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さらば美しき人
Addio fratello crudele
    1971年、イタリア 
 監督   ジュゼッペ・パトローニ・グリッフィ 
 撮影   ヴィットリオ・ストラーロ 
編集   フランコ・アルカッリ 
 美術   マリオ・チェローリ 
    約1時間45分 
画面比:横×縦    1.85:1
    カラー 

VHS
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 この作品は大昔、たしか名画座で見た憶えがあります。クライマックスの急転直下とともに、その導入で主人公が駆け抜ける長い廊下、随所に登場するやたらモダンに見える木造の内装、最後の場面で仇役が身につける奇妙な拘束衣だか何だかが印象に残りました。後にVHSで再見した時の記憶とごっちゃになっている可能性は少なくありませんが、少なくともソフトを手にとろうと思うだけの何かは刻みこまれていたのでしょう。ともあれ以上以外にも古城映画的に愛でるべき細部に事欠きません。超自然現象は起こりませんが、手短かにとりあげることにしましょう。

 血塗られたクライマックスは、誇張されまた顛末も改変されているとはいえ、原作に由来するものです。西部劇の巨匠ならぬ17世紀初頭に活動した戯曲家ジョン・フォード(1586-1639頃)による『あわれ彼女は娼婦』(1627頃)がそれなのでした。下掲の邦訳が収録された『世界文學体系 89 古典劇集★★』(1963)の「解説」(倉橋健)では、この作品は「恐怖と流血の悲劇」の項にくくられており(pp.405-406)、先立つシェイクスピア(1564-1616)の『マクベス』(1606頃→本作と同年に公開されたポランスキーの映画版など参照)などとともに、時代の徴候の少なくとも1つではあるのでしょう。他方でそれは、後のゴシック・ロマンスやグラン・ギニョールにつながっていく。
 なお原題は「さらば、むごいお兄さま」の意味で、ヒロインの最後の台詞ですが、原作から引き継がれたものです(第5場、下掲の邦訳 p.228)。邦題がおそらくは肯定的な形容詞つきでおそらくは女性を指すものに差し替えられているのは、奇妙とも面白いとも見なせるでしょうか、


 全篇を通じてエンニオ・モリコーネによる哀調を帯びた旋律が鳴り響きます。またほぼ全篇を通じて白っぽい空を撮影したのはヴィットリオ・ストラーロです。ストラーロは先だってはアルジェントの監督第1作『歓びの毒牙(きば)』(1970、音楽はやはりモリコーネ)でカメラを担当、その後何かとメジャーな作品を担当しています。[ allcinema ]などでご確認ください。
 ヒロインを演じたシャーロット・ランプリングの数多い出演作から、ジャンル映画としては『未来惑星ザルドス』(1974、監督:ジョン・ブアマン)や『エンゼル・ハート』(1987、監督:アラン・パーカー)、『ゴッド・ディーヴァ』(2004、監督:エンキ・ビラル)などが挙げられるでしょうか。『スイミング・プール』(2003、監督:フランソワ・オゾン)もジャンル映画とは呼べないにせよ、奇妙なお話でした。気づきませんでしたが、主人公兄妹の父親役に扮したリク・バッタリアは『亡霊の復讐』(1965)に出ていたそうです。ちなみにこの映画もモリコーネが音楽でした。

 [ IMDb ]にはロケ先としてヴェネト州ヴェローナ県フマーネのヴィッラ・デッラ・トッレ(=カッツォ-ラ) Villa della Torre-Cazzola, Fumane, Verona, Veneto(→公式サイト、またイタリア語版ウィキペディア該当頁→こちら)とエミリア=ロマーニャ州パルマ県ランギラーノのトッレキアーラ城 Castello di Torrechiara, Langhirano, Parma, Emilia-Romagna(日本語版ウィキペディアの該当頁→こちら)が挙げられています。前者は主人公たち一家の館で、庭園や特徴的な顔型暖炉などを画像検索等で見ることができます。クライマックスの舞台となるソランツォの城は後者で撮影されたようです。作中では外観全景は映りませんが、画像検索等で見るとなかなかかっこうのいいお城であります。『レディホーク』(1985、監督:リチャード・ドナー)もここでロケされたそうで、撮影も同じストラーロとのこと。
 これ以外にもヒロインがソランツォに責め立てられる場面では、図版をよく見かけるヴェロネーゼのだまし絵が映ります(その一部は下の「おまけ」あるいは→こちらに拡大画像で参照ください)。パッラーディオが設計したヴィッラ・バルバロないしヴィッラ・ディ・マゼールの十字の間にほかなりません(英語版ウィキペディア該当頁は→こちら、また→公式サイト)。ヴェロネーゼやパッラーディオ、だまし絵(トロンプ=ルーユ)に関心のある方はぜひご確認ください(またイタリア語で不勉強のため中身はよくわからないのですが、ウェブ上で出くわした"LOCATION VERIFICATE: Addio fratello crudele (1971)"([ < il Davinotti ])を参照)。


 タイトル・バックは真っ白な空に下から見上げられた林です。モリコーネのテーマ曲が流れる中、柳に替わりますが、やはり空は白い。先にも触れたように本作では空はほとんど白く、時に霧がかかります。
 兄ジョヴァンニ(オリヴァー・トビアス)のアップが真正面からとらえられたのに続いて、数段あがればテラスになるそこは、石製の大きな球をのせた台座がいくつも並び、欄干が奥に伸びている。台座も球も白っぽい。球を載せた台座はこの後も何度となく映りますが、ヴィッラ・デッラ・トッレの庭園のものでした。
 兄を見かけた妹アンナベッラ(シャーロット・ランプリング)があれは誰?と問うので、兄妹は長い間会っていなかったようです。兄はボローニャにいたという。なお原作では舞台はパルマですが、映画版の日本語字幕には記されませんでした。妹の背後で何やら水が上から落ちています。
 兄と彼が話しかけている修道僧(アントニオ・ファルシ)に戻ります。修道僧は後に名がボナヴェントゥーラと知れる。邦訳で読むかぎり原作ではボナヴェントゥーラは兄の師の立場にいる人物ですが、映画版では同年配でした。
 二人がいるのは右で庭に面した回廊で、左は壁です。修道院でしょうか。庭沿いの列柱は角が削がれ、八角形らしい。正面から奥へ伸びる回廊の突きあたりは木の塀で塞がれています。規則的に方形の穴が穿たれており、後にこれが何かわかります。手前では幾本か細い柱を立て、その間に紐を何重にも張ってありました。どういうものなのでしょうか。
 二人が手前へ進むと、奥で右に2階建ての棟が伸び、その先でいったん途切れて先の棟より少し高い円形の建物が見えます。
 進んだ先には大きな半円アーチの開口部のある塀が左右に伸びる。そこをくぐると道沿いに川があり、兄は舟に乗りこみます。

 約9分、獅子頭状暖炉です。正面から捉えられる。少し後には人面状暖炉が登場しますが、いずれもヴィッラ・デッラ・トッレにあるものらしい。『生きた屍の城』(1964)にも登場したボマルツォの森の《地獄の口》が思い浮かばずにいませんが、こうしたデザインはけっこう広まっているのでしょうか。
 ここは兄の部屋でした。兄の背後の壁は、明暗の濃さが異なる細い縦縞で覆われた木製のもののようにも見えましたが、少し手前に出た柱と少し奥まった溝とが交互に並んでいるらしい、段差のある部分だけでなく、壁の他の部分や扉も白木の板張りでした。後の場面では、同じ部屋に4分の1円の小テーブルがあり、その上に4分の1円の枠組みが立ててあったり、またそれよりは小さい石製の白い格子ものっています。別の小テーブルには何やらドーム状の白いものがのせてあったりする。合わせて先に触れたようにとてもモダンに見えるインテリアの1つでした。これはもとからあるのか、映画のために設えたものなのでしょうか。気になる点であります。


 板張りの壁の一部は開くようになっており、開ければ大窓です。外側に格子状の柵がついています。
 扉から出れば広い廊下でしょうか、壁は白い。
 廊下をはさんだ向かいに妹の部屋があります。こちらの壁は大きな斜め格子で区切られている。格子は緑で、その中央に赤が走っています。
 侍女が右から左へ進むと、何やら木製の切抜人型のようなものがいくつも見えます。後の場面でこれらは床より数段高くなったベッドの周りにあることがわかりますが、いずれにせよ奇態な眺めでした。
 侍女が左で扉を開くと、向こうの奥に大きな人面型暖炉が見えます。先の獅子面とは別のようです。侍女は扉から出て、右から左へ横切ります。妹の部屋と人面暖炉の部屋の間は、円に近い多角形に設えた木製の柱が何本も立ち並んでいました。やはり白木に見えます。これもまた目を引く眺めであります。奥の方に扉口が見える。
 侍女が人面暖炉の部屋に着いて振り返ると、向かいの妹の部屋のちょうど向かいあう位置にも人面暖炉のあることがわかります。
 妹は木製列柱の間を奥へ向かう。侍女は人面暖炉の部屋を奥へ、その先で二人は合流します。古城映画的快感であります。広間でしょうか。左で屋外に通じている。
 中庭でした。噴水があります。さらに外へ出る。右奥で棟が伸びており、鉄格子のついた窓が並んでいます。先で数段のぼります。あがった左右に欄干が伸びており、端では上に球を載せています。この時奥、出てきた側が見えました。三角屋根の門の左右に壁が伸び、その左奥と右に棟が建っている。いずれも白っぽい。ヴィッラ・デッラ・トッレにほかなりません。
 上に球の並ぶ欄干が右に伸び、妹は手前に出る。先には粗石積みの塀があり、方形の扉口が開いています。
 妹は屋内に戻ります。侍女が待っていました。奥に半円アーチの壁龕があります。
 2人は扉の中に入りますが、先の部屋は何やらいたるところに植物だか何かが吊り下げられていました。何らかの装置もあり、妹はそれに寄りかかる。


 約15分、霧で真っ白な野原を馬に乗った人物が駆け抜けます。修道院に着く。騎馬の男はソランツォ(ファビオ・テスティ)、兄や修道僧とは旧知の間柄らしい。
 中庭に大きな井戸があります。修道僧にすげなくされた兄はそこに飛びこみます。井戸は涸れており底には泥が溜まっていました。
 回廊突きあたりの方形の穴が規則的に穿たれた木製の塀で、穴に鳥籠を入れることがわかります。鳩小屋ということでしょうか。
 雨が降る。井戸の底にも届きます。パイプ・オルガンの曲が流れる。

 約23分、兄の部屋です。窓の外は道をはさんで川だか池だか濠だかになっており、右奥から左へ橋がかかっています。後の場面で橋は複数あることがわかる。欄干の柱はやはり球を載せています。
 兄妹は散歩に出る。空は白く、薄く霧がかかっています。先で粗石積みの低い塀が伸びており、塀の上にはひねこびた蔓が垂れていました。
 約31分、粗石壁の部屋です。蠟燭だらけで、こちらは白大理石製らしき切抜人型が並ぶ。母の墓があるとのことですが、グロッタでしょうか、これもヴィッラ・デッラ・トッレにあるもののようです。
 妹の部屋です。右に人面暖炉、左に1~2段上がって寝台となる。床には布でしょうか、乱雑に敷かれています。また天井と壁の境が波状というのかギザギザ状になっています。やはりヴィッラ・デッラ・トッレのデザインでした。
 2人が扉から出て中庭の手前まで来ると、中庭を囲む柱は角を丸めた大きな平石を積みあげたものでした。同じくヴィッラ・デッラ・トッレにある。向かいの扉口で兄妹の父(リク・バッタリア)が約36分にして登場します。妹の侍女とできているらしい。
 妹は大きな鳥籠がいっぱいを占める部屋に入ります。兄が追う。

 2人で乗馬する。木立は葉が落ちている。始めて空が薄く青みを帯びています。
 左に白い旗をつけた柱が無数に立てられている。風で旗が左になびいています。何か用途があるのでしょうか。空は白に戻り、地面は砂のようです。
 向こうは川でしょうか、奥の方に白旗群の見えるその手前、木製の格子が組まれ、左右に低い板が長く伸びている。手前にも少し伸びています。格子組みの中央には縄を巻いた輪が配されていました。こちらもどんな用途なのでしょうか。


 約45分、木製列柱の間で妹とソランツォが話します。
 約48分、兄と修道僧です。門の先はまっすぐ道が伸び、左右に葉の落ちた木が並ぶ。水路も道に沿っているようです。
 約51分、白壁の部屋が下から見上げられる。扉口の上は黒っぽい。天井には大きく半円、長円、円がいくつも刳りこまれています。右奥の扉口から光が射しこんでいる。ここで修道僧とその上司が話します。上司は原作の枢機卿のあたるのでしょうか。
 約52分、妹と修道僧、それに兄もいます。川辺です。修道院には戻らない、信仰が揺らいだと修道僧はいいます。舟で去る。
 約56分、木製列柱の間です。兄がいる。鐘の音が響きます。妹とソランツォの結婚式でした。

 約57分、初夜です。壁は細かく格子状に分割され、そこに斜め格子が交叉する。浮彫もあります。壁の上半には壁画が描かれているようです。この部屋はトッレキアーラ城に実際にあるものらしい。妹の拒否にソランツォは引きさがります。


 約59分、自室の兄です。窓の外では雪が積もっている。母の墓のあるグロッタ、蠟燭だらけの妹の部屋、白旗群の砂丘と彷徨します。丘の向こうに低く見えるのは夕陽でしょうか。

 約1時間2分、古城映画的山場です。真っ暗な画面の右やや下に扉口が開き、その向こうは白い半円アーチが高く連なっているようです。手前の床で少し右下がりの光の線が左右を貫いている。扉口の奥から進んできた男が手前で左へ曲がる。
 切り替わると真っ暗な中、奥に方形の扉口が開いています。光はやはりその向こうから射し、すぐに上りの階段になっている。男は背を向けそちらに向かいます。
 約1時間3分、湖に何やら方形の渡し舟らしきものが見えます。湖を望む望楼がある。妹がいます。望楼は湖に着きだしており、岸との間を鋸歯型胸壁の並ぶ歩廊が結んでいる。城壁の左で水面にくだる部分も見えます。
 切り替わると左に鋸歯型胸壁、その右に狭い歩廊が沿っています。歩廊のすぐ右下は下へ落ちている。右奥から進んできたソランツォが左前へ向かいます。
 城壁で囲まれた水面が俯瞰される。網釣りが行なわれています。ソランツォと従者が城壁の内側の狭い通路を進みます。途中で数段あがる。
 半円アーチの奥に歩廊が伸びています。左側は半円アーチが連なっており、屋外に面している。天井は左下がりの板張りです。妹が手前から奥へ進む。
 方形渡し舟が着きます。格子状の枠組みの中、馬が何頭も乗っている。塀に囲まれた草地で馬が交尾する。それを妹とソランツォが見ます。
 初夜の際に出てきた格子張りの部屋です。薄暗い。扉の向こうには壁画付きの白い空間がのぞいています。格子張りの部屋を抜けて3段ほど上がればバルコニーでした。けっこう広い。途中で欄干に区切られている。ここで妹と追ってきたソランツォが話します。バルコニーはトッレキアーラ城にあるようですが、先立つシークエンスも同じ城で撮影されたのでしょうか?


 約1時間9分、2人はヴェネツィアに来る。空が白いのは変わりません。ゴンドラから豪華な宮殿に入る。奥へ伸びる廊下の左右に彫像が並んでいます。
 壁画付きの寝室です。妹とソランツォはようやく愛を交わしますが、妹が気を失なってしまう。急いで医師が呼ばれます。暗い廊下を進む。
 約1時間15分、ヴェロネーゼのだまし絵に囲まれたヴィッラ・バルバロの十字の間であります。薄暗い。ソランツォは怒り狂います。皆殺しにするという。


 約1時間18分、道で馬に乗った兄と修道僧が出会います。修道僧は先の別れの際の言葉どおり、兄を無視します。
 約1時間21分、ソランツォの従者が数段おりて暗い通路を進み、兄と父を招待しに訪れます。ちなみにこの従者は原作のバスケスにあたるのでしょうが、原作ほど大きな役割は与えられていませんでした。


 約1時間22分、古城映画的山場その2です。黒い鍔広帽に黒いマントの男が、舟で壁沿いに進みます。板橋の下をくぐる。
 水面に対し左の壁の半円アーチ開口部から屋内に入る。壁は白っぽい。右上がりの階段をのぼり、上で折れ、板張りの床の上に立ちます。兄でした。カメラは左下から右上へ、次いで少し左へ振れば床の下から上を見上げる。
 左が壁になった狭い歩廊を奥から手前へ進む。手前と奥で半円アーチ開口部にはさまれています。
 螺旋階段が上から見下ろされる。兄がのぼってきます。カメラは右下から左上に振られる。あがった先の天井は板張りでした。
 大窓の前に来ます。両開きの窓は中央で少し凹んでいる。そのため兄の像が左右に2つ映ります。本人は手前で背を向けている。大窓を開くと妹がいました。手前は前に出てきたバルコニーだったわけです。
 中は格子張りの部屋です。バルコニーから数段下り、ベッドには数段あがる。
 約1時間28分、「さよなら(むご)い兄上」という先に触れた原題の台詞が発せられます。


 約1時間29分、廊下です。やや下からの視角で、右に並ぶ窓から光が入ってくる。左にも窓があるようですが、カメラがやや右向きではっきりは見えない。ただ床に光を落としています。天井は横に梁が並ぶ板張りでした。ここを兄が片手で何かを差しあげながら前進します。カメラは後退する。足音が響きます。廊下はかなり長い。
 約1時間30分、廊下の先に幅が狭くなった開口部があります。一面に木の棘々がはえでており、次の部屋との間で小部屋をなしている。
 棘々小部屋を抜けて手前を左に向けば、奥に細長い部屋が伸びていました。奥から見て右に窓が並び、左側はやはり壁のように最初は見えますが、すぐにやはり窓の並んでいることがわかります。窓と窓の間は壁画に覆われている。部屋の左右に白布をかけた長テーブルが配され、それぞれ壁よりで客たちが席についています。2列のテーブルの間・中央にはより細い長テーブルがあり、上に蠟燭が並んでいる。
 兄とのやりとりを経てソランツォは、「誰一人生かしておくな」と命じる。逃げ惑う客たちに刺客が襲いかかります。兄が走り抜けた長い廊下に婦人たちが逃げてくる。その内一人は螺旋階段をおりていきます。棘々小部屋で兄とソランツォが争う。
 細長い食堂を黒犬とともに、右から左へカメラは滑る。黒犬は長い廊下、次いで妹の部屋へ行きます。

 約1時間41分、厩のようです。男たちが兄の亡骸を肩の上に差しあげながら運んでいく。ソランツォは白いあばらのような拘束衣をつけている。どういうものなのでしょうか。讃美歌風の曲が流れます。
 ソランツォの手前には長テーブルが伸びています。左右に白い角柱が並ぶ。背後では白布の奥に暖炉があるようです。修道僧が現われます。


 クライマックスの前までは一見、原作より近代化された心理描写が綴られます。妹に受けいれられようとそれなりに努力するソランツォの姿も、まったく同情を引かないわけではない。もっとも兄妹の感情の動きには、顧みれば飛躍があるような気もします。ともあれ心理劇は急転して宿命劇に変じる。一族皆殺しなどという挙に出てその後どうなるんだという点はおくとして、神の不在下での宿命の成就になにがしか説得力があるとすれば、それは人物の心理の展開ではなく、視覚的な様相によってもたらされたのでしょう。兄妹の館、修道院、ヴェネツィアの宿、ソランツォの城とそれぞれの周辺以外は、村なり町といった人家の集まるところが一切出てこない中、ほぼ終始薄ら寒い空の白さ、白旗が無数に並ぶ砂丘などとともに、廊下や螺旋階段など古びた様相とモダンな感触の寄木細工が共存する2つの城が舞台であることによって、本作はその存在を支えられているのではないでしょうか。
Cf.,  原作については;
ジョン・フォード、小田島雄志訳、『あわれ彼女は娼婦』、『世界文學体系 89 古典劇集★★』、筑摩書房、1963、pp.191-230
原著は
John Ford, 'Tis Pity She's a Whore, 1627?

ちなみに同書には他に;
トマス・デッカー『靴屋の祭日』/フランシス・ボーモント、ジョン・フレッチャー『乙女の悲劇』/ジョン・ウェブスター『モルフィ公爵夫人』/トマス・ミドルトン、ウィリアム・ロウリー『チェインジリング』//
ティルソ・デ・モリーナ『セビーリャの色事師と石の招客』/ル・サージュ『チュルカレ』/ヤーコプ・ミヒャエル・ラインホルト・レンツ『軍人たち』/アレクサーンドル・セルゲーエヴィチ・グリボエードフ『知恵の悲しみ』など、416ページ。


近親相姦と同性愛の違いはあれど、同様にそれぞれの社会からはじきだれた恋がいささか唐突な展開に転じるのが;
『中国の植物学者の娘たち』、2006、監督:ダイ・シージエ

おまけ   ヴェロネーゼ ヴィッラ・バルバロの十字の間のフレスコ 1560-61
ヴェロネーゼ
ヴィッラ・バルバロの十字の間のフレスコ
1560-61


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 2016/06/18 以後、随時修正・追補
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