ルイス・デ・モラーレス(1509/19-1585) 《糸巻棒の聖母子》 1570年代 油彩・キャンヴァス(板絵からの張り替え) 71.5×52cm エルミタージュ美術館、サンクト・ペテルブルク Luis de Morales Madonna and Child 1570s Oil on canvas (transferred from panel) 71.5x52cm The State Hermitage Museum, Saint Petersburg |
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Cf., | 『エルミタージュ美術館展 16-19世紀スペイン絵画』図録、東武美術館、茨城県近代美術館、三重県立美術館、1996、pp.54-55 / cat.no.3 Cf. の cf. 坂本龍太、「ルイス・デ・モラーレスへの眼差し(その後の須田国太郎)」、『須田記念 視覚の現場』、第11号、2024.9.6、pp.10-11 |
ヨーロッパの絵画を見慣れた人なら、この画面に描かれているのが幼児キリストと聖母マリア、すなわち、いわゆる聖母子像であることにすぐ気がつくだろう。しかし、たとえそうした知識をもっていなくとも、画面にむかいあう時そこにたたえられた、悲痛とも呼べよう感情は感じとれるのではないだろうか。 手にした糸巻き棒を見上げる幼な子は、それがかたどる十字架の形に思いをこらしているかのようだ。母親は右手で子供の腰を抱きながら、しかし左手は、子供の方へやろうとする途中で何かに止められでもしたかのように、宙ぶらりの状態でとどめられている。 この宙ぶらりの左手が、マリアの目を伏せ、微かに口もとを開いた表情とあいまって、沈痛な不安とでもいうべき感情を見る者に伝えるのである。 この感情はさらに、画面の背景をひたす深い闇によっていっそう強められている。親子の姿においても、光のあたった明るい部分は影の暗さと対比されることで、抑えられた感情に緊張をもたらさずにいない。 闇の中から人体を浮かびあがらせる手法は、イタリア・ルネサンスの巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチの影響によるものであることが指摘されている。しかしここで画家は、そうした影響を受けながらも、イタリア美術がうたいあげる地上に立つ人間の姿とはまったくことなる、不安にみちた、だからこそ神への祈念にも通じうる感情を画面に宿らせてしまった。 ルイス・デ・モラーレスは、緻密に描かれた分やや硬直した気配をただよわす人物を深い闇の底にひたすことで、こうした不安にみちた静寂を描きだす作風を作りあげた画家である。彼の活動した十六世紀後半がスペインにおいて、対抗宗教改革の波がわきおこった時期にあたり、同じ頃エル・グレコも活動していることを思えば、モラーレスの作品がたたえる宗教的な気分は、イタリアや他の国とは異なるスペイン独自の表現を、近世の曙頭にあって典型的に表わすものと見なせるかもしれない。 |
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(県立美術館学芸員・石崎勝基) 『朝日新聞』(三重版)、1996.10.29、「スペインの光と影 エルミタージュ美術館展から 1」 『エルミタージュ美術館展 16-19世紀スペイン絵画』(1996/10/29~12/15)より →こちらを参照 [ < 三重県立美術館のサイト ] |
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当展に関し、また; 「展覧会案内 『エルミタージュ美術館展 16-19世紀スペイン絵画 工ル・グレコ、ベラスケス、スルバラン、ムリーリョ、ゴヤ・・・・・・巨匠の時代』より」、『友の会だより』、no43, 1996.12.1 「お肌の手いれにご用心 『エルミタージュ美術館展・16-19世紀スペイン絵画』」より」、『ひる・ういんど』、no.57、1997.1.25 |
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