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『Meigaを探せ!』より、他・出張所

サスペリア

  エッシャー《空と水》(1938)

  エッシャー《物見の塔》(1958)など

  ビアズリー《ワイルド『サロメ』挿絵》(1894)より

  インテリア

  ファサードと一階(?)

  廊下巡り三度
1977

■ ダリオ・アルジェント、野村雅夫+柴田幹太訳、『恐怖 ダリオ・アルジェント自伝』、フィルムアート社、2023

中の『サスペリア』についてのくだりの中に、

 「さらに私は、錯覚のいたずらを作り出そうとした。舞台のあちこちにM・C・エッシャーの絵を配置したのは偶然ではないのだけれど、はじめはほとんど誰もそれに気がつかなかった」(pp.246-247/「火山の麓で」)

と記されていました。はて、あったっけ、と探してみると、以前「カッヘルオーフェン - 怪奇城の調度より」の頁で引いた場面に出てきていながら(下左→こちら)、まるっきり気がついていなかったのはいつに変わりません。部屋の壁に描かれた飛ぶ鳥たちがエッシャー由来なのでした(下右も同じ場面から)。
『サスペリア』 1977 約10分:パットの友人のアパート、窓の左にカッヘルオーフェン 『サスペリア』 1977 約9分:パットの友人のアパート
 『ヘルレイザー2』に登場した《昼と夜》(1938→こちらの2)、再びかといさみかけましたが、そこでの鳥たちが斜め上から見下ろされていたのに対し、ここではほぼ真横から捉えられているようです。とこうする内に、

 山崎圭司+別冊映画秘宝編集部・編、『謎の映画 洋泉社MOOK 別冊映画秘宝』、洋泉社、2017

でも『サスペリア』のことを取りあげていた、というか表紙の図版に用いていたなと引っぱりだしてみれば、巻頭記事「ショック映画『サスペリア』39の謎」できちんと記してありました。「④ エッシャー街に建つ魔女学院」の項です(p.3)。

 「女子学生寮の壁紙は白い魚と黒い鳥が交錯する『空と水(映画では黒白を反転処理)』だ」

とのことです。まるっきり忘れていました。ともあれエッシャーの作品については;

 Sky and Water, 1938 (LW306) [ < M.C.Escher. The Official Website ]( > "Visit Our Online Gallery" > "Collection";以下同様)

また;

 岩成達也訳、『M.C.エッシャー 数学的魔術の世界』、河出書房新社、1976、図13-14、作品解説(M.C.エッシャー) p.5/nos.13-14

 ブルーノ・エルンスト、坂根厳夫訳、『エッシャーの宇宙』、朝日新聞社、1983、pp.43-44

 M.C.エッシャー、坂根厳夫訳、『無限を求めて エッシャー、自作を語る』(朝日選書 502)、朝日新聞社、1994、p.57

などを参照ください。

■ さて、「ショック映画『サスペリア』39の謎」の「④ エッシャー街に建つ魔女学院」は、

 「スージーが留学するバレエ学校の住所はエッシャー街。もちろん架空の番地だが、学園内はだまし絵で有名なオランダ画家エッシャーのモチーフで彩られている。優雅な応接間の壁面には『物見の塔』」(同上)

と始まって、上の箇所につながります。ただ指定された場面を見ると、あれっと疑問符が浮かびました(下左右)。《物見の塔 Belvedere 》(1958、LW426)は元の勤め先も所蔵しており、実質はどうであれ、多少馴染みがないわけでもないと思いこんでいただけに、映画に出てきた壁画とは違うのではないかと思ったのです。
『サスペリア』 1977 約56分:応接間ないし副校長のオフィス 『サスペリア』 1977 約1時間26分:応接間ないし副校長のオフィス
 映画で見られる壁画に描かれた景色は、丘を覆うようにたてこんでおり、いくつもの半円アーチが並び立っては、その間を階段が縫っています。アーチのある壁と階段の配置は《凸面と凹面 Convex and Concave 》(1955、LW399)あたりに近いのではないかと思ったりもしましたが、映画版では山型をなして上下がはっきりしているのに対し、《凸面と凹面》の場合、『ラビリンス - 魔王の迷宮 ー』(1986)で用いられた《相対性》(1953)のように(→そちら)上下が反転するわけではないものの、これは《相対性》同様、画面の上下左右にかかわりなく、描かれた建造物は画面全体の前面にせりだすように配されています。そのため画面のどこか局所的にではなく、いたるところで凹凸がたえず反転し続けることになるのでしょう。

 ちなみに映画の壁画中、右下の階段からつながっているのかどうか、少し上にある階段は、螺旋階段風に湾曲しているように見えます。エッシャーの画面の内、《昼と夜》や《空と水》のような紋様的性格が強いものではなく、《凸面と凹面》、《相対性》であれ《物見の塔》であれ、少なくとも見たところ三次元的なヴォリュームのある建物等を描いた系列では、階段がしばしば導入されます。ただ《凸面と凹面》であれば、下方の三つの階段のように、左右対称に弧をなすものを除けば、螺旋階段のように曲がっていく階段はあまり見られないようです。《凸面と凹面》や《相対性》、それに《物見の塔》その他、直線として伸びるものが多い。曲がるにしても踊場を介して直角をなす。曲線的な螺旋階段が、空間の連続する起伏に寄り添ってうねるのだとすれば、始めと終わりがはっきり区切られた直線状の階段は、空間に対して不連続な目盛りとして切りこむ。それらをいくつも散らばらせることで、描かれた空間全体が、より大きな外部によって包みこまれており、現実には不可能なあり方をその外部が許容するのでしょう。

 戻って映画版壁画の上の方でいくつも並ぶドーム状の屋根は、確かに《物見の塔》における、すぐ下の半円アーチに支えられた三基のドームに通じています。一見結びつきそうにない - と当方には思えた - 《物見の塔》との共通点の指摘の方こそ、穿っているのかもしれません。エッシャーの画面をそのまま写すのではなく、状況に合わせて改変してあるのでしょう。ともあれ《物見の塔》と《凸面と凹面》はそれぞれ;

 前掲『M.C.エッシャー 数学的魔術の世界』、図56、作品解説(M.C.エッシャー) p.9/no.56、
    および図74、作品解説(M.C.エッシャー) pp.11-12/no.74

 前掲ブルーノ・エルンスト、『エッシャーの宇宙』pp.136-139、および pp.127-134

 前掲M.C.エッシャー、『無限を求めて エッシャー、自作を語る』、pp.106-107、および pp.94-95

などを参照ください。また"suspiria"と"escher"で試しに検索してみたところ、次のような頁が見つかりました;

 John Coulthart, "Suspiria details", 2015/11/06, [ < {feuilleton} ]

 (20) Art Into Film on X: "Suspiria 1977 Dario Argento (means sighs in Latin) #artinfluencesfilm Relativity 1953 Bird/Fish 1938 Art replicas painted on the walls https://t.co/n8qWBl8508" / X (twitter.com), 2016/12/21

さらに;

 Rebekah Bustos、"Horror, Colour and Design in Dario Argento’s ‘Suspiria",.Thesis. Submitted to the Faculty of Creative Technologies in candidacy for the BA (Hons) Design for Stage and Screen, Institute of Art Design and Technology, Dún Laoghaire Faculty of Creative Technologies, 2021 [ < Institute of Art Design and Technology

p.22 note 7 で挙げられていたのが;

 Giulio L. Giusti, "Expressionist Use of Colour Palette and Set Design in Dario Argento’s Suspiria (1977)", Cinergie – Il Cinema e le altre Arti, no.4, 2016.11.1, pp.154-165 [ < Cinergie – Il Cinema e le altre Arti
 DOI : https://doi.org/10.6092/issn.2280-9481/7375
■ エッシャーの《空と水》や《物見の塔》以外の指摘もなされており、たとえば Giulio L. Giusti の論文では、《物見の塔》に結びつけた壁画について、《相対性》との関連を示唆しています(p.162)。これら以外にも『サスペリア』におけるエッシャーの使用について述べるウェブ・ページはいろいろあることでしょうが、ひとまずは擱くとして、ただ、『謎の映画』の「ショック映画『サスペリア』39の謎」に戻れば、「㉒ 副校長ジョーン・ベネットと『扉の陰の秘密』」(p.10)で、先の壁面のある「応接間」にしつらえられた衝立が、ビアズリーの《ワイルド『サロメ』挿絵》(1894)で飾られていると記してあります。  * 上掲 Rebekah Bustos 論文では「マダム・ブランのオフィス」と呼ばれています。マダム・ブランはジョーン・ベネットが演じた役名で、『扉の蔭の秘密』(1947)は本サイトでも取りあげた、ベネット主演のゴシック・ロマンス調の映画→あちら 
 右の場面では格子状衝立の左側に縦長の楕円形の鏡が掛けてあって、画面の手前に位置するタナー教師 (アリダ・ヴァリ)とその背後の赤い壁が映っています。その右が《ヨカナーンとサロメ》から左半、洗礼者ヨカナーン(ヨハネ)を描いた部分を切りとったものです。 『サスペリア』 1977 約56分:応接間ないし副校長のオフィスの衝立
 この場面のほんの少し前、エッシャー風壁画が映ったところ(→ここの下左)では、さらに右にもう一点映っていました。こちらは《サロメの化粧Ⅱ》を楕円形にトリミングしたものですが、下半での黒と白のバランスが変えられているようにも見える。

『サスペリア』 1977 約56分:応接間ないし副校長のオフィス
* 『ビアズリー展』図録(新宿・伊勢丹美術館、ナビオ・ギャラリー、岡崎市美術館、船橋・西武美術館、1983

では《サロメの化粧 Ⅰ》(cat.no.54)となっていますが、

 大城茉里恵、「オーブリー・ビアズリーによる『サロメ』の『無関係な』挿絵」、『成城美学美術史』、no.25、2019.3.20、pp.1-21 [ < 成城大学リポジトリ

に合わせておきます(図8/p.15)。
  
 すぐに続くタナーが退出する場面(上)から格子状衝立が左右にあることがわかります。左端にあるのは《黒いケープ》でしょう。右端は《ヨカナーンとサロメ》のヨハネのようにも見えますが、はっきりしない。ここではエッシャー風壁画が手前に来て、副校長が右から左へ、本作の主人公スージー(ジェシカ・ハーパー)が左から右へ入れ替わっているので、左の衝立は前の場面で右に映っていたものとなります。すると《黒いケープ》による画面は、《サロメの化粧Ⅱ》による画面のさらに右に位置しているのでしょうか。 
 後の場面では、壁画に向かって左側の衝立が映りました(右)。楕円形は四点、はっきりわかるのは右から二番目で、《踊り手の褒美》です。その左は《孔雀の裳裾》の左側の人物らしく、上掲"Suspiria details"には、他の人物に合わせて、ローブが黒塗りされたと述べられていました。左右両端の画面ははっきりしません。 『サスペリア』 1977 約1時間25分:応接間ないし副校長のオフィス
■ この他、リハーサル室には、正面中央の大きなものをはじめとして、ステンドグラスと呼んでいいのでしょうか、色ガラスでイメージを表わした窓がいくつもあります(右)。中央のものは明るめの水色を地に、黄、赤、橙、青、緑などやはり明るめの色の組みあわせが印象的でした。左側の縦の線三本が木だとすると、風景ということになりますが、何か参照したものはあるのでしょうか? 『サスペリア』 1977 約28分:リハーサル室(黄色の間)
 脇の窓にはもっと鮮やかな赤が用いられていました(右)。赤の部分は鱗状に区切られていますが、金魚のイメージなのか、あるいは何かの花弁か。 『サスペリア』 1977 約29分:リハーサル室(黄色の間)

■ 枠取られた単体の作品ではなく、エッシャー《空と水》風壁紙同様、屋内全体のデザインにも特色のあるものが見られました。
 右は冒頭でパットが助けを求めた友人のアパート、その一階ホールです。くすんだピンクを基調に、薄いグレーが幾何学的に分割し、ところによっては青も差されています。上掲の Giulio L. Giusti の論文では

「アール・デコ運動に象徴的な」

屋内と形容されていました(p.161)。
 艶消しされた質感ゆえ、物質性を失ないはしないにせよ、ピンクと他の色の組みあわせは、大地に根を下ろしたという感触を与えてはくれますまい。
『サスペリア』 1977 約7分:パットの友人のアパート、一階ホール
 なお中央奥は左右へ上がる階段に通じており、右側にはエレヴェーターがあります。アルジェントの次回作『インフェルノ』(1980)で主な舞台である集合住宅のエレヴェーター・ホールとも比べられそうです(→そこ)。
 エレヴェーターで上がった先に、冒頭で触れたエッシャー《空と水》風壁紙の部屋があるわけですが、もう一つ、スージーが下宿する予定だった、学校外にある生徒の家の部屋が出てきて、そこでの壁紙はずいぶん賑々しいものでした(右)。描かれた花一つ一つの大きさが、無彩色であるがゆえにかえって、白と黒の対比を強めているのでしょう。 『サスペリア』 1977 約21分:オルガの家の部屋
前掲"Art Into Film on X: "Suspiria 1977 Dario Argento"では、エッシャーの《八つの頭部 Eight Heads 》(1922)と並べていますが、これはどうでしょうか?
 学内に戻ると、クライマックス直前、隠し扉の向こうの湾曲した通路の壁は、黒っぽい地に金で文字や垂れさがる枝葉を描くというものでした(右)。 『サスペリア』 1977 約1時間28分:隠し扉の先の通路
上掲"Suspiria details"は、

 「黒と金の装飾は私には、ホイッスラーの《孔雀の間(ピーコック・ルーム)》)(緑と金だった)を思わせる。ホイッスラーから得られたモティーフがあるわけではないのだが、しかし、的確な参照先ではある。ビアズリーの《孔雀の裳裾》はホイッスラーの孔雀のデザインから借用されたのだから。そして隠された(オカルト)廊下は、死をもたらす孔雀がある部屋へと導くことになる」

と述べています。ホイッスラーの《孔雀の間(ピーコック・ルーム)》(1876-77、現在はフリーア美術館)については、

 『ホイッスラー展』図録、京都国立近代美術館、横浜美術館、2014-15

に「Column 9 《青と金色のハーモニー:ピーコック・ルーム》 - ホイッスラーの『作品』となった部屋 -」(pp.156-164)として、折込頁いっぱいを使ったカラー図版が掲載されています。ともあれ黒と金の装飾は、ホイッスラーも参照したであろう、蒔絵入り漆器などの類を連想させずにいません。
 なお「隠された(オカルト)廊下 occult corridor 」というのは、前掲「ショック映画『サスペリア』39の謎」の「㉝ 秘密部屋の通路に散りばめられた神秘文字」(p.14)で述べられているように、金の文字でいわくありげな単語が綴られているからでしょう。「死をもたらす孔雀」も「㉟ 魔女退治の武器はクリスタルの羽を持つ鳥」(p.15)に記されているとおり、この廊下の先でスージーが迷いこんだ部屋にある、金属工芸でしょうか、孔雀をかたどった置物を指します。

■ さて、「ショック映画『サスペリア』39の謎」の「⑦ バレエ学院の玄関に掲げられたプレート」(p.4)によると、

 「真っ赤な壁が目を刺すバレエ学園の外観は、フライブルクの観光名所『鯨屋敷』がモデル。オランダの哲人デジデリウス・エラスムスが2年間暮らし、『エラスムスの居住地』とプレートが掛けられている」

とのことです(右)。
『サスペリア』 1977 約5分:学校、正面外観
鯨屋敷(ハウス・トゥム・ヴァルフィッシュ) Haus zum Walfisch の独語版ウィキペディアの頁→あそこ。なお

 矢澤利弘、『ダリオ・アルジェント 恐怖の幾何学』、ABC出版、2007

によると、

「アルジェントらは撮影の途中で突然その場所から追い出された。…(中略)…撮影できなかった部分は改めてセットを組み直して撮影した」(p.118)。
 ファサード以外は映りませんが、ともあれ玄関から入り、短い控えの間を抜けると、広い吹抜のホールに出ます(右)。壁はむらのある暗青色で、プランは円形なのか多角形でしょうか。控えの間も含めて、尖頭アーチの開口部がいくつもあって、あちこちにつながっているのでしょう。明るい金色の欄干のある階段が向かって左から右上へ上がっています。上がってすぐの扉は更衣室のものでした(「ショック映画『サスペリア』39の謎」の「⑭ 教室に女間者・マタハリ暗躍す! 金まみれ学園に横行するチクリ病」(p.6)参照)。 『サスペリア』 1977 約15分:一階ホール
 先に触れたリハーサル室(「黄色の間」(約25分)と呼ばれた部屋なのでしょう。壁が黄色い)、蛆騒動の際に「宿泊所」になった、吹抜の「稽古場」(「赤の間」(約19分)と呼ばれていたのと同じ部屋のようです;右)などは一階にあるのでしょうか。 『サスペリア』 1977 約24分:赤の間
またやはり吹抜の屋内プールが登場します(右)。けっこう広そうで、どうした設定になっているのでしょうか。建物内の位置まで設定していないのか。 『サスペリア』 1977 約57分:屋内プール
 「ショック映画『サスペリア』39の謎」の「㉓ 内緒話はアールヌーヴォー建築プールで」(p.10)によると、
ミュンヘンの
ミュラー市民プール(ミュラシェス・フォルクスバート) Müllersches Volksbad
で撮影したとのことです。LOCATION VERIFICATE: Suspiria (1967)"([ < il Davinotti ])なども参照。またミュラー市民プールの独語版ウィキペディアの頁→あそこの2。他方上掲矢澤利弘『ダリオ・アルジェント 恐怖の幾何学』では、

 「バレエ学校の寄宿舎の内部の撮影に当たっては、ローマのデ・パオリススタジオにセットを組んだ。また、建物の外観とプールのシーンは20世紀の初頭に建てられたマンヌイッチという学校で撮影した」(p.120)

とありました。齟齬があるのか、それとも当方が知らないだけで、同じものを指しているのでしょうか?


■ 「怪奇城の廊下」の頁の「5 廊下を動く視線(2)」で前掲『恐怖 ダリオ・アルジェント自伝』から、廊下にまつわるアルジェントの感慨を引用しましたが(→こなた)、上掲矢澤利弘『ダリオ・アルジェント 恐怖の幾何学』中の『サスペリア』の章には、

 「アルジェント作品では、廊下が効果的に登場する。アルジェントは『廊下には奇妙な感覚を持っている』と語っている…(後略)…」(p.122)

と述べられていました。同じ「怪奇城の廊下」の頁の「5 廊下を動く視線(2)」で触れたように(→こなたの2)、先輩にあたるマリオ・バーヴァの作品も、

「廊下の映画」

と呼ばれたりしたのでした。
 さて、前掲 Rebekah Bustos の論文の第2章は「舞踏学校(タンツ・アカデミー)内の廊下 hallways」を扱っていますが(pp.39-47)、ここではざっと整理だけしておきましょう。
 
 赤い壁布だか壁紙の廊下その1です(右)。両端にはアール・ヌーヴォー風といっていいものかどうか、曲線を活かした扉にはさまれています。奥の扉の手前・右からスージーが出てきます。反対側では扉の手前を右へ生徒たちが曲がっていく。練習室間を移動しているわけで、一階なのでしょうか? 「ショック映画『サスペリア』39の謎」の「⑮ 小間使いのおばさんが放つトライアングルの光はなんなのか?」(p.7)では、「台所に面した廊下」とあって、それらしき様子もちらっとのぞいていました。 『サスペリア』 1977 約26分:一階廊下(?)
 後ほど同じ廊下が映される際(右)、前回低めの位置で片方に寄っていたカメラは、より高い、廊下が左右相称に見える位置に配されています。カメラは後退しながら上昇、停止するとタナーが、やはり奥の手前・右から出てきて手前へ進みます。またカメラは上昇、タナーは手前・下に消えます。左右相称になった分、壁の赤、柱や扉の黒、上拡がりになった柱上方の白との対比がより強く感じられる。
 行き先は黄色の間でした。盲目のピアニストとの悶着が起こります。
『サスペリア』 1977 約44分:一階廊下(?)
 なお、廊下の突き当たりで、ドアを開いて向こうへ進むのではなく、ドアの手前で右へ曲がるというパターンが何度も繰り返されます。本作における、セット内での導線の設け方の特徴と見なしていいものかどうか。「怪奇城の広間」の頁で垣間見た、1960年代イタリア怪奇映画やハマー・フィルムの諸作品における、広間の奥の階段と吹抜歩廊での人物の動かし方と比べることはできるでしょうか。
 戻ってやはり赤い廊下その2、ただし奥の壁にあるのは色ガラス窓です(右)。赤の面積が増えたため、息苦しさも強まっています。前の廊下の壁布は植物文で覆われていましたが、こちらは斑点か何かが規則的に配されているようです。やはり突き当たりの手前、右から副校長が出てきます。この廊下に並んでいるのは寮生の各個室なのでしょう。  『サスペリア』 1977 約33分:二階廊下(?)
 蛆騒動の際、タナーたちはこの廊下を奥から手前へ、手前で右に折れると、すぐ右に屋根裏部屋への階段がありました(右)。階段の上は跳ね揚げ戸になっています。
 「みんな下の階へ」(約35分)と指示していましたので、この廊下は少なくとも二階以上にあるわけです。
 
『サスペリア』 1977 約35分:二階廊下(?)、曲がってすぐ右に屋根裏部屋へ上がる階段
 屋根裏部屋の高さはまる一階分あります(右)。 『サスペリア』 1977 約36分:屋根裏部屋
 教師たちの帰宅時間ということで、廊下を進む足音が聞こえてきます(約47分)。その足音からスージーは、親しくなったサラ(ステファニア・カッシーニ)に、教師たちが学校を出ていないと指摘する。正面玄関は左、「足音は右へ行ってる」。
 これまでの描写を前提として、ここから、本サイトでは古城映画的山場と呼んできた廊下巡りが、三度なされます。
(1)まずカメラのみ、
(2)次いでサラ、
(3)最後にスージーの番となります。
 (1)カメラが前進します。どこやらの部屋の奥の扉口へ(右)、その先にあるのか、更衣室だか衣装室らしき部屋が映されます。 『サスペリア』 1977 約49分:学校、二階(?)廊下、奥に更衣室(?)
 その奥の扉に続いて、明るい色の壁の廊下です(右)。先の扉の磨りガラスが、上方のランプは別にして、ベージュ系に見えたのは、この廊下の壁の色を映していたということでしょうか。壁板は斜めに張られている。前進するカメラは右に寄っています。突き当たりにはアール・ヌーヴォー風の扉、ガラスの向こうは赤い。 『サスペリア』 1977 約49分:二階(?)、明るい色の廊下
 その先は赤い廊下その1でした。更衣室が二階、赤い廊下その1が一階で合っているのだとすると、どこで下りたのでしょうか?
 カメラはほんの少し傾いて、高めの位置で廊下の中央を前進します。夜とあって、今まで以上に濃密さをたたえている。奥の右手で白いカーテンがひるがえります。
『サスペリア』 1977 約49分:一階廊下(?)
 突き当たりの手前で右へ、ただし壁沿いの通路ではなく、一つ手前、ひるがえるカーテンのまた右でした。両開きの磨りガラス戸だか窓が開き、さらに前進、夜の木立が見えてきます。切り換わると、満月にズーム・インする。
 ビアホールの場面をはさんで、ミュンヘンの王の広場(ケーニヒスプラッツ) Königsplatz で撮影された惨劇の場面となる。前掲「ショック映画『サスペリア』39の謎」の「⑳ 厄落とし酒場のコワい因縁」(p.9)および「㉑ 魔の幻影が襲う広場はナチ党の本拠地だった!」(同)を参照。また王の広場(ケーニヒスプラッツ) の独語版ウィキペディアの頁→こなたの2
 更衣室、応接間ないしマダム・ブランのオフィス、屋内プールに続いて、
(2)スージーの部屋にいたサラが怯えて逃げだします。部屋を出れば赤い廊下その2です(右)。カメラの位置は高く、左に寄っています。サラは奥へ、色ガラス窓の手前を右に折れる。
『サスペリア』 1977 約1時間2分:二階(?)廊下
 その先はやや狭い廊下です。右の場面で左端は赤の廊下その2の突き当たりの壁なのでしょう、刳られている部分は色ガラス窓か。
 この脇の廊下は以前タナーたちが屋根裏に上がるために通った所と同じもののようです。
 サラは突き当たりの扉を叩くも反応はなく、少し足踏みしてから、左側に開いているらしい開口部に入ります。
『サスペリア』 1977 約1時間3分:二階(?)廊下、突き当たりを右に曲がった先
 切り換わると、奥の右から出て右の壁沿いに手前へ進む(下左)。すると向かって右に下りの階段がありました(下右)。
『サスペリア』 1977 約1時間3分:二階(?)廊下、突き当たりを右に曲がった先から左へ 『サスペリア』 1977 約1時間3分:二階(?)の脇の通路からの下り階段
 階段をおりかけますが、何かの兆しに怯え、元の脇廊下に戻ります。向かって右にやはり屋根裏への階段がありました(下左)。跳ね揚げ戸から屋根裏に入る。
 黒地に金の装飾を施した通路のカットが挿入されます(約1時間4分)。この時点ではここがどこかはわからない。背を向けて進む黒マントの人物は誰なのでしょうか? またスージーの部屋を出て以来画面を染めていた赤は、ここで通常の照明になります。他方屋根裏のシークエンスは青に浸されています。
 サラに戻れば、屋根裏部屋の以前と同じ向きのショットに続いて、奥からサラの方を見たショットが映されます(下右)。
『サスペリア』 1977 約1時間3分:二階(?)の脇の通路から屋根裏へ上がる階段 『サスペリア』 1977 約1時間4分:屋根裏、奥から
 サラは奥から手前へ、右手の壁にもたれるとドアが開きました。進みかけますが、何者かに襲われ、先ほどのドアの部屋に逃げこみます。高い位置に窓があり、何とかそこから隣へ移動する。やや狭い倉庫状の部屋です(右)。 『サスペリア』 1977 約1時間7分:屋根裏の一室
 最初の部屋の高い窓は、もう一つはっきりしないのですが、ドアのある壁から見て左側にあったようです。とすると二つ目の部屋は上1段目右の場面で右側にある壁αに沿って、最初の部屋の左に位置することになります。向かいの扉口とその先の通路は、壁αと直交している。他方高い窓がドアの向かいにあるのだとすると、向かいの扉口とその先の通路は壁αに平行していることになります。いずれにせよ壁αの奥はいろいろと入り組んでいるわけです。

 前掲 Rebekah Bustos の論文で、

 「舞踏学校内の二つの廊下…(中略)…一階 ground floor の廊下と二階 second floor の廊下だ。一見すると、一階の廊下に言及するだけで適切なように思われる。しかしサラ(スージーの友人)の死の場面を再見した後では、意義があるのは、誘導する空間としての上階の廊下の役割だった」(p.39)

と述べられていました。
 ミュンヘンのBMW本社ビル前で撮影された、プロローグを除けば唯一の学外での場面をはさんで、
(3)赤い廊下その2、サラの時と同じく照明も赤い(右)。
『サスペリア』 1977 約1時間16分:二階(?)廊下
 照明を消すと青く染まる自室での蝙蝠騒ぎ場面を経て、スージーは足音の件を思いだします。青い室内から赤く染まった赤の廊下その2へ、突き当たりを右に曲がります(右)。サラの時同様、左手前に刳られた色ガラス窓がある。手前右の屋根裏への上り階段は素通り、左にある開口部の前でいったん止まりますが、今回は入らず、突き当たりのドアを引くと、今回は開きます。奥は明るく、壁の板は斜めに張られている。 『サスペリア』 1977 約1時間23分:二階(?)の脇廊下
 (1)のカメラ編で通った明るい斜め板壁の廊下でした(右)。手前から奥へ、突き当たりのドアを開く。ドアのガラスは赤く染まっています。
 開いた向こうはすぐ壁でしたが、左へ進みます。女性の笑い声が聞こえてきます。
『サスペリア』 1977 約1時間23分:二階(?)廊下
 (1)カメラ編同様、明るい壁の廊下に続くのは赤い廊下その1でした(右)。スージーは奥の手前右から出てきます。突き当たりのドアのガラスは明るい。この位置から見ると、左側半ばに台所がありました。
 ということは、赤の廊下その1も二階にあるのでなかれば、明るい壁の廊下も一階にあるのでしょうか。その前の時点で二階から一階へ下りていたのか。
『サスペリア』 1977 約1時間23分:一階(?)廊下
 さて、スージーは赤い廊下その1の奥へ、突き当たりの扉の前を右へ折れます。切り換わるとドア・ノブを引く手のアップ、その先は応接間ないし副校長のオフィスでした。
 「絨毯で足音が消えたわ。
  他に出口があるはずよ」
と気づきます。最初の夜のパットの言葉を思いだし、隠し扉の開け方を見つける。
 入った先には濃い青のカーテンが張り渡されていました(右)。カーテンの隙間を開けば、先に触れた黒と金の廊下です。応接間ないし副校長のオフィスの壁も半円形をなしていましたが、この廊下も大きく湾曲しています。 『サスペリア』 1977 約1時間27分:隠し扉の先の通路
 進んだ先には扉があって、向こうの部屋に副校長たちが集まっていました。スージーは手前のやはり黒と金の装飾を施されたカーテンの陰に隠れます。部屋の中には赤い廊下その1と同じく、上半が上拡がりの白、下半が黒の角柱という柱があります。これに近いものは、すぐ後に出てくる校長の部屋でも見られました。
 カーテンの陰も少し空間がとってあるようで、また別に扉もあります。
 その先でクライマックスが訪れるわけですが、それはさておき、その後スージーは行きで通った道を戻ることになります。黒と金の廊下、応接間ないし副校長のオフィス、砕け散ったその扉の向こうは真っ赤で、暗い廊下でした(下左)。奥から手前へ、やはり扉が飛び散り、一階吹抜ホールへの階段に出ます(下右)。
『サスペリア』 1977 約1時間36分:二階(?)廊下 『サスペリア』 1977 約1時間36分:、一階ホールと二階への階段
 上左の廊下が映る時間は短く、おおむね暗いのですが、上半が上拡がりの白、下半が黒の角柱という柱からして、赤い廊下その1と思われます。とすると、ここまで一階にあるのだろうと考えてきたこの廊下は、二階にあったわけです。では赤い廊下その2はさらに上の階にあるのか。
 それとも赤い廊下その2、そこから枝分かれする脇の廊下、明るい斜め壁の廊下、そして赤い廊下その1、応接間ないし副校長のオフィスは皆、同じ階 - 二階に位置しているのでしょうjか。
 あるいはまた、見かけは同じ廊下が複数、別の階にあっても不思議ではありますまい。
 脚本には指定してあったでしょうし、セット制作に当たってそれぞれ呼び名も定めてあったはずですが、どう設定されていたのでしょうか。
 他方、映画の中でここは何階と示されるわけではなし、それで筋を辿るのに支障が出ることもありますまい。逆に利点があるとすれば、崩壊する廊下を駆け抜けてきたスージーが、今度は階段を上から下へ駆け下りるところを組みこめることでしょう。高低差はダイナミズムをもたらしてくれるはずです。
 ともあれ、 『白い肌に狂う鞭』(1963)や『モデル連続殺人!』(1964)などにおけるマリオ・バーヴァの衣鉢を継ぎつつ、赤かったり黒と金で飾られた壁など、また赤や青の照明に彩られた、複数の廊下が組みあわされた中を登場人物がうろうろするというシークエンスは、次回作『インフェルノ』(1980)へと引き継がれることでしょう。
2024/03/29 以後、随時修正・追補
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