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『Meigaを探せ!』より、他・出張所
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| ■ 『すべて、至るところにある』(2024、監督:リム・カーワイ)は、 「旧ユーゴスラビアの巨大建造物を背景に、現実と虚構を行き来するラブサスペンス」 と紹介されていたのに釣られて見る機会を得たのですが、画面で見られた「旧ユーゴスラビアの巨大建造物」いくつかの、 工場だか病院、学校とかだろうかという予想に反し、屋外抽象彫刻然とした姿に、何やら憶えがあるようなと、比較的最近見た本だったのがさいわいしたのか、 ドナルド・ニービル、堀口容子訳、石田信一監修、『スポメニック 旧ユーゴスラヴィアの巨大建造物』、グラフィック社、2020 原著は Donald Niebyl, Spomenik Monument Database, FUEL, London, 2018 を引っぱりだしてみれば、まさにこの本で紹介されていた〈スポメニック〉が登場していたのでした。紹介文中の「旧ユーゴスラビアの巨大建造物」も邦訳の副題そのままで、そちらに従ったのかもしれません。比較的最近見た本なのに毫も気づかなかったのは、いつに変わらぬ次第でした。 |
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| よくよく見れば、劇中の映画監督ジェイ(尚玄)からの言付かり物として、ハードディスクやUSBとともに、主人公エヴァ(アデラ・ソー)に渡された本は、くっきりとは判別できないものの、表紙に映る星型だかヒトデ型の何やらからして、上の本かその原著のようです(右、その右端)。表紙のスポメニックは後に、実物が登場することでしょう。 | ![]() |
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| なお邦訳版のカヴァー表のデザインは原著のそれを踏襲しており(→FUEL社の該当頁)、どちらとも決められませんが、マレーシア出身の監督リム・カーワイは、「大阪を拠点に国境と言葉を越えて映画を撮り続け」(→映画..com の該当頁より)ているとのことなので、邦訳版を用いた可能性もなくはなさそうです。 | |||
| 後にもエヴァが同じものと思しい本を見ている場面がありました(右)。開かれているページは邦訳版なら pp.94-95 と思われ、そこに写真が掲載されたスポメニックも、本篇の最後に登場することでしょう。 | ![]() |
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| ともあれ、 「spomenik はセルビア・クロアチア語で『記念碑』を意味する単語で、『記憶』を意味する語幹、spomen- から派生した」(上掲書、p.2) とのことです。概要は同書の「INTRODUCTION」を参照いただくとして、映画の方は日本語字幕によると、自分は 「インディペンデント映画監督」で、 「世界中を旅してる おもしろい人と出会ったり 美しい場所を訪ねたら 物語を考える そういうアイデアを映画に取り入れる だからシネマ・ドリフターを名乗ってる」(約11分~) と話すジェイには(約31分前後の場面も参照)、 「大阪を拠点に、香港、中国、バルカン半島などで映画を製作し、どこにも属さず彷徨う“シネマドリフター(映画流れ者)”を自称する映画監督リム・カーワイ」(→公式サイトのINTRODUCTION より) が重ねられているのでしょうが、スポメニックの一つを前に、 「ずっとこういう建築に魅了されてる こういう建築を巡る映画を作ろうとしている」(約13分)、 「次にこういうモニュメントを巡る映画を作る」(約16分)、 「それでやっと念願のバルカン半島三部作が完成する」(約16分) と語ります。本篇全体と作中作も重ねられているわけです。 ◇ 旅先で知りあったエヴァとジェイを描く部分を前提として、その後のジェイの「ロケハン」(約26分)=彷徨が過去、消息を絶ったその足跡をたどるエヴァの道行きが現在と整理できるでしょうか。過去完了ないし大過去にあたる前提部分をおさえた後、過去と現在が本篇を織りなす二本の糸となります。ただ過去と現在との距たりは微妙にゆらぐことでしょう。 また前提部分にも先立つ過去があって、バルカン半島三部作の第一作『どこでもない、ここしかない』(実際にリム・カーワイ監督作。2018、未見)にまつわる何やかやが控えています。 何度か挿入される現地の住人の談話は現在に位置するのでしょうか。ただ画面中で大きく捉えられ、しかもその大きさが一定のまま、カメラないし観者とまっすぐ向きあうさまは、物語の流れに対し直交するかのようです。それでいて彼らが語る内容は、実際の歴史に裏打ちされています。この点では各スポメニックも、物語の内に配されつつ、それぞれ独自につぶやきかけていると見なせるかもしれません。 スマートフォンで録画しつつ語るジェイの姿にも、住人たちの談話に通じる構造を認めることができるでしょう。そうしたジェイは何度か、まず、パソコンのモニターに再生されます。モニター、それに終盤でのスクリーンは、空間上は入れ子をなしつつ、現在から過去へつながれた通路をなしています。 ともあれ、ここでは本篇で見られたスポメニックを、上掲書での掲載箇所と照合していきましょう。 |
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| 冒頭、スマートフォンで録画するジェイが背にしているのは、 1) ボスニア・ヘルツェゴヴィナのモスタールにある、モスタル・パルチザン記念墓地(1965年/前掲書、pp.122-123) です(右)。ここは後にも出てきます。 ジェイは日本語字幕によると、 「戦争がますますひどくなる」(約0分) と述べます。ロシアによるウクライナ侵攻を指すものと見てよければ、2022年2月からいくばくかの時間が経った頃となりましょうか。 |
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| 次いで東京のエヴァが描かれる。その場面の始め、 「感染爆発してからもう三年経った」(約0分) と述べられます。2019年11月に始まった新型コロナウイルス感染症の流行を指すものと見てよければ、2022~23年頃が映画内の現在となりましょうか。 ◇ 続いてタイトルとトンネルを抜ける車内からのショット、現地の住人の談話、セルビアのベオグラードでの、先に触れた預かり物を受けとる場面を経て、北マケドニアのスコピエで、エヴァとジェイが始めて出会った時点に巻き戻されます(後に「数年前」と述べられる;約1時間19分)。 |
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| 二人が訪れたのは、 2) マケドニアのヴェレスにある、第二次世界大戦英雄記念納骨堂(1979年/前掲書、pp.184-185) です(右)。 日が変わって、 3) セルビアのウジツェの北西14kmにあるカディニャチャ記念公園(1979年/前掲書、pp.64-67)(下左右)。 |
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| エヴァを主役にした映画『いつか、どこかで』の撮影と諍いの場面を経て、現在に戻ります。なお『いつか、どこかで』はやはり、実際にリム・カーワイ監督のバルカン半島三部作の第二作で、主演も同じアデラ・ソーとのことです(未見)。 |
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| ◇ ベオグラードでもじゃもじゃ髪の少年コスターに屋外映画館に導かれた後、エヴァによる探索行が始まる。まずジェイが預けた動画を開きます。彼の背後に映っているのは、 4) セルビアのチャチャク、イェリツァ山にある《闘争と勝利の廟》(1980年/前掲書、pp.32-33) でしょうか(右)。全体像は後に出てきます。 |
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| 次いでモニターの枠を外して、ジェイの録画とモノローグ。 5) セルビアのコスマイ山地公園にあるコスマイ・パルチザン部隊戦死兵慰霊碑(1970年/前掲書、pp.80-81) の真下でした)。『スポメニック』本の表紙カヴァーに使われていた作品です。やはりここでは下の方および真下から見上げたさま(右)しか映りませんが、後に全体が見られることでしょう。 |
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| ジェイの録画兼モノローグは前に出てきた 2´) ヴェレスの第二次世界大戦英雄記念納骨堂(右)、 3´) カディニャチャ記念公園(下左右) でも続けられます。 |
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| 前者の際には 「感染爆発からもう150日目になった」(約26分)、 後者で 「もう250日目」(約27分) と語られ、2020年の前半から半ば頃、およびその3ヶ月強ほど後でしょうか。ジェイのモノローグはだんだん悲観的になっていきます。 三部作の第一作『どこでもない、ここしかない』(2018)もからんで、ジェイはベオグラードから北マケドニアのゴスティヴァルへ移動します(約31分)。 ◇ 本作にはスポメニック以外にも印象的な眺めが散見します。エヴァとジェイが始めて接近したのは ・スコピエの でした。ただし実際に接するのは少し後、ユースホステルでのこととなります。 ・モスタールの ・同じくモスタールの別の橋(約54分) など、橋は節目に出てきます。他にも、 ・北マケドニアのオフリド旧市街にある聖ソフィア教会(約12分および約14分)、 『どこでもない、ここしかない』がらみで映る ・二基のミナレットを備えた、銀色に輝くモスクらしき建築(約30分、約33分、約36分)、 一見それに似た、しかしミナレットが一基の ・モスタールのネレトヴァ川のほとりに立つコスキ・メフメド・パシャ・モスク(約53分、約1時間12分) など、また ・戦禍の爪痕を刻まれたと思しき建物(約53~54分)、 ・やはり外壁だけ残った廃墟(約1時間5分、およびエンド・クレジット) も見られました。 |
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| ここで一例だけ挙げておきましょう。工事中らしき建物です(右)。白い軀体による格子に、ジェイは引き寄せられます。 工事中という点では、過去ではなく未来を暗示するとも見なせそうですが、人のいないさまは、放棄された廃墟ととれなくもない。こうした両義性は、本作で映されるスポメニックいずれにも当てはまりそうです。 |
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| 切り換わってエヴァもゴスティヴァルにやって来る(約40分)。ジェイが白い格子の建物で煩悶する場面をはさんで(上右の場面では半袖のシャツに長ズボン姿ですが、ここでは半ズボンに脇の開いた袖無しシャツという、ロケハン時の服に替わっています)、ホテルの部屋の窓から工事中の建物が見下ろせます(右)。左右の窓にもエヴァの姿が映っており、存在を揺らがせている。 ジェイの過去、エヴァの現在、ジェイの過去、エヴァの現在と、互い違いに噛みあわされているわけです。 |
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| ジェイと同じく、『どこでもない、ここしかない』に出演した人物フェルディ、別の知人フルカンと会う。 | |||
| 日が変わって、先に触れたスポメニックの本を見ている場面となります。そこから離れる際、ガラス戸の向こうで坐っているのは、ジェイのように見えはしないでしょうか(右)。同じ場所にジェイがいる場面が先にありました(約38分)。後にも繰り返されます(下左)。 過去と現在が同じ空間に配され、しかし交わることはない。エヴァのいた手前のレストラン、その右側の壁が鏡だらけなのも(下右)、深読みしたくなるところです。 |
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| やはりジェイ同様またジェイの別の知人ハディスに、ボスニアへ行くことを勧められる。 ジェイがボスニアのモスタールに着きます(約49分。・ジェイは三度ニックという人物と間違われ、その内二度でニックじゃないと否定することになります(一度目は否定しない)。意味ありげです。時間をまたいだドッペルゲンガーとでもいうのでしょうか。 |
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| ◇ ともあれモスタールで、スポメニック巡りが再開します。冒頭に登場した、 1´) モスタル・パルチザン記念墓地 です(右)。川辺で出会い、ジェイをニックと間違えた女性がいっしょです(イン・ジアン演じる Laila 役というのはこの人のことなのでしょうか?)。連れがいるからか、ジェイは長ズボン姿です。 |
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| エヴァがモスタールに到着する。ホテルのカウンターにいたのはジェイをニックと間違えた女性でした。 | |||
| ホテルの部屋で動画を再生します。ジェイの背後に見えるのは、 6) ボスニア・ヘルツェゴヴィナのティエンティシュテにある英雄の谷スーティイエスカの戦い記念碑(1971年/前掲書、pp.176-179) でした(右)。篇中このモニュメントだけは大映しになりません。 ジェイは 「戦争がもう始まった」(約1時間1分) と言います。2022年ということでしょうか。 |
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| エヴァが 1´´) モスタル・パルチザン記念墓地 を訪れます。ジェイとホテルの女性の時は、円形レリーフに連なる壁から出てきましたが、今回は入口にあたるのか、その少し前のところから映されます(下左右)。間を置いてホテルの女性がつけてきます。袖無しシャツのジェイのカットとエヴァのカットが交互に切り換えられます。 |
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| モスタールの 普通に受けとるなら、二人とも同じ時点にいると見なすべきでしょう。それともうやはり、過去と現在との距たりは保たれているのでしょうか。保たれつつ重ねあわされ、しかし交わることはない。 |
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| ちなみに少し後、 なおジェイがモスタールにいたのは、感染爆発が起きるまでだったとのことです(約1時間7分)。エヴァに渡された動画で、これまで映されたスポメニックの傍らでモノローグする部分は、いずれもコロナ媧以後、他方ゴスティヴァルやモスタールで人と会う(マスク無しで)場面はそれ以前なのでしょう。同じ過去の中にも幅があったし、時系列順に挿入されたわけではなかったわけです。 ◇ エヴァとジェイがいっしょにいた時期の場面をはさみ、ベオグラードでの『いつか、どこかで』上映会で踏ん切りがつけられた後、エピローグとして、またスポメニック巡りが再開されます。以前モニター越しに部分的に映っていた 4´) セルビアのチャチャク、イェリツァ山にある《闘争と勝利の廟》 です。まずはやはり部分、次いで全体、また部分にジェイが触れる(下左)。次いでエヴァの番です(下右)。これは探索時点なのか、上映会後なのか? |
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| 公園の階段をのぼってくるジェイ、その先にやはり以前部分しか見えなかった 5´) セルビアのコスマイ・パルチザン部隊戦死兵慰霊碑 が全体を現わします(右)。ジェイはまた手で触れます。 |
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| ジェイが進む先に見えるのは、『ウルトラマン』第17話「無限へのパスポート」(1966年11月6日放映)に登場した四次元怪獣ブルトンを思わせる、 7) 北マケドニアのクルシェヴォにある、イリンデン記念碑ないしマケドニウム(1974年/前掲書、pp.92-95) です(上左)。エヴァがゴスティヴァルのレストランでスポメニック本を見ていた際、開かれた頁に載っていたと思しきものです。上二基のスポメニックではジェイは長ズボン姿でしたが、ここでは半ズボン袖無しシャツに替わっています(マスクは無し)。彼は 「ついに宇宙船を見つけた」(約1時間23分) と言う。前の箇所で彼は、第三作の構想として、 「この映画は 自分が異星人だと思い込む男が 故郷の星に戻るために 旅に出て 宇宙船を探す話だ」 (約26分) と語っていました。ジェイは別れを告げる。ホテルの女性はエヴァに、 「彼はもうこの世に居ないHe's not in this world anymore」(約1時間9分) と告げました。「もうこの世界にいない」というのは、故郷の星へ旅立ったという意味だったのでしょうか。 とまれ、このスポメニックは中に入ることができます。まずジェイ、次いでエヴァ(上右)、またジェイ、エヴァ、ジェイ、エヴァと切り換わっていく。 "a film by Jay"(約1時間26分) と記され、エンド・クレジットに移ります。 |
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| 2025/12/03 以後、随時修正・追補 | |||
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