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シンバッド七回目の航海*
The 7th Voyage of Sinbad
    1958年、USA 
 監督   ネイザン・ジュラン 
撮影   ウィルキー・クーパー 
 編集   エドウィン・ブライアント、ジェローム・トムス 
 美術   ジル・パロンド 
 プロダクション・デザイン   ホセー・アルゲロー 
 視覚効果   レイ・ハリーハウゼン 
    約1時間28分 
画面比:横×縦    1.85:1** 
    カラー 

VHS
* 手もとのソフトでは『シンドバッド7回目の冒険』。後のソフトでは『シンドバッド7回目の航海』とのこと
** 手もとのソフトでは 1.33:1。左右が少なからずトリミングされていることになります。
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 超自然現象は大いに起こりますが、怪奇映画とは言えますまい。この作品を取りあげるのは贔屓の引き倒しという気もしないではありませんが、登場人物の魔術師は自分のお城お城と言っておりますし、素敵な螺旋階段も登場します。それに加えて、アルハンブラことスペインはアンダルシア、グラナダのアランブラ宮で一部ロケされています。

 ウィリス・H・オブライエンが特撮を担当した古典『キング・コング』(1933、監督:メリアン・C・クーパー、アーネスト・B・シュードサック)に惚れこみ、同じくオブライエンによる『猿人ジョー・ヤング』(1949、監督:アーネスト・B・シュードサック)ではアシスタントをつとめ、『原子怪獣現わる』(1953、監督:ユージン・ローリー)で長篇商業映画にデビューしたハリーハウゼンですが、本作品が初のカラーによる撮影で、また〈ダイナメーション〉と銘打つのもここからでした。
 一篇の物語としてのまとまりという点では、金星竜の誕生から成長、そして受難と破滅まで寄り添うことで、見る者の感情移入を引き起こさずにいない前作『地球へ2千万マイル』(1957、監督:ネイザン・ジュラン)に一歩譲るのではないかと思われますが、本作品では何より複数登場する怪物たちのいわばページェントが、初のカラーと言うこともあって、潑溂としているような気がします。洞窟の中にいるドラゴンを除けば、一つ目巨人も双頭のロック鳥も昼間に登場するので、色が鮮やかに映るという点も大きい。ドラゴンも最後にはお日様の下に出てきます。下掲書で石上三登志はこのドラゴンについて、「これが遂にオブライエン・リアリズムから離れた童話風の竜、矢尻型の尻尾がうれしいかぎりである」(p.42)と述べていますが、メルヘン的な設定によって清新感がもたらされたところもあるのでしょう。
 齣撮りの人形アニメーションによる存在感は、『アルゴ探検隊の大冒険』(1963、監督・ドン・チャフィ)においてある種の華麗さに達します。その後も技術的な観点での展開はあるにせよ、この時期のハリーハウゼン特撮の開花に伴なう生気は、ついに再現されなかったのではないでしょうか。その後のCGによってはるかに現実味の高い特撮が実現しましたが、齣撮りによる人形アニメーション固有のかくかくするがゆえの非現実性が、現実そのものを異化しえたのに対し、CGはあまりに滑らかすぎて手応えを滑らせてしまうように思われます。
 他方、これも石上三登志が指摘するように、オブライエンの怪獣たちが「暖かさと親しみ」を感じさせるのに対し、ハリーハウゼンの特撮には「一種独特の冷たさが漂う」(p.38)。また菊地秀行は、「カメラを固定して、怪獣怪物の動きを正面から観察するみたいにじっくり観せようとするハリーハウゼンに対して、オブライエンのカメラは激しく動き廻る。/従って、ハリーハウゼンの怪物は、どんなにファンタスティックな外見を備えていようと、あくまでその姿以上の動きはできないのに対し、オブライエンの異形物たちは、それらが示すであろう本来の動きを見せながら、そこから逸脱して見える」と指摘しています(菊地秀行、「ある作家の告白 我が映画記〈第12回〉」、『日本版ファンゴリア』、no.16、1996.10、p.77)。同じく「ハリーハウゼンの怪獣は平地でしか(・・・・・)活躍していない」(菊地秀行、「ある作家の告白 我が映画記〈第12回〉」、『日本版ファンゴリア』、no.17、1996.11、p.76)。ハリーハウゼンの怪物が、画面の端から出てきて、画面と平行に動くことがしばしばなのも付け加えておきましょう。
 これらの点をハリーハウゼンの限界と見なすこともできますが、またしても贔屓の引き倒しに走るなら、こうした限界こそが、非現実であることがそのまま実在感を保証するという性格につながっていると見なすこともできなくはありますまい。


 とまれ、物語は主人公たちの船が食糧を補給するために、とある島に着岸するところから始まります。そこには岩でできた巨大な人面が刻まれていました。角張って幾何学化した様式です。少しカメラが引くと全体が映って、人面は上半、下半は粗い岩で、ちょうど口にあたる部分が洞穴になっています。主人公はこれを古代文明の遺跡ではないかと述べる。洞穴から魔術師と彼を追う一つ目巨人が飛びだしてきて、この際は中に入るには至りませんでした。

 どうにか逃げだした一行は、バグダードに着きます。ここでの王宮がアランブラでロケされたものです(下掲『レイ・ハリーハウゼン大全』、p.112参照)。
 まずは昼間、プールのそばで、奥にアーケードのある建物が見えます。
 次いで夜の宴の間、入口の向こうは中庭で、その奥にはアーケードの回廊があります。
 夜の庭で、水を吐く獅子の石像がプールに接しています。奥の木立の向こうには、尖り屋根の低い円塔がのぞいています。
 姫の寝室では、セットによるカットとロケによるカットを組みあわせているようです。入口にはヴェールがかけられ、廊下に通じています。この部屋を魔術師が、廊下をはさんだ上階から見下ろす。カットが切り替わると、彼は下から見上げられます。手前には装飾を施された縁のアーチがあり、背後にもアーチを支える柱が見えます。
 朝の回廊では、奥に方形の2階建ての建物があります。屋根は瓦葺きで、低い四角錐をなしています。その一階にはアーチの入口があいており、下に数段おります。2階は半円アーチの窓を二つ設けています。この建物は後にもっと近づいて見ることができましょう。右側にはプールがある。
 姫の異変に駆けつける主人公が通る空間は、短いカットではあるものの、アランブラのロケでのハイライトと言えるでしょうか。左奥で2階建ての建物が、奥で右に曲がり、入口が前に突きだしています。この建物は左手前でも前に突きだしています。尖り屋根が左奥で曲がる前に一つ、中央奥の突きでたところに一つ、その奥にも一つ見えます。画面の手前にはシルエットと化した柱があります。まず主人公は奥から手前に走り、姫の寝室でのやりとりを経て、今度は手前から奥へ走ることでしょう。人物の直線的な動きと対比されることで、空間の入り組み具合が実感されるわけです。
 朝の姫の寝室でも、セットによるカットとロケによるカットが組みあわされるのですが、後者では主人公の背後に、部屋の角をはさんで両側にアーチがあり、双方の上は見事な装飾で覆われています。
 先の空間を主人公は駆け戻る。この際は、脇に何匹もの獣の石像が支える円盤状の噴水がはっきり映しだされます。
 主人公が魔術師に追いつく城門付近の折れ曲がった下り坂も魅力的ですが、連れ戻された魔術師と主人公たちが話す場面では、先に見た回廊の向こうの2階建ての建物が背後に大きく映されます。1階入口のアーチが、瓢箪型をなしていることがわかる。また左のずっと奥には、方形の低い塔が見えます。屋上には鋸歯型胸壁があり、その向こうはなだらかな山です。
 バグダードでの最後の場面は、船員として囚人たちを募集する城の中庭だか広場です。手前は城壁上の歩廊で、見張りが巡回しています。奥の左の方には間隔を開けて同じ高さの方塔が並んでいます。屋根は鋸歯型胸壁です。その前に城壁がやや低く伸びており、右下に門が開いています。門のさらに右手、右手前の城壁との間はジグザグ型の手すりが走っています。その向こうに青空の下の街並みが見える。手すりの左側は、左端の低い建物まで中庭になっています。左端の建物だか台の上には絞首台があり、そこに主人公が立って中庭の囚人たちに呼びかけます。カメラは上からと下からにカットを切り換える。


 航海のシークエンスでは、冒頭でも出てきた船長室が移されます。冒頭ではいくつもの影に横切られていましたが、今回は入口の周りとその両脇に、あわせて三つの4分の3円アーチが並んでいることがわかります。このアーチの内側の縁は細かい半円が連なるという形で、離れてみるとギザギザに刻まれているように見えます。またアーチ全体が浮彫をなしており、壁に影を落としています。

 船長室で会話する際もそうなのですが、姫は魔法で小さくされたにもかかわらず、心配顔の主人公とは対照的に、笑顔を絶やさず、王宮の寝室で発見された際には丁寧にお辞儀しますし、くるくると回ってみたりもします。この快活さが本作の大きな魅力の一つとなっているのではないでしょうか。もっとも魔法が解かれると心配顔になるのでした。
 他方悪役としての魔術師は、いささか行動が軽率で、これは演技ではなく脚本が原因なのでしょう。特撮が見せ場の映画で、悪役を掘りさげる必要もないと見なされたのかもしれません。惨めな最期を遂げますし。とはいえ尺を伸ばさずとも、ほんのちょっと手を加えればその存在感も増しただろうにという気がせずにはいないのでした。


 さて、囚人たちの叛乱騒動を経て、一行は島に到着します。冒頭で登場した人面洞を抜けると、下りの白い階段が設けられており、谷に面しているのでした。カメラは下から一行がおりてくるのを見上げます。ここで繰りひろげられる双頭のロック鳥や一つ目巨人の活躍はぜひ実物をご覧ください。
 とこうして主人公は、魔術師のいる洞窟に入っていきます。まずは門番代わりのドラゴンに出くわす。ドラゴンの首には鎖がつけられていて、これを縮めるための大きな操輪が手前と先にあるのでした。
 のぼり階段を経て、奥に地底城が見えてきます。門の前にはのぼり階段があり、あがった先の左右に鋸歯型胸壁が伸びています。右手では建物が手前に迫りだしていて、そちらにも入口があります。階段の上の正門は、瓢箪型アーチをなしています。
 そこから入ると、数段さがって、広間だか大廊下だかが伸びています。太い柱がアーチを支え、奥の方にも半円アーチが見える。その中には馬蹄形の窓があり、青くなっています。向こうは空なのでしょうか、それともまだ地下なのでしょうか。窓の手前には数段のぼりの階段があります。
 この広間だか大廊下だかはさらに奥へ伸びていき、大アーチ、小アーチが錯雑しています。突きあたりあたりが実験室のようです。
 正門近くに戻ると、石製の大きな棚が壁に据えつけられています。その付近で主人公は、魔術師によって生気を吹きこまれた骸骨とチャンバラに突入するのでした。
 そのまま門の外へ出れば、円柱を巡る螺旋階段があります。この階段は途中で途切れていて、上に伸びていたものが壊れたのか、もともとこうした体裁だったのかはわかりませんが、チャンバラの舞台としても、それ自体でも、とても印象的なイメージでした。下掲『レイ・ハリーハウゼン大全』、p.106にハリーハウゼンの素描が掲載されています。
 何とか骸骨を倒し、主人公と姫は外へ向かいます。その途中に石橋があり、下には熔岩が流れているのでした。
 石橋は崩れてしまいますが、何とか渡った二人は、しかし洞窟に入ってきた二体目の一つ目巨人に出くわします。ドラゴンの鎖をゆるめることで、一つ目巨人対ドラゴンという見せ場を作りだしてくれます。
 その隙に洞窟から出た二人は、人面洞裏手の白い石段をのぼっていきます。カメラはやはりそれを下から見上げる。
 洞穴から浜辺側に出れば、魔術師の指示で準備してあった車輪付きの大弓が待っているのでした。
Cf.,  レイ・ハリーハウゼン/トニー・ダルトン、矢口誠訳、『レイ・ハリーハウゼン大全』、河出書房新社、2009、「4 わが友シンドバッド」より pp.106-127
原著は
Ray Harryhausen & Tony Dalton, Ray Harryhausen. An Animated Life, 2003
こちら(『シンドバッド黄金の航海』)でも挙げています

オブライエンとハリーハウゼンを中心に扱ったもので、大いにお世話になったのが;
石川三登志、「ロストワールドの夢 怪獣映画と恐龍たち」、『吸血鬼だらけの宇宙船』、1977、pp.18-57
ロストワールド縁起/恐龍創造/〝コング〟登場/ウィリス・オブライエンの世界/『キングコング』を見すぎた男/〝ダイナメーション〟/その他の恐龍たち/附 ハリイハウゼンと『恐龍百万年』

ジョン・ブロスナン、福住治夫訳、『ムービー・マジック SFX映画物語』、フィルムアート社、1990、pp.162-179
原著は
John Brosnan, Movie Magic. The Story of Special Effects in the Cinema, 1974
ハリーハウゼンへのインタヴューを含みます。
同書から→こちらや、そちらでも挙げています

スティーヴ・スワイアーズ、那智史郎訳、"Farewell to Fantasy Films. Ray Harryhausen Interview"、『日本版ファンゴリア』、no.18、1996.12、pp.30-33

STUDIO28編著、『モンスターメイカーズ 増補改訂版』、洋泉社、2000/2005、「第1部第3章 モンスターがいっぱい」および「第1部第4章 ハリーハウゼンの華麗なる冒険」など
同書から→こちらでも挙げています

入間洋、『ITエンジニアの目で見た映画文化史 1950-70年代の英米映画を通して見た文化社会史的変遷』、新風舎、2006、pp.163-168;「第2部11 《アルゴ探検隊の大冒険》 特殊効果の魔術師レイ・ハリーハウゼン」
同書から→こちらでも挙げています


ジョン・ランディス、『モンスター大図鑑』、2013、pp.148-149
にもハリーハウゼンへのインタヴューが掲載されています。
おまけ  ハリーハウゼンについて以下の駄文を書いたことがあったので、ついでに再録しておきます;

△月△日
ウィリス・オブライエンが特撮を担当した『ロスト・ワールド』(一九二五)が、少し前ヴィデオ化されたのに続いて、レイ・ハリーハウゼンの特撮ものが何本か、比較的低価格でヴィデオ発売された。さっそく見たことのなかった『水爆と深海の怪物』(一九五五)と『地球へ2千万マイル』(一九五七)を買ってくる。『原子怪獣現わる』(一九五三)と『シンドバッド七回目の冒険』(一九五八)にはさまれた作品である。
『ザ・グリード』の原型といえなくもない『水爆と深海の怪物』は、筋運びがだるいが、大蛸が登場する場面はそれなりに美しいところもある。
『地球へ2千万マイル』はこれに比べるとテンポもまずまずだ。お話はキングコングものの常道で、金星竜はある程度同情されるように描かれている。昨今の風潮からすれば、人種間題の隠喩を読みとることもできるだろう。金星竜がカメラと平行に動く場面がやたら多いのはともかく(オブライエンに比べてハリーハウゼンのカメラ設定が単調なことは、菊地秀行が『日本版フアンゴリア』十六号七七貢で指摘していた)、けっこう暴れまわってくれたのはうれしいかぎりだ。怪獣ものは映画の華である。
ところで、金星竜の尾は二股だった。キングギドラは二股というか、尾が二本ある。他方、『シンドパッド七回目の冒険』に登場するドラゴンの尾は矢尻型で、たしか『ドラゴンスレイヤー』や『ドラゴンハー卜』でも同様だ。『アルゴ探検隊の大冒険』のヒュドラはどうだったろう。ウッチェッロの 『聖ゲオルギウスと龍』では、尾がくるくる三回転する。ドラゴンの尻尾の形態学というのは可能だろうか。

           『蟋蟀蟋蟀』、no.6、2000.2.26、「小躍り堂日乗」より、p.11。

なお、最後で触れた〈ドラゴンの尻尾の形態学〉については、以下の論考でちゃんと取りあげられていました;
中野美代子、「
鯨座(ケトス)の尾」、『仙界とポルノグラフィー』、1995、pp.35-61
 2015/1/11 以後、随時修正・追補
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