たま見かけたような気がします。本作同様、往々にして橋が架けてあり、往々にしてアクションが展開したりする。とりあえず思いだせた例として三作のみ挙げておきましょう。 | |||
| まずは『禁断の惑星』(1956)から、はるか昔に滅びた種族が遺した地下施設の一齣でした(右)。活劇はありませんが、放電が見られます。 | ![]() |
||
| 『モスラ2 海底の大決戦』(1997、監督:三好邦夫)では海中からピラミッド状の遺跡が浮上します(下左)。内部は規則的に廊下が区切っているのか、慣れない者には迷宮の相を呈する。そんな中に、やはり巨大な吹抜があるのでした(下右)。目に見えない橋が架かっていて、登場人物があたふたします。 | |||
![]() |
![]() |
||
| 『スカイキャプテン ワールド・オブ・トゥモロー』(2004、監督:ケリー・コンラン)ではまず、ロケットの発射口で、ロケット本体とまわりの施設の間が吹抜状をなし、橋が架かっています(下左)。活劇も起こります。この作品ではさらに、ロケットの内部にまで巨大なシャフトがありました(下右)。やはり橋が架かっている。 | |||
![]() |
![]() |
||
| 他にもぽつぽつ見かけたような気がしますが、追って補うことにしましょう。 『シャンバラを征く者』にまた戻ると、この作品ではもう一つ、円形の吹抜空間を擁した建物が出てきます。先にエドが忍びこんだと記した、ハウスホーファー教授の別荘とのことです(下左)。内部にある円形吹抜は、底無しではなく、おそらく一階から4~5階分ほど上に貫いています(下右)。城というよりお屋敷ですが、個人の別荘にしてはずいぶん規模が大きい。プロローグの城と円形吹抜を共有するのは、後に重要な役割を果たすことになる点からすると、意図的に設定を平行させたのでしょうか。 |
|||
![]() |
![]() |
||
| 本作にはさらにもう一つ、古城が登場します(右)。小山の頂きに建っており、現在人は住んでいないようです。暗い廊下(下左)や狭い螺旋階段(下右)も欠いてはいませんが、残念ながらこれ以外の屋内はあまり描かれませんでした。ただドラゴンが目撃されたという噂を聞きつけて、映画の参考にすべくラングが訪ねようとしていたところを、エドと出くわしたのでした。 | ![]() |
||
![]() |
![]() |
||
| また元の世界には、広大な地下空洞内の都市の廃墟なんてのも見られました(右)。そこへアルが向かう際には、どこぞの神々の浮彫の前や(下1段目左右)、星が散る宙空のさなかを降っていく赤い階段を通ることになります(下2段目右)。 | ![]() |
||
![]() |
![]() |
||
| なぜこんなところを通過しなければいけないのか、よくわかりませんが、ラヴクラフトの『未知なるカダスを夢に求めて』(1926-27)で主人公が〈 「浅い眠りのなかで焰の洞窟へと階段を七十段くだり」(6)、 次いで 「階段を七百段おりて〈深き眠りの門〉に達し、魔法の森へと踏みこんでいった」(7) ことが連想されたりもします。また本作で見られた神々の浮彫や地下の廃墟という点では、同じラヴクラフトの「無名都市」(1921)などを引きあいに出すこともできるでしょうか(8)。 神々の浮彫にも何かネタがあるのでしょうが、わかるようなことがあれば、追って補うことにしましょう。 |
![]() (6) 大瀧啓裕訳、『ラヴクラフト全集 6』(創元推理文庫 523-6)、東京創元社、1989、p.172) (7) 同上、p.174。 (8) 大瀧啓裕訳、『ラヴクラフト全集 3』(創元推理文庫 523-3)、東京創元社、1984、pp.33-55。 |
||
| 2025/12/15 以後、随時修正・追補 | |||
| HOME > 古城と怪奇映画など > 怪奇城閑話 > 「Meigaを探せ!」より、他 > 『鋼の錬金術師 シャンバラを征く者』2005 (+『鋼の錬金術師 』 2017) |