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影なき淫獣
I corpi presentano tracce di violenza carnale
    1973年、イタリア 
 監督   セルジョ・マルティーノ 
 撮影   ジャンカルロ・フェランド 
編集   エウジェニオ・アラビーゾ 
 プロダクション・デザイン、美術   ジャンティート・ブルキエッラロ 
    約1時間32分 
画面比:横×縦    1.66:1
    カラー 

ケーブルTVで放映
………………………

 超自然現象は起こりませんし、古城映画とも呼びがたいのですが、『血ぬられた墓標』(1960)のページでも触れたように、本作を見た際、イタリアはどこを撮っても絵になるんだなあなどと感心した憶えがあります。イタリアであれ他の土地であれ絵になる眺めに事欠かないのはもとよりとして、美術史の講義の場面もあることではあり、手短かに取りあげることにしましょう。

 [ IMDb ]にはロケ地としてウンブリア州のペルージャの他、アブルッツォ州ラクイラ県のタリアコッツォ
Tagliacozzo, L'Aquila, Abruzzo(→伊語版ウィキペディア該当頁)、ラツィオ州ローマ県のコルコッレ Corcolle, Roma, Lazio、同じくラツィオ州ヴァッレ・デル・トレヤ公園 Parco suburbano Valle del Treja(→伊語版ウィキペディア該当頁)内のモンテ・ジェラート滝群 Le cascate di Monte Gelato などが挙がっています。より具体的には、イタリア語で不勉強のため中身はよくわからないのですが、ウェブ・ページ"LOCATION VERIFICATE: I corpi presentano tracce di violenza carnale (1973)"(2ページあります)、また"LA VILLA/CASTELLO DI CORCOLLE"、"LE CASCATE DI MONTE GELATO"([ < il Davinotti ])をご覧ください。照らしあわせれば前半がペルージャ、後半の別荘近くの村がタリアコッツォ、別荘自体(の外観)はコルコッレ城で主に撮影されたということのようですが、ローマなどでのロケも混ぜられているらしい。イタリア語のできる方はぜひご確認ください。
 なお伊語原題は下掲の安井泰平『ジャッロ映画の世界』(2013)によると『それらの遺体は性的暴行の痕跡を示す』とのことで、TV放映時における度重なる邦題の変更もそちらに記されています。[ IMDb ]によると他国では多く
Torso の題で流通しているようです。
『影なき淫獣』 1973 約2分:ペルジーノ《聖セバスティアヌス》のスライド ペルジーノ《聖セバスティアヌス》1490-1500頃
ペルジーノ
《聖セバスティアヌス》
1490-1500頃

* 画像をクリックすると、拡大画像とデータが表示されます。
 薄暗い中、裸婦たちの写真撮影に軽快な音楽、オープニング・クレジットがかぶさり、目のないかのような人形も映った後、ルーヴルが蔵するペルジーノの《聖セバスティアヌス》がスライドで登場します(右の挿図を参照)。
美術史の講義が行なわれているのでした。教授のペルジーノ評はなかなか手厳しく、乱暴にまとめればペルジーノは甘いということなのですが、これは一般的なペルジーノ評価に応じるものと見なしてよいでしょう。教授、後に名がフランツと知れますが、彼に扮しているのはジョン・リチャードソン、『血ぬられた墓標』(1960)、ハマー・フィルムでの『炎の女』(1965、監督:ロバート・デイ)とその続篇『燃える洞窟』(1968、監督:クリフ・オーウェン)、『恐竜100万年』(1966、監督:ドン・チャフィ、特撮:レイ・ハリーハウゼン)、後には『デモンズ3』(1989)に出演するという、一部ファンにとっては侮りがたい俳優です。
 とまれ講義が行なわれているのは壁画もある古い広間でした。上掲の
"LOCATION VERIFICATE: I corpi presentano tracce di violenza carnale (1973)"によると"Sala dei Notari ubicata al primo piano del Palazzo dei Priori, …(中略)…, in Piazza IV Novembre a Perugia"、ペルージャのⅣ11月広場(→伊語版ウィキペディア該当頁)に面したプリオーリ宮1階にある公証人広間とのことです(プリオーリ宮(→伊語版ウィキペディア該当頁)にはウンブリア国立絵画館 Galleria nazionale dell'Umbria があるという)。

 講義が終わって教授と彼に話しかける学生ジェイン(スージー・ケンドール)たちは中庭に出ます。中庭は柱廊に囲まれ、その上は2階回廊がある。やや下からの視角です。ここはペルージャではなく"Palazzo Spada in Piazza Capo di Ferro a Roma"、ローマのカポ・ディ・フェッロ広場にあるスパーダ宮とのことです(→伊語版ウィキペディア該当頁。スパーダ宮にはスパーダ絵画館 Galleria Spada があるという)。
『影なき淫獣』 1973 約5分:ペルージャのⅣ11月広場   中庭を抜けると広場です。ここがⅣ11月広場 Piazza IV Novembre なのでした。向かいに広場から階段が2階のテラスまで直接あがる建物が見えますが、これが実はプリオーリ宮らしい。
『影なき淫獣』 1973 約6分:高架道路の支柱、下から

『影なき淫獣』 1973 約6分:高架道路の支柱、下から
 約6分、一転して近代的な高架道路の下です。夜です。かなり高い道路を下から見上げていたカメラは右下へ流れ、駐車中の車をとらえる。中では男女がさかっています。周囲には太いコンクリートの角柱が間隔も狭く林立している。ここで第一の殺人が起こるのでした。
『影なき淫獣』 1973 約9分:高架下
殺人者は顔をマスクですっぽり覆い、冒頭に映った人形のカットが挿入されます。
 続いて翌朝でしょうか、現場検証が行なわれています。高架道路が2本、間隔も狭く並行して走っていることがわかります。

 約12分、またⅣ11月広場です。スカーフを売る露店がありました。
『影なき淫獣』 1973 約13分:教会の側廊礼拝堂、奥にペルジーノ《ピエタ》 ペルジーノ《ピエタ》1483-1493頃
ペルジーノ
《ピエタ》
1483-1493頃
 約13分、教会内です。側廊礼拝堂の祭壇画はペルジーノの《ピエタ》です。ただしこの作品はフィレンツェのウフィッツィが蔵するものでした(右の挿図を参照)。
教会もペルージャのものではなく"chiesa della SS(Santissima) Trinità dei Pellegrini che si trova in Piazza SS Trinità 1 (Via dei Pettinari) a Roma"、ローマのサンティッシマ・トリニター・デイ・ペッレグリーニ教会のとのことです(→伊語版ウィキペディア該当頁)。
 ペルジーノの絵に見入っていた教授にジェインが話しかける。

『影なき淫獣』 1973 約14分:ペルージャ、チェザーレ・バッティスティ通りの橋  約14分、やや左上がりになった高いアーチ橋の上を2人が左へ歩いています。この橋はペルージャのチェザーレ・バッティスティ通り Via Cesare Battisti a Perugia にあるとのことでした。
『影なき淫獣』 1973 約14分:ペルージャ、階段坂 下から  屋外ののぼり階段が下から見上げられます。左上がりで奥の方で曲線をなして右に曲がる。そちらにはアーチ橋がかかっています。その向こうはアパート群でしょうか。手前左にもアーチが見え、やはり橋でした。
 続いて切り替わると、奥へ下っていく階段が上から見下ろされます。右には橋が奥へ伸びる。橋の下にはアーチ口が2つ見え、手前のアーチは階段の途中にあるらしい。左には家屋が迫っています。その内1つには右下がりの階段がついている。奥には壁か塀が見えます。
 ここで2人は別れ、教授は階段を上へ戻り、ジェインは階段途中の右のアーチ口に入ります。そのままカメラが右へ流れると、アーチのある橋の上が幅の狭い歩廊であることがわかる。
『影なき淫獣』 1973 約15分:ペルージャ 左にアッピア通り、右にアックエドット通り『影なき淫獣』 1973 約15分:ペルージャ 左にアッピア通り、右にアックエドット通り
橋の右も下りの階段でした。はしゃぎたくなるほど印象的なこの場面で、階段のあるのはペルージャのアッピア通り via Appia a Perugia、歩廊をなすのはアックエドット通り Via dell’'Acquedotto とのことです(日本建築学会編、『空間要素 世界の建築・都市デザイン』、井上書院、2003、p.166:「ペルージア」の図3参照)。
『影なき淫獣』 1973 約15分:ペルージャ 左にアックエドット通り、右にアッピア通り
 約16分、夜の車道に続くジェインの友人ダニエラの幼なじみステファノ(ロベルト・ビサッコ)と娼婦のエピソード、約18分、土産物屋から出ればⅣ11月広場を経て、
約19分、夜、大きな廃屋の中のかなり広い空間です。工場跡か何かでしょうか。音楽を演奏したり麻薬を嗜んだりしている若者たちがいる。 『影なき淫獣』 1973 約18分:工場跡(?)
 その中からジェインたちの友人キャロルが外へ出ると、向かいは野原がひろがっています。足もとは湿地になっているようです。そこから霧の林に入る。第2の殺人が起こります。やはり人形のカットが挿入される。
 約25分、壁に紋様装飾のある広間、プリオーリ宮1階にある公証人広間です。学生たちに捜査への協力が要請される。 『影なき淫獣』 1973 約26分:ペルージャ プリオーリ宮一階の公証人広間
 約27分、Ⅳ11月広場です。大きな噴水があります。ダニエラ(ティナ・オーモン)とジェインがいます。
 約28分、ダニエラの部屋です。曲線装飾の入ったガラス戸が複数ある。 『影なき淫獣』 1973 約30分:ダニエラと叔父のアパルトマン
同居する叔父は怯えるダニエラに、自分が出張の間友人たちと丘の上の別荘へ行ったらと勧めます。
『影なき淫獣』 1973 約32分:ペルージャ Ⅳ11月広場、上から  約31分、Ⅳ11月広場です。
露店の店主と警部が話す。広場の俯瞰をはさんで、店主は黄枠の公衆電話に入ります。
 約34分、ダニエラが広い門から車も通れそうな屋内の通路を手前に進みます。この門はⅣ11月広場をはさんでプリオーリ宮の向かいにあるカピトラーレ博物館 Museo Capitolare di San Lorenzo(Museo dell'Opera del Duomo)のものとのことです(→ペルージャの博物館のサイト内頁(追補:リンク切れ)。また→伊語版ウィキペディア該当頁)。 『影なき淫獣』 1973 約33分:ペルージャ カピトラーレ博物館の通路
 ダニエラは左の入口から中に入ります。 『影なき淫獣』 1973 約33分:階段への通路
階段が上から見下ろされる。右奥から入ってきてのぼります。白の半円天井と白壁です。 『影なき淫獣』 1973 約33分:階段、上から
あがって右へ、奥へのぼり階段が続く。 『影なき淫獣』 1973 約34分:階段の踊り場
背を向けてあがるさまが下から見上げられます。階段の突きあたりの壁には、上下階とも壁龕が刳られ彫像が配してありました。 『影なき淫獣』 1973 約34分:階段、下から
 右下から上がってくると右からステファノが現われます。振り切ってさらに上へ、あがると最上階のようです。やはり彫像を要する壁龕がありますが、その左右に窓が開いています。その前を左へ、突きあたりの扉に入ります。 『影なき淫獣』 1973 約34分:階段を上がった先の最上階
 室内が下から見上げられると、奥に左上がりの階段があり、上で折れてさらに左上へのぼっていく。 『影なき淫獣』 1973 約35分:ダニエラと叔父のアパルトマン、階段つき
『影なき淫獣』 1973 約38分:長屋風の廃墟と門  約37分、夜の廃墟でしょうか。門をくぐると中庭か、周囲を巡る囲む壁の下方に小屋らしきものが並んでいます。ここで懐に札束を入れた露店店主が車に追われる。
『影なき淫獣』 1973 約39分:ペルージャ ボンカンビ通り『影なき淫獣』 1973 約39分:ペルージャ ボンカンビ通りからオルソ通りへ
 約39分、左右を高い壁にはさまれた狭い路地が湾曲しながら奥へのぼっていきます。上の方には通りをまたいで左右の家屋をつなぐ橋状のものが見える。ジェインがここを上奥から下手前へおりてきます。
 おりた右で角となり、そこを曲がると先はまた上り坂です。やはり幅は狭く、奥に通りをまたぐ建物がある。きわめて印象的なこの眺めで、最初の下り坂はペルージャのボンカンビ通り
Via Boncambi a Perugia、次の上り坂はオルソ通り Via dell'’Orso とのことです。

『影なき淫獣』 1973 約39分:ペルージャ オルソ通り
 ジェインは上り坂の途中、左の建物に入ります。宙空を囲んで四角に折れ曲がる階段をあがります。カメラは下から反時計回りに回転する。 『影なき淫獣』 1973 約39分:ステファノのアパルトマンがある建物の階段、下から
 あがった先にステファノの部屋がありました。中には鸚鵡、白い人形があり、祖母が現われます。

 約42分、鉄道です。コンパートメントにダニエラと友人の黒人娘と白人娘がいる。入ってきた客はⅣ11月広場の土産物屋にいた人物です。
『影なき淫獣』 1973 約44分:タリアコッツァのオベリスコ広場 奥の岩山の山頂附近に別荘  約43分、タリアコッツォの広場です。オベリスコ広場 Piazza dell'Obelisco だという。ダニエラと2人娘がトラクターに乗って出発する。向こうに岩山が見えます。頂上に別荘がある。これは合成らしい。
『影なき淫獣』 1973 約44分:ペルージャ サンテルコラーノ通り  約45分、屋外の右下がり階段です。ジェインがおりてきます。手前で右下がりの欄干が交わっています。
おりた先に車が停めてある。ペルージャのサンテルコラーノ通り Via Sant'’Ercolano a Perugia とのことです。

 暗い階段をのぼる足もとが上から見下ろされます。鐘の音が鳴る。カメラは右へ、
『影なき淫獣』 1973 約45分:岩山の別荘、下から 岩山の上の別荘が下から見上げられます。別荘は方形で、右の正面に2階分の窓、角を折れて左の面には2連アーチが2階にありました。
 中にダニエラと2人娘がいます。
 約46分、道ばたの給油所でアンセルミ荘は?とジェインが尋ねると300mもないとの答えです。
 約47分、別荘の居間にジェインが到着します。
 約48分、村の広場をはさんで、
『影なき淫獣』 1973 約48分:岩山の別荘=コルコッレ城 約49分、別荘の正面外観が映されます。左右から中央へのぼり階段がのびてきて、2階の高さで合流するという印象的な意匠です。階段上には半円アーチが3つ並び、壁は白っぽい。コルコッレ城であります(現在はレストランになっているようです→公式サイト。また上掲"LA VILLA/CASTELLO DI CORCOLLE"によると、『真昼の用心棒』(1966、監督:ルチオ・フルチ)、『ガンマン無頼』(1966、監督:フェルディナンド・バルディ)、『二匹の流れ星』(1967、監督:ロモロ・グェッリエリ)などのマカロニ・ウェスタンに登場するとのことでした)。
 居間の奥には2連アーチが見え、その向こうに右上がりの階段があります。居間の周りはガラス戸が囲っており、後に外側を狭い通路の巡っていることがわかります。
『影なき淫獣』 1973 約50分:別荘の一室+ブロンズィーノ《ビア・デ・メディチ》 ブロンズィーノ《ビア・ディ・コジモ・デ・メディチ》1524頃
ブロンズィーノ
《ビア・ディ・コジモ・デ・メディチ》
1524頃
 
 約50分、2人娘の部屋です。壁にかかっているのはブロンズィーノの少女像《ビア・デ・メディチ》でした(右の挿図を参照)。
 2人娘がいちゃつくさまを村の男が覗いていました。彼は口がきけないようです。しかし黒手袋にナイフの別の人物に気づきます。別荘の前庭に左右へ塀が伸びる門のあることがわかります。
 約52分、村の男は暗い路地を逃げます。ゆるい下り坂を右へ進む。
『影なき淫獣』 1973 約52分:村の路地 『影なき淫獣』 1973 約52分:村の路地
奥に広場がありました。手前右の仕事場兼寝床に逃げこみます。
 約55分、朝の配達がありました。  『影なき淫獣』 1973 約55分:岩山の別荘=コルコッレ城
門の上に鋸歯胸壁が3つあることがわかります。
ジェインは階段を転げ落ち脚を痛めてしまう。 『影なき淫獣』 1973 約55分:別荘 階段、下から
『影なき淫獣』 1973 約55分:別荘 玄関側から見た階段 『影なき淫獣』 1973 約56分:別荘 ガラスか鏡に映る階段
『影なき淫獣』 1973 約56分:村の広場と物見のある建物  約56分、岩山の別荘を下から見上げるカメラは右下へ、村の家並みの屋根付近を撫で、奥の建物に達します。中央が高くなったその上に物見、右に渡り廊下のようなものがあり、
『影なき淫獣』 1973 約56分:広場に面した建物の通廊状の屋上 右の方で双眼鏡を覗く人物がいました。ステファノです。
 約57分、往診に来た医師は土産物屋や列車のコンパートメントにいた人物でした(リュック・メランダ)。
『影なき淫獣』 1973 約58分:左に別荘の門、右に倉庫(?) 彼が別荘を出ると本棟の向かい、門のある壁の右に石造の2階屋があります。
 約58分、モンテ・ジェラート滝群での水浴びを経て、後の場面は主に別荘内で展開します(追補:右下に引いたのは少し前の場面から)。
『影なき淫獣』 1973 約57分:別荘内 奥に階段 『影なき淫獣』 1973 約1時間4分:別荘 居間の裏にある通路状空間
真犯人の襲来と脚を痛めていたため気づかれず、しかし動きもままならないジェインに焦点が当てられる。居間の奥から2階に上がる階段も重要な役割を果たします。最後には上から斜めに階段がとらえられ、右に真犯人、左にジェインが配されたりする。 『影なき淫獣』 1973 約1時間27分:別荘 階段
 一方随時はさまれる村の場面では、下から鐘が見上げられ、
『影なき淫獣』 1973 約1時間1分:タリアコッツァのオベリスコ広場 かなり高い位置から と思えば広場が俯瞰される。
『影なき淫獣』 1973 約1時間12分:広場に面した屋根付き通廊 木製天井の回廊を医師が歩く場面もありました。
 クライマックスでは納屋のようなところに移動します。門の右手にあった小屋ということでしょうか。屋内は石造の半円天井でけっこう広そうに見える。奥にも扉口がありその外はすぐ崖のようなのでした。 『影なき淫獣』 1973 約1時間29分:別荘 門の右の倉庫(?)
Cf.,

安井泰平、『ジャッロ映画の世界』、2013、pp.348-349

二階堂卓也、「十八人目 セルジオ・マルティーノ 映画居酒屋マルティーノ亭大繁盛」、『マカロニ・マエストロ列伝 暴力と残酷の映画に生きた映画職人たち』、洋泉社、2005、pp.240-249、
 本作については p.243


殿井君人、「セルジオ・マルティーノ エロ、グロ、兇悪さがウリの、最後の娯楽職人」、、『イタリアン・ホラーの密かな愉しみ』、2008、pp.184-187、また p.119

Danny Shipka, Perverse Titillation. The Exploitation Cinema of Italy, Spain and France, 1960-1980, 2011, pp.93-94, 109

Jonathan Rigby, Euro Gothic: Classics of Continental Horror Cinema, 2016, pp.233-234
 
 2016/8/20 以後、随時修正・追補
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