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幽霊屋敷の恐怖 血を吸う人形

    1970年、日本 
 監督   山本迪夫 
撮影   原一民 
編集   岩下広一 
 美術   本多好文
    約1時間11分 
画面比:横×縦   2.35:1 
    カラー 

ケーブルテレビで放映
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 ネタバレがあります。ご注意ください。

 小説家としても知られる田中文雄がプロデュース(本作では田中友幸と共同)、山本迪夫監督による東宝の『血を吸う』三部作第一弾です。続く『呪いの館 血を吸う眼』(1971)、『血を吸う薔薇』(1974)と異なり、近代以降、とりわけ映画を媒体にして流布した吸血鬼の定型はしかし、本作では登場しません(後の第三作にも独自の設定はあったのですが)。催眠術によって生死の境界がぼかされるというモティーフは、ロジャー・コーマンが『人妻を眠らす妖術』(1962)として映画化した、ポーの「ヴァルドマアル氏の病症の真相」あたりを連想させなくもありません(追記:日本語版ウィキペディアの該当頁によると(→こちら)、田中文雄は「直接の原案として、『催眠術で死者を蘇らせる』という、エドガー・アラン・ポーの怪奇小説『ムッシュー・バルディモアの真相(ヴァルドマール氏の症例の真相)』を下敷きにしたと語っている」そうです)。

 田中文雄・山本迪夫とともに三作に付きあった音楽の真鍋理一郎は、本作ではチェンバロを活かした音を聞かせてくれます。キャストではあちこちで見かけたような気がする二見忠男がやはり皆勤賞です。やはりあちこちで見かけたような気がする高品格は、次作にのみ続投。階段や廊下を移動する人物たちを、上から下からとらえた撮影の原一民は第三作を担当することでしょう。脚本の小川英と長野洋の内前者は皆勤、後の二作では武末勝とコンビを組みます。
 タイトル・ロールにあたるといっていいのか、野々村夕子役の小林夕岐子は、『ウルトラセブン』第9話「アンドロイド0指令」(1967/11/26放映)でアンドロイド役に扮していました(『ウルトラセブン研究読本 別冊映画秘宝』、洋泉社、2012、pp.248-249 参照)。医師役の宇佐美淳はやはり円谷プロの『ミラーマン』(1971~72放映)で御手洗博士として出ずっぱりでした。
 主役にあたる松尾嘉代と中尾彬もあちこちで見かけたような気がしますが、とにかく若々しい。双方目をぐりぐりします。関係のない余談になりますが、若々しさといえば『怪竜大決戦』(1966、監督:山内鉄也)での松方弘樹にも驚かされたものです。
 なお田中文雄・山本迪夫は後に、TVの『学校の怪談 春のたたりスペシャル』(1999/3/30放映)中の第四話「呪われた課外授業」で、三部作の圏内に戻ることになります(田中文雄は脚本)。ちなみに『血を吸う宇宙』(2001、監督:佐々木浩久、脚本:高橋洋)というのもありましたが、こちらは無関係で、『発狂する唇』(1999、同)の姉妹篇でした。

 第一幕;半年ぶりに海外出張から戻った佐川和彦(中村敦夫)は、恋人である野々村夕子の実家を訪ねるが、夕子が事故で死んだことを夕子の母・志津(本篇中で役名は出なかったかと思います、南風洋子)から告げられます。屋敷の使用人は口のきけない源造(高品格)一人のようです。屋敷に泊めてもらった和彦はしかし、窓の外に夕子の姿を見かけ、追うのでした。
 幕間その一、約14分、和彦の妹・圭子(本篇中では「圭ちゃん」とのみ呼ばれていました、松尾嘉代)は、8日経っても戻らない兄の身を案じて、恋人の高木浩(本篇中では姓は出てきませんでした、中尾彬)とともに、タテシナ(蓼科ないし立科といっていたように聞こえましたが、後の役場の場面では「長野県南更科郡大河原町」となっていました。ちなみにかつて長野県にあったのは「更級郡」だそうです→ウィキペディア日本語版の頁)の山の中にある野々村屋敷へ車を走らせる。
 第二幕;やはり夕子の訃報に驚き、車の故障を装って泊めてもらいます。
 何やかやあって翌日退去、幕間その二、約36分、役場、次いで夕子の死亡診断を書いた医師・山口淳之介(宇佐美淳)のもとで事情を聞きます。役場では20年以上前に館で起きた惨劇の話を聞かされ、山口医師は戦時中に自ら体験した怪異を語ってくれます。
 第三幕;約44分、圭子は一人屋敷に戻ります。喧嘩別れした浩は、夕子の土葬に立ち会ったという男(二見忠男)に声をかけられる。圭子は夕子の母を問いつめに、浩は墓暴きに向かいますが、二人の運命や如何に、また夕子や和彦はどうなったのか?

 以上が大まかな粗筋です。第一幕で主人公とも目された和彦が早々に退場してしまうのは、ヒチコックの『サイコ』(1960)、あるいは『死霊の町』(1960)や『ディメンシャ13』(1963)などを連想させなくもありません。実際第三幕での和彦再登場のさまは、『サイコ』の終盤でのとある場面を思わせます。
 と同時に、ここは『吸血鬼ドラキュラ』(1958)でジョナサン・ハーカーに当てられた配分を思い合わせることもできるでしょう。和彦が始めて館に入った際の、夕子の母登場の態も、ハマー・フィルムの『吸血鬼ドラキュラ』(および遡って『魔人ドラキュラ』(1931))においてドラキュラ伯爵が階段に登場したさまを連想させずにいません。夕子の母はさらに、地下室へ降りかけていた浩に対し、階段の上に立って対峙する。二つの階段はその後も重要な役割を果たしますが、ともあれハマーの怪奇映画を再現しようとした見なされることの多い『血を吸う』三部作について、一般的な印象にとどまらず、ハマーの作品とのより具体的な対応を見出すことができるのかもしれません。


 幕間その一と二、第三幕の冒頭を除いて、お話は全て夜の館で展開します。
 雷轟き風雨吹きすさぶ夜の野道を走るタクシーの一齣に続いて、稲光に館の全景が浮かびあがります。木立に囲まれたその姿は二階建てらしく、垂直に伸びあがりはしないものの、左右横にひろがっています。一階の中央は左右に同形の窓が並んでいますが、その上の二階は出入りをもって分節されています。右端には半円アーチを三方に配した車寄せが見えます。
 後にもう一度出てくるこの全景外観はミニチュアのようにも見えるのですが、車寄せや壁沿いの部分は実際にあるもののようです。どこでロケしたのでしょうか? 他方屋内はセットと映りましたが、何かと装飾が豊富です。
 車寄せの上の妻側には、半円アーチの凹みが二つ、その上中央に丸窓が一つ配されています。
 また別の場面ではやや下からの角度で、実景らしき夜の外観が映されます。一階には三連アーケードが伸び、その上の二階は横長の窓でした。この部分の右は半円筒をなしています。
 このあたりでしょうか、第二幕後半で浩が壁沿いに移動します。先に扉があり、源造に追われて少し走った先にも別の扉がありました。そこから夕子の母が出てきます。


 玄関扉は車寄せの床から1~2段のぼります。扉を開けた向こうにも別の木の扉が左右に見え、これはさほど広くはない控えの間があるからでした。
 その先が階段広間です。向かって右の壁に沿って階段があがり、踊り場で左に折れ、吹抜に面した回廊が左に続きます。左側には手前のシャンデリアが見えます。ここに和服を着た夕子の母がいたのでした。下からの眺めです。彼女が階段を降りるにつれ、カメラは左・上から右・下に振られます。
 約3分、踊り場の壁、上の方にはティツィアーノの《クピードーに目隠しをするウェヌス》が掛かっていました(下のおまけないし→こちらを参照)。
 広間は板張りの壁で覆われ、刳(繰)り型ないしモールディングと呼んでいいのでしょうか、浮彫状の細い線で枠どられています。傷んではいますが板壁は白塗りで、後に枠どりが緑であることがわかります。これは二階も同様でした。
 玄関扉のガラスや階段の欄干には金属の曲線装飾が施されています。欄干は右の壁に大きな影を落としたりする。
 第二幕後半では浩が階段広間のソファを寝床にします。二階回廊からの俯瞰に続いて、ソファのすぐ向こうに何やら針金細工めいた衝立がありました。
 第三幕前半は昼間なので、窓が黄色いことがわかります。

 第一幕では二階の部屋が二つ登場します。広間の階段をあがり、吹抜回廊を左に進んだ先で右に折れた廊下があり、そこに並んでいるわけです。
 まずは夕子の部屋で、何かと装飾豊かなだけでなく、人形もたくさん見えます。具体的に説明されるわけではないのですが、本篇中で夕子と人形は結びつけられているようです。和彦が持参したのも、テラコッタらしき素朴風な人形でした。終盤近く、別の部屋にも人形がたくさん並んでいます。
 戻って夕子の部屋にはウォーク=イン・クローゼットもあります。
 この部屋では第三幕前半、シネマスコープの横長画面の左右両端で夕子の母と圭子が向かいあったりします。この構図は後に別の場所で別の組みあわせで再現されることでしょう。

 次いで和彦が泊まる客用寝室です。ここにはアトラース像でしょうか、何かを担って屈みこむ、邪魔じゃないかと思われるほどけっこう大きな彫像の他、壁に三点ほど肖像画が掛けられています。他はわからなかったのですが、約11分、内一点はヤン・ヴァン・エイクの妻の肖像でした(下のおまけないし→こちらを参照)。
 窓から外を見下ろすと芝生です。ここに誰かを見かけるというパターンが、第三幕前半で圭子によって反復されることでしょう。


 客用寝室の扉から出ると、扉を右に廊下が奥へ伸びています。突きあたりは窓のようです。カメラはやや下から眺めています。和彦が奥へ進み、切り替わって奥から手前へ向かってきます。今度は突きあたりに階段だか回廊の欄干らしきものが見える。後にこれが広間の階段に通じていることがわかります。
 向かって左の扉の鍵穴を覗きこむと、揺り椅子と誰かの姿が見えました。ここは夕子の部屋でした。つまり階段から回廊、廊下に入って右にまず(?)客用寝室、その奥に夕子の部屋が並ぶことになります。広間側から見て左の壁にも何か絵が掛かっていますが、図柄はよく見えませんでした。

 第二幕後半では圭子が兄の行動を反復します。やはり右の扉から出てきて手前へ、奥の突きあたりは窓です。手前まで、つまり広間側へ来て振り返り、背を向けて奥に戻る。カットが切り替わると前方からとらえられます。また戻ると階段の上に出る。
 その後圭子の悲鳴を聞いた浩が、玄関から入って階段を駆けあがり、切り替わると二階廊下を奥から進んできます。
 この動きは第三幕前半、圭子によって反復されます。これまで夜ばかりでしたが、この際は昼間でした。もっとも廊下が薄暗いのはかわりません。
 約54分、第三幕後半には、ミニチュアらしき館外観に続いて実物らしき車寄せ、そこから浩が階段広間に入ると、二階回廊の夕子の母が仰視され、切り替わるとその背中越しに俯瞰されたりします。浩が階段を駆けあがるさまが下からとらえられ、薄暗い二階廊下を手前へ、左の夕子の部屋に向かいます。カメラは近づきつつ右から左へ首を振る。


 第二幕前半では一階にあるということなのでしょう、食堂が映されます。ここにも西洋風の肖像画が掛かっているのですが、こちらはなぜか出来の芳しからぬ設えものでした。壁から少し離れて円柱が立っており、これは後に別の場所でも見られます。館が夕子の夫の祖父によって建てられたことがわかります。
 浩は様子を探ろうと、夕子と源造が食器を片付けに席を外した隙に観音扉から出ます。一階廊下です。奥から手前へ進む。手前右に金属製らしき扉がありました。あけると下への階段が半階分ほどおりています。階段のすぐ両脇が壁という、幅の狭いものでした。片方の壁には手すりがついている。降りて少し進んだ突きあたりに、やはり扉が見えます。降りかける浩を階段の上で夕子の母が呼びとめるのですが、カメラは少し斜めになりつつ、上からの俯瞰と下からの仰視を交互に切り換えるのでした。最後に仰視の状態で扉が閉じられ、真っ暗になります。
 第二幕後半、浩は夜中にまた廊下に戻ってきます。突きあたりは勝手口のように見える。浩はそちらへ進みます。そのまま戸外に出たようです。


 幕間その二、「大河原町役場」では夕子が昭和24年11月4日生まれで、昭和45年6月13日歿だったことがわかります。
 また山口医師の医務室には、かなり広い窓があり、ほとんど障子のように白く半透明なのですが、三箇所ほど下半が方形に切り抜かれ、屋外の緑が見えました。
 圭子と浩が退去して門の外に出ると、かなり立派な門構えでした。和風です。左右に敷地を囲む塀が伸びています。

 館の裏から歩いて少しのところに墓地があるようです。まわりは木立に囲まれ、墓地は盛り土をした上に低い柵で囲ってあります。
 その近くには崖もあります。暗くなった頃、崖の上で格闘する人物がシルエットと化したさまを、崖の下からとらえられたりもします。

 人形がいくつも並び、しかし蜘蛛の巣が張る中をカメラが左から右へ動くと、ソファに圭子が寝かされていました。マネキンもあります。
 奥に扉があり、別の部屋に続いています。
 圭子の悲鳴に浩は主階段を駈けおります、半地下室への階段が上から見下ろされ、奥の扉が開いて圭子が出てきました。先ほどの部屋はその奥にあったわけです。浩は一階の廊下を奥から手前へ、手前右に鉄扉があります。
 下から見上げられた逃げだす二人は右へ、鎧の脇を通って左にある玄関へと向かいます。階段から医師が下りてきます。
 これまで一階廊下の位置ははっきりしなかったのですが、吹抜回廊の下・左寄り、つまり二階廊下の真下に平行して配されていることがようやくわかります。食堂はその右にあたるのでしょうか。
 最後のショットはおそらく階段踊り場からの俯瞰で、これまで何度か聞こえてきた啜り泣きの主を明かして終幕となるのでした。

 薄暗い二階廊下での移動が、第一幕の和彦と第二幕の圭子によって、ともにカットの切り換えをはさむ形で反復され、また玄関広間から階段を登って吹抜回廊へ、そこから二階廊下へという動きが、第二幕の浩、第三幕前半の圭子、同後半の浩によってと、三度反復されます。
 これと平行する形で半地下室への階段と一階廊下も布置されている。一階廊下は第二幕前半と後半、また第三幕後半に、いずれも浩が通り、そこから半地下室への階段は第二幕前半の浩と夕子の母、第三幕後半の圭子と浩それぞれの組みあわせで往き来されます。クライマックス前には圭子と浩が走り抜ける。
 広間の主階段は夕子の母の初登場の場面、第三幕後半でやはり夕子の母が、前者では一階の和彦に、後者では浩によって見上げられます。クライマックスでも医師が降りてくる。
 その都度カメラは上になり下になり、また首を振ります。この点こそが本作を古城映画に数えるべきものとしているのでしょう。

Cf.,  ジョン・L・フリン、『シネマティック・ヴァンパイア 吸血鬼映画B級大全』、1995、pp.166-167/nos.142-144
*お話や配役がずいぶん違っています。


日本特撮・幻想映画全集』、1997、p.219

浦山珠夫、「血を吸うシリーズ」、『最恐ホラー大全【邦画編】』、2004、p.68
山本((ママ))夫インタビュー」、同上、pp.70-71

おまけ   ティツィアーノ《クピードーに目隠しをするウェヌス》1565頃
ティツィアーノ
《クピードーに目隠しをするウェヌス》
1565頃
ヤン・ヴァン・エイク《マルガレータ・ヴァン・エイクの肖像》1439
ヤン・ヴァン・エイク
《マルガレータ・ヴァン・エイクの肖像》
1439

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 2017/10/02 以後、随時修正・追補
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