リベーラ《聖オヌフリウス》1637

<ホセ・デ・リベーラ(1591-1652)
《聖オヌフリウス》
1637年
油彩・キャンヴァス
130×104cm<
エルミタージュ美術館、サンクト・ペテルブルク

José de Ribera
Saint Onufrius
1637
Oil on canvas
130x104cm
The State Hermitage Museum, Saint Petersburg

Cf., 『エルミタージュ美術館展 16-19世紀スペイン絵画』図録、東武美術館、茨城県近代美術館、三重県立美術館、1996、pp.90-91 / cat.no.21

 どこともしれぬ薄暗い空間の中、半裸の老人が両手をあわせ、宙を見上げるようにして祈りを捧げている。右下のテーブルにおかれたどくろや冠をのぞけば、画面にはほかに何も描かれていない。そのためこの画面を見る者は、静まりかえった沈黙を感じとるとして、同時に、その静寂の中で、いやおうなく老人とともに祈りに集中させられる、そんな気分を味わうのではないだろうか。
 これはまず、画面からいっさいの夾雑物が排されているからだと考えることができる。しかしまた、祈りに集中させられるのは、老人が本当に目の前にいるかのような、実在感をもって表わされているためでもあろう。
 実際老人の姿は、額や首筋、そして手の甲で、一筋の皺も見逃さないほど、緻密に描きこまれている。腕の肉づきの起伏、髪の毛やひげ、衣のけばだって柔らかい質感も同様だ。
 他方緻密な描写は、老人の姿を写真のように再現するだけで終わっているわけではない。あらゆる無駄をはぶいた描写と、ほとんど色彩を殺した中での闇と光の対照によって浮かびあがるのは何よりも、祈りに集中する老人の精神の表現であろう。
 光と闇の対比、徹底的なリアリズムはともに、イタリア・バロック絵画の創始者の一人カラヴァッジオが作りあげたものである。いわゆるカラヴァッジオ主義は、十七世紀初頭、ヨーロッパの美術界で広く流行した。そうした中リベーラは、それを単なる模倣に終わらせず、スペインの精神性を表現するため活用したのだ。
 徹底した現実の再現と神秘主義的というべき宗教性の表現、この一見矛盾するかのような二つの要素の両立、交差、そして融合がスペイン絵画の底流をなしており、その点でリベーラは、続く十七世紀スペインの絵画に大きな影響を残すことになる。

(県立美術館学芸員・石崎勝基)
『朝日新聞』(三重版)、1996.10.31、「スペインの光と影 エルミタージュ美術館展から 3」

『エルミタージュ美術館展 16-19世紀スペイン絵画』(1996/10/29~12/15)より
こちらを参照 [ < 三重県立美術館のサイト
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