パントーハ・デ・ラ・クルス(1553-1608) 《ディエゴ・デ・ビリャマヨールの肖像》 1605年 油彩・キャンヴァス 88.5×70.5cm エルミタージュ美術館、サンクト・ペテルブルク Pantoja de la Cruz The portrait of Diego de Villamayor 1605 Oil on canvas 88.5x70.5cm The State Hermitage Museum, Saint Petersburg |
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Cf., | 『エルミタージュ美術館展 16-19世紀スペイン絵画』図録、東武美術館、茨城県近代美術館、三重県立美術館、1996、pp.62-63 / cat.no.7 |
若い男性が豪華な甲冑を身につけ、やや気どったポーズをとっているさまを描いた画面は、モデルの内面的な感情を表現しようというより、その社会的な位置を顕揚するためのものと見なしてよいだろう。甲冑の豪華さは、モデルの社会的な地位の高さとその権威を表わす記号なのだ。晴れがましいポーズも、絵が、生活の私的な側面ではなく、公的な環境におかれるであろうことを物語るに充分な、儀式ばった性格をしめしている。 それにしても、画面をながめていると、モデルの顔立ち以上に、豪奢な甲冑の描写の方に気をとられはしないだろうか。甲冑の金色の帯状の部分は、一点一点うたれた小さな点と、黒い線による文様からなっているが、それらはきわめて几帳面にかたどられているため、画面全体のバランスをくずしかねないまでに、自己を主張せずにいない。 金の帯はまた、黒い帯と対比され、さらに、腰の部分でひきしぼられることで、いっそう表情を強めている。ベルトと剣のつかも、同様のアクセントをなす。 細部を緻密に再現することが公的な権威の表現につながるこうした描法は、十六世紀後半のスペインで流布していた公式宮廷肖像画の典型的な例で、パントーハ・デ・ラ・クルスはこのジャンルを得意にした画家である。 スペインにおいても、イタリア・ルネサンスは大きな影響をおよぼしたが、公式肖像画というジャンルの場合、その社会的な機能ゆえか、ある意味で堅さの残る、中世末期のゴシック風の香りがいまだ色濃い。 しかしこの堅さがかえって、装飾の豪奢さの執拗な描写とあいまって、作品に独自の存在感をもたらした。モデルの若者は決して理想化されてはおらず、甲冑と襟、いいかえれば社会が要求する役割にのみこまれてしまいそうだ。ただそれもまた、ある時代における人間のあり方を表現するものと見なすことはできるだろう。 |
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(県立美術館学芸員・石崎勝基) 『朝日新聞』(三重版)、1996.11.5、「スペインの光と影 エルミタージュ美術館展から 5」 『エルミタージュ美術館展 16-19世紀スペイン絵画』(1996/10/29~12/15)より →こちらを参照 [ < 三重県立美術館のサイト ] |
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