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今宵かぎりは…
Heute Nacht oder nie
    1972年、スイス 
 監督   ダニエル・シュミット 
撮影   レナート・ベルタ 
 編集   イラ・フォン・ハスペルク 
    約1時間22分 * 
画面比:横×縦    1.37:1 
    カラー 

VHS
* 手もとのソフによる。[ IMDb ]では約1時間18分、カナダ版約1時間30分。

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 本作品では超自然現象は起こりません。ただ映画全体がきわめて奇妙な時空と化しているかのごとくです。人形劇めいて表情に乏しい人物たちは個性を描き分けられることもなく、おそろしくゆっくり動作する。少なくとも手もとのソフトで見るかぎり画面は終始薄暗く、一部を除いて青味を帯びた寒色系に浸されています。カメラも固定されたままか、ゆっくりと動くばかり。登場人物に感情移入して物語の展開に身を委ねるという、通常の劇映画に対する接し方では、手もとのソフトで1時間20分強の本作も、きわめて長く感じられてしまうことでしょう。むしろ固定ショットがどれだけ続くかとか、カメラの動きはどうなっているかとか、光と影の配分如何とかに注目した方が楽しめるかもしれません。『去年マリエンバートで』(1961)と比べるのも一興でしょうか。
 また古城映画といえるかどうかも微妙なところですが、以前見た時には本篇部分をしんどいと感じたにもかかわらず、冒頭の城館外観のショットばかりはずっと頭に残っていました。手短かに取りあげることにいたしましょう。

 [ IMDb ]にはロケ先は記されていませんでしたが、さいわい本作には日本語版ウィキペディアに該当頁があり(→こちら)、監督の該当頁(→こちら)と合わせて、スイス南東のグラウビュンデン州(グリゾン州)フリムス、祖父母が経営しシュミット自身そこで育ったというシュヴァイツァーホフ・ホテル Hotel Schweizerhof (→独語版ウィキペディア該当頁、また→公式サイト)で本作は撮影されたとのことです。なおそこには後の『季節のはざまで』(1992)も同じホテルでロケされたとありますが、同作パンフレット(CINE VIVANT no.51、1993)に掲載された「対談:ダニエル・シュミット×蓮實重彦」によると別のホテルで撮られたとのこと(p.5)。ちなみにシュミットの作品では『デ ジャ ヴュ』(1987)にも古城が登場します。

 やや左から見られた壁が白いらしき城館、向かって左がやや横長の棟、それに接してより背の高く細めの棟が少し前に迫りだしています。左の棟の屋根は下ひろがりの台形をなしているようで、右の棟はこちら向きの上辺が水平の三角屋根、いずれも後に紫みを帯びているように見えます。双方幾列かの窓が数階分並んでいますが、下方はシルエットになったおそらく木立に覆われている。右下に低く突きだした三角屋根があるようですがはっきりとは見えない。画面後景は真っ青な山並みで塞がれています。やや不正確ながら深い森の中、木々より高い館がぽつんと突きだしている、そんな眺めが先に触れたように印象に刻まれたのでした。
 このショットは少しして無調らしき弦楽を伴ってオープニング・クレジットが重ねられ、約3分強まで続きます。カメラは一切動きませんが、光は微妙に暗く、それに伴ない逆に、左の棟の角をはさんだ左側の壁が白く反射したり、かと思えばまた微妙に明るくなったりする。最後の方では青いひろがりだけだった後景の山並みの細部が見えてきたりするのでした。ただし城館外観が登場するのはここだけです。

  字幕で毎年5月16日、聖ネポムク Nepomuk (ネポムクの聖ヨハネ(ス)、南ボヘミアのネポムク生まれ→日本語版ウィキペディア該当頁)の祭日の真夜中まで、主人たちと召使いたちはその役割を交換することが告げられます。
 すわ〈カーニヴァル的逆しまの世界〉かバフチンか、と連想すべきところなのでしょうか。バフチンを読んでいないので的外れかもしれませんが(手もとにある『ドストエフスキーの詩学』、望月哲男・鈴木淳一訳。ちくま学芸文庫、筑摩書房、1995、第4章などで論じられているとのこと)、カーニヴァルと聞いて思い浮かぶような狂躁性は本作からは読みとりがたい。歌に踊りもありますが、それでいてし~んとした雰囲気です。


 薄暗い部屋です。奥の方にソファー・セットがある。色豊かな絨毯が敷いてあります。召使いたちがゆっくりした動きで床掃除したり食器を運んだりします。音は無い。
 右から背を向けた女主人らしき人物(フォリ・ガイラー)が出てくる。

 約7分半、祈りおよび懺悔の声とともに、かがんだ男のアップになります。顔の右半は陰になっている。見下ろす女主人のアップに切り替わり、交互にカットが配されます。

 約9分、オーケストラによる舞踏曲とともに、手前左右から壁が伸び、扉口となります。向こうに廊下だか部屋が伸びている。奥から客人たちが入ってきます。やはり薄暗く、青味を帯びている。手前に背を向けた女主人が立っています。

 約10分、電子音とともに、女主人に続いて白塗りの男たちや女たちのバスト・ショットが切り換えられていきます。ゆっくりと振り向く。

 約11分、左右に伸びる長テーブルが正面からとらえられる。向こうに椅子が5つ並んでいます。その後ろに女主人が立っている。ゾンビ風の女2人、男3人が1人ずつ席につくと、カメラは少し後退します。彼らがこの夜の主賓、召使いたちなのでしょう。左右から食卓の準備が進められる。下掲の採録シナリオによると準備するのは客人たちとのことです。カメラは正面から近づきつつ左から右へ平行移動し、また右から左へゆっくり、また右へ、また左へ、また右へ、それから後退します。カット割りはなされません。

 約17分、ラテン風のトランペットとともに、右奥の扉から入ってくる数人の人物が上から見下ろされる。扉口の右で壁は少し手前に迫りだしています。迫りだした壁の手前はのぼり階段でした。カメラが左から右へ流れる。2人で荷物を運ぶ面々が階段をのぼります。下掲採録シナリオによると彼らは旅芸人とのことです。上で踊り場、そこから手前にのぼり階段が続きます。向かって正面の踊り場の壁には大きな鏡がかけてある。

 約18分、各人のアップに続いて約19分、また正面から長テーブルの5人がとらえられます。
 壇上でしょうか、男性が歌います。"Heute Nacht oder nie …"と本作のタイトルで始まる歌詞です。右後ろにシャンデリアがある。下からのカメラは接近しつつ上昇、また下降しつつ後退します。
 約22分、テーブルの手前でも女主人を始めとする人々が席についている。いったん灯りが消え、またつくとカメラは後退します。

 約23分、右にベッド、そのすぐ左に背を向けた女が坐っている。やや引きです。これまで画面は青味を帯びていましたが、薄暗いままに、ここで黄や赤の暖色調となります。
 右手前から背を向けた男が現われ台詞を言う。ゆっくりした弦楽付きです。女のバスト・ショット、巻き毛で丸ぽちゃの男のバスト・ショットがはさまれる。
 女を演じるのはイングリット・カーフェン、本作の製作もつとめ、1970年から72年まではいわゆる〈ニュー・ジャーマン・シネマ〉に数えられる監督の1人ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーと結婚していました。ちなみにファスビンダーの脚本でシュミットは『天使の影』(1976)を監督している。丸ぽちゃ男はペーター・カーン、カーフェンとともにシュミットの次回作『ラ・パロマ』(1974)で主演します。カーフェンは続いてシュミットの『天使の影』(1976)、『ヴィオランタ』(1977)、『季節のはざまで』にも出演することでしょう。
 2人のやりとりはお芝居めいており、曲がオルガン付きで大きくなり、合唱曲に替わるとともに約34分、テーブル周辺の一同が拍手することで実際にお芝居だったことがわかります。表記はされませんがフロベール『ボヴァリー夫人』(1856)からヒロイン臨終の場面とのことです。


 赤味を帯びた布が壁から床までひろげられ、その壁沿いで頭に大きな羽根飾りをつけた女が踊ります。ここも暖色系の画面です。踊りはサロメのそれとのことですが、流れるのはチェロとハープによるサン=サーンス『動物の謝肉祭』(1886)中の第13曲「白鳥」、バレエ『瀕死の白鳥』のために用いられた曲です。踊り子の衣裳は黒っぽい。

 サロメの踊りと交互に配される客たちのカットはやはり寒色調です。女主人がゆっくり台詞を語り、赤い横長曲線背もたれのソファに坐る女性とソファの後に立つ男性が会話する。女性にカメラはズーム・インします。ここもお芝居じみている。男女それぞれ別の人物が加わり、交互に配されたサロメの踊りが赤い絨毯に倒れ臥すところで終わると、約43分、また拍手が起こります。
 長テーブルの5人をカメラは右から左へなぞる。


 画面はいったん真っ暗に、アコーディオンの曲とともに歌う女にスポット・ライトが当てられます。周りは暗い。彼女は階段にいるようで、おりていくとカメラも右から左へ、停止をはさみつつ動きます。

 約47分、長テーブルが上から見下ろされる。手前にいた一同はいません。そのかわり赤い布を敷いた丸テーブルが置かれ、そこに5人の人物が着座する。テーブルの上にはランプが吊りさがっています。
 丸テーブルの5人をカメラは左から右へ、1人ずつとらえます。各人の間は真っ暗ですが、その一つで背後の長テーブルと5人の召使いが映りこむ。
 カメラが下から上向きになると、ヴェイルをつけた蒼白い女がヴァイオリンを弾きながら長テーブルの前を舞うように巡ります。カメラはそれをやや上から追う。やはり聞き覚えのある旋律でした。やがてオーケストラがかぶさりますが、そこに効果音が交わり、また沈みます。
 丸テーブルで行なわれているのは降霊でしょうか。上から引きでとらえられます。


 約55分、女声のヴォカリーズ、次いで男声、管楽が加わる。一同は近い距離でゆっくり動き廻ります。映るのは肩から上です。カメラは上から左右に振られます。

 約1時間、赤薔薇の花束がアップになり、タンゴが流れると一同の間で女性が歌います。カメラは左から右へ、それからやや引きになる。

 約1時間3分、男のアップに続いて真っ暗になる。向こうからバスト・ショットでとらえられた男が進み、イタリア語で革命を煽動します。バスト・ショットで1人1人映される。
 少し斜めから見られた長テーブルにカメラは近づき右へ、奥へ並ぶ召使い5人を横から一画面でとらえます。
 煽動者のバスト・ショット、正面からの長テーブルのカットが交互に配される。
 約1時間7分、笑う人々を正面から1人ずつとらえます。ただし声は聞こえず音楽がかぶさっている。また煽動者のカットと交互に配される。


 約1時間9分、拍手です。やはり音はない。面々は席を立ちます。右へ、長テーブルの5人を誘い踊ります。歌が流れますがノイズが混じっている。席で談笑する人々もいます。それらをカメラは撫でていく。ノイズが大きくなる。

 約1時間13分、ノイズが消えます。ピアノ曲が流れ、左手に壁の方を向く背を向けた男、その右の開口部をはさんで、右手前に右前を向く女がいる。女には青い光があたり、ずっと静止しています。開口部の向こうは部屋か廊下です。始めの方で客たちが入ってきたところのようです。
 開口部へカメラが接近します。そこに背を向けた女が入っていく。開口部付近でカメラは止まります。客たちが退出し、奥右の開口部へ去っていく。奥にいたこちら向きの女性が進んでくると女主人でした。


 約1時間16分、サーカス風の賑やかな曲です。画面は薄暗い。中央に太い縦帯、その左右に短い線が並ぶのは、踊り場の大鏡に映った向かいの階段でした。上から大きく見下ろされている。旅芸人たちがおりていきます。
 約1時間18分、曲はゆっくりしたものに、階段をおりていく女の背が右奥の扉口へ消えます。


 約1時間19分、最初に登場した居間のような部屋です。低い位置からの視角です。召使いたちがゆっくり片づけています。その内1人が跪き、遠くに歌曲が聞こえると思ったらフェイド・アウトします。
Cf.,  『ダニエル・シュミット映画祭 全作品シナリオ付パンフレット』、製作:シネマ・ダール、発行:プラネット映画資料図書館、1982
1983年1月8日・10日に大阪青少年会館ホールで開催された『ダニエル・シュミット映画祭 ”バロック映画の鬼才”』(主催:プラネット、シネマ・ダール、アテネ・フランセ文化センター)の際に買ったものと思われます。
内容は;
『今宵かぎりは…』、『ラ・パロマ』(1974)、『天使の影』(1976)、『ヴィオランタ』(1977)、『カンヌ-映画通り(ノートル・ダム・ド・ラ・クロワゼット)』(1981)の各採録シナリオ
インタビュー「映画は『ラ・トラヴィアータ』の奇蹟を信じることだ」、聞き手・訳:蓮實重彦、1982年10月29日、および蓮實重彦「シュミット体験」、双方『海』1983年1月号より転載など、22+24ページ。
また
西嶋憲生、「ダニエル・シュミット デカダンスに酔いしれるバロック映画のマエストロ '80年代の映画作家10傑⑥」、『別冊シティロード』、no.1、1981
蓮實重彦、「ダニエル・シュミッドの映画は俺は誰でもないというシュミッドの言葉を多様に変奏している 海の手帳」、『海』、1982.12(姓の最後の「ド」はママ)
のコピーがはさんであったのは、もともとパンフレットに添えられていたのでしょう。


『ダニエル・シュミットの世界』、アテネ・フランセ文化センター、1982
メッセージ(駐日スイス大使 フリッツ・B・ステヘリン)//
ダニエル・シュミットへの20の質問/夢魔の肖像(西嶋憲生編)/シュミットの映画仲間/原母たち-ダニエル・シュミットとの”出逢い”(山口昌男)/ダニエル・シュミット讃歌(由良君美)//
今宵かぎりは…;粗筋/構造としてのフィクション(西嶋憲生)//
ダニエル・シュミット自作を語る(Ⅰ) 「今宵かぎりは…」/「ラ・パロマ」/舞踏=中断=継承(蓮實重彦)//
ラ・パロマ;粗筋/「ラ・パロマ」-ジョークのはじらい(岡島尚志)//
陰画的世界の悪夢(松本俊夫)//
天使の影;粗筋/都市の影、無為の影(出口丈人)/
『天使の影』をめぐって;ユダヤの金持ち(ジル・ドゥルーズ)/「天使の影」を語る ダニエル・シュミット、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー//
ダニエル・シュミット自作を語る(Ⅱ)/ファスビンダーとブレヒト(岩淵達治)/〈反ユダヤ主義映画〉のレッテルをこえて(海老坂武)/『ラ・パロマ』(フレディ・ビュアシュ、「スイス映画」より:初版には筆者名なし)//
ヴィオランタ;粗筋・「ヴィオランタ」-贖罪の宴(柳澤一博)//
カンヌ-映画通り(ノートル・ダム・ド・ラ・クロワゼット);粗筋/レンズの向こう側の世界(梅本洋一)//
ダニエル・シュミット関係の既刊書/ダニエル・シュミットのためのノート(ジャック・グラン)//
ヘカテ;粗筋など、62ページ。


1982年11月26日付けの初版に対し、1983年8月1日付けの増補版があります。
駐日スイス大使のメッセージを割愛、
『今宵かぎりは…』に先立つ『主人の蠟燭を節約するために、すべてを暗闇のなかで行なうこと』(1970)について「-スウィフト・文化・頽廃」(四方田犬彦)、
『ヘカテ』について「回想・時間・歴史」(三宅晶子)、
「悪夢としての映画 語るダニエル・シュミット」(訳・構成:梅本洋一、『ユリイカ』1982年12月号より転載)
を追加、72ページ。

 2016/8/4 以後、随時修正・追補
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