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A & C (ART AND CRITIQUE), no.11("ANNUAL ’89"), 1990.3, p.38
CROSSING
ガラスを割れば痛い

設楽知昭展 1989/7/15-8/13 ギャラリー・オー(一宮)

石崎勝基


 紙に縦長の方形ないし縦長の楕円を枠どり、その中を黒のストロークが走り回る。ストロークをなす顔料は厚く盛り上がっているものもあれば、強い筆圧のため芯を空けて、左右に分かれてしまっているものもある。パンフレットの記載によると、カーボンをリンシード・オイルで溶いてあるらしい。黒といってもいわゆる漆黒ではなく、微妙に褐色みを帯びているようで、枠どりの内部が純白ならずプレスによる汚れを残していることもあって、図と地のまったき対立は避けられている。
 手の自由な動きの軌跡をそのまま画面に移した表現主義的抽象、とレッテル貼りできそうな作品は、しかし、レッテルを貼って納得してしまうことを見るものに許さない、不安を何がしかはらんでいはしないだろうか。すなわち、手の動きは決して自由でなどない、一目で了解はできないが、何らかの束縛を受けていると感じさせるのだ。
 ストローク群が画面に占める面横は、大きく疎と密、いいかえて図と地を形成しようとしている。密な部分は、画面の内に集まることもあれば、縁沿いを埋めて中央を空ける場合もある。その意味でオールオーヴァな視野がめざされているわけではない。しかしたやすくあるいはいずれ判別しうるであろう、形態ないしパターンを認めることはできず、与えられた画面を分割しようとしているとも見えない。言を換えれば、一箇の全体としてとらえるような、動きをストロークの群れは示していないのである。
 これはひとつに、ストローク一本一本が、全体としての画面と交渉しうるだけの長さに達していないことによるのだろう。あるいは、短くとも、ストロークの数が少なければ、地としての平面に働きかけることができたかもしれない。しかしその多さは、一本のストロークと一筒の全体との交渉を許さず、他方、ストロークの集合が一箇の全体=形態に至ることも妨げてしまう。剰余としての集合といえようか。
 そして、これは手の自然な動きに従うかのごとく、ストロークは弧を描く。ひろがりとしての平面と交渉しえず、しかし形態にも従属しえないがゆえに、筆の軌跡一つ一つは、目に見えないがしきりとしてそこにある透明な − 虚の面にからみつくように見える。面に沿って、しかし裏なき地としての平面の上をひろがりゆくのではなく、平面に垂直に進むまなざしのうちで、ストロークの弧は面のこちらと向こうをくぐるようにして、面によりそうのだ。筆圧が芯を空けたストロークは、面の向こうからこちらへきたるものと見なされよう。とすればここには、〈窓〉としての絵画の再来が認められるかもしれない、ただし窓は向こうを透かすのではなく、こちらと向こうをしきるものとしてのそれ自体が主題とされている。
 この時点で、『鏡ヨリモノタイプ(・・・・・)』という題名を鑑み、「その作品は、自分自身を鏡に映しながら、その鏡の上に、練ったカーボン・ブラックを、指でなすりつけたものである。…(中略)…鏡は、彼自身を映すものであると同時に、絵の具をのせるキャンバスであり、紙に刷るための版でもある。一枚描くと紙に刷り、そしてカーボンをふきとり、また鏡に自身を映して描く」((月)、朝日新聞、一九八九・七・二二夕刊)という説明を参照するのもよいだろう。
 所与の地から内在的に生成するのではなく、剰余ゆえ地を虚の窓/鏡となすというとき、その剰余は作品の外よりきたり、虚とは作品に不在なれば、作品のありかたを、それこそ脆いガラスのように、宙吊りにしてしまっているのかもしれない。不安感というもそのためであろう。むしろ、手の動きも形態も地もイメージも宙吊りにすることで、鏡である窓が残るのだ。他方作品が作品として成立するには、つねにそれを、何らかの意味で物体の外へひきだそうとするイリュージョンが必須である。ここでの剰余/虚も、外へ、というヴェクトルのひとつのありようであるとはいえよう。

挿図:《鏡ヨリモノタイプ(・・・・・)》 1989年 カーボン、リンシード、紙 151×97cm
 
Cf., 『設楽知昭展』パンフレット、ギャラリー・オー、1989.7.12-8.13
  茂登山清文、「"手と目"のイストワール − 私の前で、彼は奥行きから逃れ、箱へと向かい、私は自由になる」

(月)、「描き、消される自分 『鏡の画家』設楽知昭展(美術)」、『朝日新聞』、1989.7.22夕刊

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