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C&D、vol.22、no.88、1990.10.15、pp.8-10
「美術批評」(木方幹人と共同担当)より

カード城の崩壊Ⅱ - フェルナン・クノップフ展より

一九九〇・八・一八~九・三〇 名古屋市美術館

石崎勝基

 十九世紀末、ブルジョワジーの住居の一室。人物はいるが動きはない。表現がめざすのは、陰に射しこむ光とそれを受ける空気とも、人物の心理の襞ともつかず、むしろそれらが浸透しあう雰囲気にある - フェルナン・クノップフの『シューマンを聴きながら』(図1)を、ヤン・トーロップの初期の作品と並べてみるなら、そこに共通の特徴を認めることはむずかしくない(アンソールやムンクのやはり初期作も加わる)。印象派風の光と空気の描写にのっとりつつ、沈潜の内に何らかの心的な表現を盛りこもうとした、世紀末のいわゆる象徴主義へ向かう流れを見てとれよう。北方の、光がまばゆいまでに強くはならない、風土の反映も感じられるかもしれない。
 ところで、同じ傾向に属しながら、トーロップとクノップフの違いも、絵を見ていれば気づく。とりあえず、描法の問題 - トーロップは、堅練りの絵具を、すばやい筆致で厚く重ねていく。本来非物質的な光と闇を描き出すべく採用されたはずが、しかし、絵具の物質的な質感を強く感じさせる結果になっていた。対するにクノップフの絵の表面は、筆致の跡をほとんど残さず、塗りも平坦で艶がない。絵具/色は点としてその場その場に定位し、対象を再現することに奉仕する。クノップフがパステルや色鉛筆などを好んで用いたことと照らしあわそう。これらの画材は、顔料=色のついた粉を露出させるに近く、それゆえ粉ひとつひとつが画面に垂直に付着すると、理解できる。描かれたイメージは、顔料の付着から遊離した、宙に浮いた次元で成立しうるのだ。
  クノップフ《シューマンを聴きながら》1883
図1 F.クノップフ《シューマンを聴きながら》 1883年 101.5×116.5cm 油彩・麻布

*補註 文中さかんに引きあいに出されるトーロップについては、元の勤め先で前の年に開かれた『ヤン・トーロップ展』のことが念頭にありました→こちらを参照 [ < 三重県立美術館サイト ]。「トーロップの初期の作品」として思い浮かべているのは→そちらを参照:トーロップ《リサデルのアニー・ホール》(1885)の頁。
また「Ⅱ」である本稿に対し「Ⅰ」にあたる「カード城の崩壊 ヤン・トーロップ展より」、『ひる・ういんど』、no.26、1989.3.31 [ < 同上 ]、同じく同サイト所蔵品頁のうち、トーロップ《種蒔く人》(1895)の解説、さらに→あちら(トーロップ《テニス・コート》(1890)の頁)などもご参照ください。
 もとよりこれは、素材自身以上に、その用法の問題である。ト一口ップもやがてグラフィックな領域に関心を移すが、そこでは平面上を動く線の機能が焦点となる。クノップフの場合、素材の物質性を殺すことで立ち現われるイリュージョンが軸なのだ。これはクノップフにおける、写真の利用、さらには自作を撮影し、紙焼きに彩色を施すといった方法を説明してくれるだろう。写真とは、材質抜きのイリュージョンの実現であった。基本的に、画材は道具以上ではない。画面は、伝統的なイリュージョニスム/写実にのっとっていると見える。ただ、クノップフにおいては、発現したイリュージョンの内部で、たとえば人物と背景に何ら差がおかれない。人物も背景も均一に扱われるという時、成立しているのは、何よりも空間であろう。いわゆる象徴主義的小道具以上に、肖像画や風景画にも一貫して現われるクノップフの特質とは、ここにあるのではないだろうか。  
 この空間で、しかし、距離は測定できない。たとえば『ブリュージュにて - 教会』(図2) - 床のタイルは線遠近法を図解するが、色を廃したモノクロームゆえ現実感を失なう。ぼかした処理、とくに奥の黒い亡霊、そして白が柱も床も等価にするため、床の奥への後退が、空間の確実さではなく、むしろ後退という運動自体を抽出して、空間を核のない、曖昧なものとしてしまうのだ。    クノップフ《ブリュージュにて - 教会》1904
図2 F.クノップフ《プリージュにて - 教会》 1904年 100×122cm 鉛筆、パステル・紙
 距たりそのものとしての空間、だから、必ずしも奥行きを示す必要はない。肖像画においてクノップフがつねに、人物の全身を描かず、中途で切断してしまうのも、距たりのゆらぎが、視点を固定することを許さないからだろう。後退も接近も、同じ距たりの振幅のなせるわざである。『エミリー・ツェルステヴェンスの肖像』(図3)の無地に近い背景と、マネの『笛吹きの少年』のそれとは、性格がまったくことなる。後者が、平面上で人物の求心性を緊張させるのに対し、前者では、深緑と褐色の色面は人物もひとしなみに、画面の下になだれ落ちてしまう。クノップフが繰り返し採用する垂直・水平線は、画面内で閉じることなく、つねに画面の縁、さらには外と関連づけられている。垂直・水平線が区切るのは、形態ではなく、場としての色面なのである。もって、これらの垂直・水平線をモンドリアンと、右の明るい褐色の帯をニューマンと比較するのは、決して見当違いではあるまい。先駆がどうのというのではない。モンドリアンやニューマンがそれぞれの形式を作り上げなければならなかった絵画史的状況が、クノップフの立つ地平にすでに胚胎していたのだ。    クノップフ《エミリー・ツェルステヴェンスの肖像》1885頃
図3 F.クノップフ《エミリー・ツェルステヴェンスの肖像》 1885年頃 64.5×55.5cm 油彩・麻布
 ゆらぎを宿す距たりとは、それが主観的な視線によって左右されることを意味する。やはり個物と場を区別せぬ地平を実現した初期フランドル絵画の空間は、大地と神の視点とのあいだで成立したが、クノップフの視点は、大地にも神にもよりかかるすべを失なった不安定なものである。イリュージョンとしての空間を紡ぐべく採用される技法、写真との互換性、さらに象徴主義的小道具の折衷的選択も、形式や理念、そしてそれらを綜合した芸術なるものの足場がすでに崩れていることに由来する。とすればクノップフの静謐な空間も、トーロップのめまぐるしい展開を動かしたのと、同じ不安に裏打ちされているのであろう。
 他方、トーロップは、初期に伝統的な有色地塗り、後には平面そのものから出発した。対するにクノップフの空間は、グレーを含んだ艶消しの白にひたされている。一見多様な色彩への展開を許すこれは、実のところ、とっかかりのない空白なのだろう。ここには、初期フランドル絵画の、白地に層を重ねる構造はなく、ただ表層のみである。だから、物質性を稀薄にせんとしつつも物質にもとづかざるをえないクノップフの絵膚は、時に虚偽を感じさせるのだ。つねに距たりにおいてある空間とは、距たりを埋めるべき時間をはらんだものであり、その時間は、時の結果としての腐臭を漂わせる。クノップフの絵は、絵として、いささかひよわといわざるをえないが、その空間は少なくとも、ゆらぎ、空白、虚偽、時間が淀むという表現でありえている。
 
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